苛立つ第一王子
着替えて夕食を終えると、ミナミは珍しく庭の散歩をされた。
いつもはこの時間まで勉強が終わらないため、見張り付きで勉強だ。
だが、もうそんなことはないとミナミは胸を張って断言できる。
気分もいいため、ミナミの周りにはふわふわと淡い光が漂っていた。
城の兵士や侍女たちはそんなミナミを微笑ましい様子で見ている。
鼻歌交じりに庭を歩いていると、正面から歩いてくる影が見えた。
暗くなってきているため、はっきり見えなかったが、徐々に姿が分かってくるとミナミは身構えた。
「愚妹よ、構えるな。」
正面から歩いてきたオリオンはミナミの様子を見て鼻で笑いながら言った。
ちなみに、オリオンからは淡い光を帯びながら歩くミナミはまるわかりである。
「お兄様もお散歩ですか?」
「まさか?そこまで暇ではない。」
オリオンはミナミの近くまで寄ると、そこで足を止めた。
「え?暇ですよね。だって、お昼に私の着替えを覗きに来るぐらい…」
「はあ?」
オリオンはミナミの言葉にドスの利いた声を上げた。
「あ…いえ。」
ミナミは首を振った。
触れない方がいいと判断したのだ。
「なにがあった?勉強を終わらせているらしいな。」
オリオンはミナミが閉じこもって勉強をさせられていないことが気になっているようだ。
「え?ああ、ちょっとお父様たちとお話したんです。」
「父上…とか。」
「あと、ルーイから色々聞いて、私も頑張らないといけないって思って…」
ミナミはルーイとの会話を思い出して少し嬉しい気分になった。
本当の気を許してもらっている友達になったと思っているのだ。
彼の知らないことを知れたことはミナミにとって嬉しかった。
「あのクズか…」
オリオンは口を歪めて嫌悪を露わにした。
「別にお兄様の話はしていないで…」
「ルーイとやらだ。平民の兵士のくせに、王族のお前と対等にいようとする。」
オリオンは眉を吊り上げてミナミを睨んだ。
「お兄様!!ルーイは友達です!!何も知らないくせに…」
今度はミナミがオリオンに眉を吊り上げて睨んだ。
「何も知らないのはお前の方だ。」
オリオンはミナミを憐れむように見た。
「何もって…」
「剣に必死と噂は聞いている。大方将軍を目指しているのだろうが、野蛮な功績で得た権力や身分は、卑しいものだ。見てみろ。今の帝国を…」
オリオンは口元を歪めて笑った。
「お兄様!!だって、ルーイはそれしか…手が無いって」
「お前はそれしか手が無い人間ではない。生まれながらにして違うのだ。それを理解していないお前が憐れだ。」
「それは、私が王族だからであって、同じ人間では…」
「それだ。それが大きいんだ。誇り高きライラック王国の王家なのに、野蛮な方法で権力と地位を得たものに並ばれていいのか?」
オリオンは嘲るように言った。
「それこそ…帝国のような、あのフロレンスとやらのような男に…」
オリオンは舌打ち交じりに呟いた。
「…お兄様?」
ミナミは、途中からルーイの話だけではないことがわかった。
オリオンは別の人物に対する苛立ちをぶつけている。
だが、さきほどオリオンが呟いた名前はミナミの耳に引っかかった。それは、今日聞いた。
「あ…ああ。とにかく、野蛮な人間と関わるのはライラック王国の王族としてよくない。父上もそれさえわかってくれれば…」
「お兄様…フロレンス…って」
「ああ。忌々しい帝国の男だ。今も同じ城にいると思うだけでも反吐が出る。」
「その人、私今日会いましたよ。…ぶつかっても文句も言わなかったし…悪い人には…」
ミナミはぶつかって呻いていた赤毛の青年を思い出した。
顔は見えなかったが、ミナミを責めている様子もなく、むしろオリオンよりも人格が優れているのではないかと思えた。
「腐っても、帝国の公爵家の人間だ。そのくらいの教育は受けて当然だ。」
オリオンはミナミの意見を聞く気も無いようだ。
ただオリオンはミナミが普通にぶつかっただけだと思っている。
彼が呻いて他人に支えられる状況になったことは絶対に知らないだろう。
ミナミはこれはオリオンに言わない方がいいと思った。
だが、ミナミは断言できる。
腐っても王家のオリオンは、ぶつかっただけでも間違いなく怒るだろうと…
「だいたい…お前はわかっていない…」
オリオンは諦めたようにため息をついた。
「いろんな角度から…見ろと、今日お父様に言われました…」
「流石…いや、父上は変わらないな…」
オリオンは嘲るように笑った。
ミナミはオリオンが笑った理由が分からなかった。
オリオンはミナミに向かって歩き出し、くしゃっと頭を撫でた。
「お兄様?」
「もう寝ろ。お前には期待していない。」
オリオンはミナミを見下ろして言った。
月明かりの逆光でミナミからは彼の顔は見えなかった。