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ヨトゥン

 一体ここは何なのだろう、異世界に飛ばされたとでも言うつもりか。

 最近見た新聞記事を思い出してみる、クルデの山岳地帯で大量の前時代遺物が発見され、これを解析できれば電波通信技術が半世紀は進むだろう、という旨の記事だった。前時代遺物とはまぁ、わかりやすく言い換えれば古代人のオーパーツだ、この惑星の文明は最低一度、破滅を経験しているようなので、たまにこういうものが地中や海中から出てくる。

 付属のモノクロ写真に写ったものは手のひらサイズの板に見えた、電話機なのだという。従来の電話といえば壁にかかった箱で、本体にマイク、コードの先にスピーカーが付いていて、発電ハンドルをぐるぐる回すと起動、中継所に繋がる類の代物である。最近では電話交換が自動化されたタイプも都市部を中心に出回っているそうで、従来型より小型の、弓のような受話器が付いた黒い電話機だった筈だが、普及率はまだ低い。その技術レベルの電話機が最新な連中がいきなりポケットに入れて持ち運べる携帯式の電話機を手に入れてしまったのだ、今頃は嬉々として分解しているだろう。

 他に技術レベルを測れるニュースといえば軍事関連か、海の向こうの東国でいつの間にか46cm主砲を積んだバカでかい戦艦が就役していた、プロペラを回す代わりにケツから火を噴いて飛ぶ航空機が実用化されようとしている、西の方では戦車がどんどん巨大化しているらしい、そんなところ。


 普段住んでいる世界の文明はそのくらいである、急速に生活は電気、電子化を進めている。しかし今目の前にいるのはどうだろう、遠距離通信にハトを使っていた頃の格好だ。

 必要最低限の急所を革製の防具で守った戦士の集団である、全部で6人いて、武器は長剣や斧。30m先の茂みに潜むこちらにはまだ気付いておらず、しきりに周囲を見回している。


「なんだありゃ……」


「んん……」


「おっと」


 歩兵向けのライフルまで自動連射化されようとしている時代になんだその恰好はと、シドはしゃがみこんだ姿勢で彼らを観察していたが、背負ったままの狐少女が呻き出したので意識をそちらへ。


「おねーちゃんは悲しい……」


「弟か妹いんの?」


 しかしまだ目覚めない、眠りながら悲しむという器用な真似をしながらだらりと下げていた腕をシドの首に巻きつけ出した。それだけなら良かった、しかしふわりと、女性特有のいい匂いがして思わず反応、むがむが言う彼女の腕をどうにか緩めようと首や腰をくねらせる。

 その間に前方の戦士達は新たな動きを見せていた、未だシドらを発見していないものの、こちらから見て奥の方を1人が指差し、慌てて全員が武器を抜く。続けざまに地面の振動だ、ズン、ズンという規則的な揺れは足音のように聞こえる。

 ゾウが走ってもこんなに揺れんわと最初は思った、遠かったそれが近付いてきて、戦士の1人が「霜の巨人」という単語を発したあたりで驚愕させられる、木々よりも背丈の高い人型の何かが視界に現れたのだ。

 ひび割れた、乾いた岩石のような体表面をしており、高さ7〜8m。頭部前面、つまり顔のみは石灰に近い真っ白な表面で、目、鼻、口の部分に細長く穴が開いたそれは仮面を被っている印象を受ける。全身に走る亀裂からは白い煙、おそらく巨人の体が極端に冷たいために発生した氷煙が吹き出ていて、たちまち地面は煙で満たされた、気温も急速に下がりつつある。右手に握っているのは槍だ、丸太に岩をくくりつけたような無骨、かつ巨大な代物で、振り上がって、落ちてきた直後、あまりの衝撃に元々崩れかけだった監視塔が轟音を立てて崩壊していく。


「おいおいおいおい!」


 戦士は5人に減った、彼の持っていた長剣が丁度よくこちらへ飛んできて、シドを掠め、背後に突き刺さる。


「んがっ!! はっ!? なんぞ!?」


 と、いうところで少女は起きた。咄嗟に取った回避運動によって背中から転げ落ち、横2回転、起き上がって右左と首を振りだす。


「なにこの状況!?」


「それは俺にもわからん!」


 ここは危険と判断した、ヘタクソの管楽器みたいな巨人の咆哮を尻目に少女の手を取り、引いてもう50mその場から遠ざかる。その際突き刺さった長剣の柄を握って引き抜いておき、手頃な木の影で停止、ザックとバッグを降ろす。


「よし! よーし! 俺の名前はシド! 息子が帰ってこない母親を放っておけずに封鎖区画へ踏み込んだら壁に吸い込まれて異世界入りしてしまった!」


「名探偵風!?」


「…………」


「しかも終わりかい!!」


「本当にわからないんだって! ここに来てからまだ5分も経ってねーの!」


 手に入れた長剣は剣身長90cm、使い込まれた傷だらけの一品である。相手が暴漢や不良だったら十分すぎる、というか過剰な武器だったが、今相対しているのは巨人だ、まっったく足りない。こんなもん捨てて逃げるべきかどうか、いや、3人まで減った戦士達がまっすぐこちらに逃げてくる。残り20m、巨人も追ってきていた。


「森…いやさっきまで……」


「逃げとけ!」


「ちょ…!」


 落ち着いて話す暇は無い、荷物と少女を残して陰から飛び出す。


「何!?」


 すぐに1人が驚愕の声を発した、こちらに気付いたから逃げてきた訳ではないようだ。しかし驚きはしたものの動きは止めない、すぐに散開、シドに進路を空け、そののち全員反転する。

 遠くで見てもデカかったが近くで見るとさらにデカい、それと寒い。吹き出す氷煙は予想以上に強く、移動軌跡には霜が降りていた。めげずに足元まで走って、脛部分に一撃、反対側へ抜ける。両手が痺れただけで何の効果も無かったものの、巨人はシドに注意を向け、回転運動を行う。


「オォーーッ!」


 直後、斧の一撃が腰に突き刺さった。岩の破片がぱらぱらと落ち、続けて同じ場所にもう2撃、深めの亀裂が生まれた。


「が…ッ!」


 しかし撃破にも撃退にも至らず、反撃に片足で蹴り上げられ、それで2人吹っ飛ぶ。なんとかなるかと思ったがどうにもならない、もう一度足を叩いて最後の1人を逃し、どうにか自分も、


 と、思ったあたりで紙が2枚飛んできた。


「ぇ……」


 封筒よりひと回り小さい紙だ、黒い字が書いてあるように見える。紙にあるまじき速度と軌道で一直線に巨人の顔面へ飛んでいったそれは着弾直前に破裂、寺の鐘を突いたような音と共に衝撃波を撒き散らした。


「ーーーーッ!!」


 それが相当効いたようで、顔面の破片を撒き散らしながら巨人はすぐさま退避行動を開始、地面を揺らしてその場を離れていく。かなりの速度だ、ただ逃げても追いつかれたろう。


「……」


 何が何だかわからんが危機は去ったので、長剣をその場に突き刺し、まず生き残りの1人と目を合わす、共に頷いた。


「ふぅ」


 それを終えた後、紙の発射点へと目を向ける。

 緑のキャスケット帽を被った黄色い髪の少女が息を吐いていた。

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