そんでここは?
「それじゃもう、落ち着いて話しても、いい?」
あざとい
いやあざといといえばフィリスもそうだったが、あのゆるふわ少女が見ているとほっこりしたのに対し、彼女のそれは確実に男を落としにかかるものである、初対面の相手に不安げ上目遣いとは恐れ入った。シドは表情をそのままに保って見せたが、これ2人か3人は勘違いさせて地獄に落としてんな、と心中で思う。
「ああ、じゃあ……まず名前聞いてもいいか?」
「スズ」
響きからして東の出身か、漢字で書くと鈴であろう。身長158cm、年齢18、キャスケット帽の下の耳についてはひとまず触れずに置いておく。
「ここはどこ?」
「それはマジでわからん」
壁に吸い込まれてからまだ10分足らず、未だ何が起きたのか掴めていない、行方不明者はこうやって失踪した、というのは図らず判明してしまったが。
知っていそうな者に聞くのが早い、不安げな表情をやめてさっそくジト目になってしまった彼女から目を離し、斧を降ろしてこちらを眺める男性へ。
「エッジだ」
茶色い革製防具の上から大きなクマの毛皮を纏った男だ、目を向ければ待ちかねたように名乗った。身長180cm程度、引き締まった体で、長い柄のバトルアックスを軽々と扱っている。
「あんたの仲間は……」
「心配しないでくれ、死霊戦士だからな、俺達は」
ここがどこなのかは彼に話して貰うしかないのだが、まず第一に彼の仲間について触れておく。さっきの巨人に5人も殺されたにも関わらず平然としている理由についてはその一言、シドには何の事だかわからなかったものの、スズはピクリと反応した。
エインヘリアルとは、簡潔にまとめるなら"誘拐されてきた死者の魂"である、本場ではエインヘリャルと発音される。彼らは戦って死んだ後、ワルキューレによってヴァルハラへと運び込まれ、来たるべき最終戦争に備えて模擬戦、というか殺し合いを行う。それを終えた夕方には皆生き返り、イノシシの肉やヤギの乳の酒をワルキューレの酌で楽しんで、翌日にはまた殺し合う。彼らがそうだと言うのなら、今ここで死んだ5人も日没頃にはしれっと生き返る、という事だろう。
もう死んでるからな、これ以上死ねないのさ、と彼は最後に付け足した。
「ちょっと待って、ここ地球?」
「言うと思った。残念ながら違うぞ、ここはユグドラシルだ」
やはり、シドには何の事だかわからなかったが、少なくともスズは青ざめた。俯いてぶつぶつ言いだしてしまったので、その間、エッジというらしい戦士に説明を求める。
ユグドラシルとはとんでもなく大きな樹の名前だ、大別して3、細別して9の世界をその根で繋いでおり、転じてその集合世界そのものを指す場合もある。ここはその中のミドガルズ、人間が住む世界だ、海を隔てた向こう側に巨人族の国ヨトゥンヘイムがある。交戦したのはそのヨトゥン種、霜の巨人である、常ならば不干渉の筈なのだが、最近よく海を渡って来るという。
何故か、というと、シドやスズの存在に理由があるようだ、人を連れ去る姿がたびたび目撃されている。
「だから最近から常駐を始めたんだ、巨人に捕まる前に助けられるように」
「探して回ってるのか? 今日は?」
「2人が最初」
では簡単な話ではなさそうだ。
「他に誰か、こっちに来てるって口ぶりだな」
「ああ、最低1人、もしかしたら2人いると思うんだが」
ユグドラシルの根が降りていないこちらの世界とどうして繋がっているのかとか、帰還方法があるのかとかは後回しだ、とにかく早急に合流したい。帰る方法がわかってもフィリスを置いていく訳には。
「たぶん、巨人に先を越されたんだろう、助けるなら少し話が荒っぽくなるぞ。まず仲間と合流して情報を集める、ついて来てくれ」
そう考えていると、彼は手招きしながら歩き出した。どうやらまだ人数がいるらしい、合流して襲撃をかけるものと思われる。優しいのか、それが仕事なのか。
「すまんが人を探しに行く、手伝って貰っていいか?」
「へ? あ…それは全然いいけど」
「そりゃいい、あんたが手伝ってくれるなら話がだいぶ簡単になる。後衛は任せたぜ」
「後衛…!?」
森を出る獣道に乗って、後ろを見ながら彼は言う。言われたスズは何故だか驚いて、眉を寄せ、
「後衛…後衛か…足りるかな……」
腰のポーチから出した紙束を数え出した。