不良と少女
で、結局脅しに屈する形となった。
直径12cm、人工のガラス製品かってくらいの透明度を持ち、中心空洞部でローソクの火くらいの青白い炎がちろちろと燃えている。振っても転がしてもその火は消えることなく、また表面が熱くもならない。内部がくり抜かれているからか見た目ほど重くはなかったが、直径12cmのデッドスペースをザックの中に作るのは旅人として致命的に近い。古物商か宝石商に見せれば少なくとも1ドルを下回る事は無いだろうから、それまでの辛抱と思って1ドル札を突き出したが、最後にカノンと名乗っていた、どうして名乗る必要があったのか思い当たりたくもない彼女が「次会った時に持ってなかったらデレ甘オレンジのかわいこちゃんに死ぬまでつきまとわれる呪いかけるかんねー」などと呪いでもなんでもない脅迫を言い残しくさりやがったので、大事を取るならしばらく持ち歩くしかなかろう。仕方ない、筋トレ用の重しと考えて本来の目的に戻ろう、市場を抜けて飲屋街の方向へ。
この周辺でよく人が失踪するらしい、何の兆候もなく忽然と姿を消し、いつまで待っても死体すら出てこないとか。用があって出てきた、たまたま通りかかっただけ等言うに及ばず、2人組の片方だけがいきなり消えた、なんて報告もある。被害が目立ち始めてからしばらくは警察も捜査していたようだが、兆候も無く、証拠も無く、被害者の共通点も無い、せいぜい20歳以下未成年の割合が多いくらいである。それではどうしようもなかろう、路地裏を封鎖してポスターと看板で注意を促すのが彼らにできる最大の努力だった。半ば放置である、フェンスを越えれば封鎖場所にも簡単に侵入できる。
シドが仰せつかったのは現在の内部の調査だ、あくまで調査であって真相究明ではない、警察が突き止められない謎を野郎1人が突き止められる訳がない。帰ってこない息子を探してさまようお母さんを通りがけに見つけてしまったもんだから、事情を聞いて一番怪しい場所を調べにきたのだ。
「ふむ」
が、そんなホラー感漂う現地にいざ到着してみたらホラーのホの字もない光景がまず見えた、2人の不良少年が1人の少女に絡んでいる。
一目見ただけで不良とわかる、むしろ不良としか表現できない少年達だ。派手な配色のシャツとパンツ、耳にはピアスがあり、表情は下品な笑顔。ここまでわかりやすい不良もそういなかろう、むしろまだ現存するのか。
視線を変えて絡まれている方、身長のかなり低い少女である、幼女と言い換えてもまぁ、ギリギリいいかもしれない。ただ少女の前に美は付けられる、そこは断言できる。
青い、真夏の快晴みたいな空色の長髪を二つ分けにした髪型だ、非常に長く、地面につきそうなほど。服装はかなりモコモコしており、茶色い長袖で裾が太もも中ほどまでのモコモコしたワンピースをメインに、足を黒タイツで、肩回りをワンピースより明るい茶色のモコモコしたケープレットで覆っている。ワンピースのスカート部分とケープレットにはネイティブ模様が入り、モコモコした森ガールといった雰囲気。表情は笑顔である、不良に前後を挟まれているというのに髪色と反してワインレッドな瞳をぱちくりするのみ。明らかに状況がわかっていない、息を吐きながらシドはそれに近付いていく。
「だからこのへん危ないんだよ、俺らが家まで送ってあげるって」
「ま、その前にちょっとゴホーシしてもらうけどー?」
やっぱりもう一目でわかる不良どもだ、大声でギャハギャハ笑う様子には感心さえ覚える。それはさておきヤバそうだと歩を早め、少女を助けるべく手を伸ばす。
その間、特にゴホーシという単語が出た時点でようやく少女は事態を察したらしい、明らかに顔色が変わった。笑顔は消え、状況相応の怯えた表情に
ならない。
「よ、待たせたな、行こうぜ」
「へっ?」
肩を掴もうとする不良に対し右足を退げ、腰を僅かに落とし、右手をピクリと動かした直後、シドが彼女の手を掴む。どちらからも「は?」という顔をされたが、構わず少女を引き、不良どもを睨み付けた。高校生くらいだろうか、シドよりは年下で、なんとか実力行使まで及ばず引き下がってくれた。舌打ちと適当な悪態を残して去っていく彼らに背を向け、一度人気のある大通りまで戻ってから手を離す。
「どちらさまでしょうか?」
「通りすがりだ」
助けられたというのはわかってくれたようだ、警戒はされず、少女は笑顔に戻っていた。ふんわりとした表情と声である、ずっと聞いていたら絶対に眠くなると一言で察せるくらい。身長は…150cmに届いているかどうか。
「奴らが言ってた通りここはかなり危険な場所らしい、まぁ奴らもそうだが、聞いた話じゃ人が消えるらしいんだ」
「あ、知ってるの?」
「その口ぶりは知ってて来たな……」
「あのね? あの奥がちょっとあやしいんだけど、あの人たちが来たからまだ見てなくて」
「安全な場所にーーって言いたかったんだが……まぁいい、どこだ? とりあえず行ってみよう」
という会話をしたのち、ぱたぱたと元の場所に戻っていく彼女を追ってシドも再び路地の暗がりへ。長い髪とケープレット、ワンピースを揺らして手招きするので隣まで行けば、フェンスで塞がれた細い路地裏を指差された。
「名前聞いていいかな?」
「フィリスっていいます」
「俺の事はシドと」
そこで短く自己紹介、理由はわからずともお互いの目的は一致しているようなので協力しよう、と思う。なんだかんだいって1人よりは絶対にいいし。
なんて考えながらフェンスを登っている間は思いもしなかったのだが
後になって知った、この時シドが助けたのは少女ではなく不良達だったのだと。