夜の闇、這い寄る恐怖2
人間の体内に入り込んだアメーバ状の生物が中身を食い散らかして乗っ取った、なんて感じの相手である。無数の目玉が浮かぶコールタールみたいな真っ黒い粘液の塊で、食い破った身体中の破口から目玉と触手を出している。特に頭部の損傷が酷く、割れた頭蓋骨からアメーバが流れ出て顔をほぼ覆う様は非常に気持ち悪い。
「いやややややや無理ですぅーー!! これはさすがに無理ですぅーー!! 脳筋と戯れてる方が全然マシですぅーー!!」
「スズ、8時方向」
「ぎにゃーーーーーーっ!!!!」
シリンダー、穴6個のレンコンみたいなパーツを横にスイングアウトする。さらにトリガーガードにかけたままの左手人差し指を軸に回転させ、遠心力で空になった薬莢を放出、リノリウムの床に散らかした。元の位置に戻ってきたグリップを他の指で停止させつつ右手に新しい弾を6発掴んで、本体左側にせり出したシリンダーに1発ずつ押し込んでいく。右腕と左腕がクロスする形になるが、この銃は左利きに使われる想定をしていないので仕方ない、もう慣れた。
シリンダーを元に戻し、親指で撃鉄を起こせば再装填は完了、アリシアと入れ替わりで言われた通りの左後方へ銃口を向ける。その黒アメーバな人の皮をかぶったバケモノ(物理)が教室の出入り口からのそりと現れたので、立て続けに3発発砲。すべて顔面に命中し、割れかけていた頭が完全に割れた。どろりと流れ出たアメーバに触れないよう後退、続けて回転し道を急ぐ。床に倒れる音がしたが、どうせすぐ立ち上がる、何発撃っても死なないのだ。というか最初から死んでいる。
「この先の貴賓室に日依がいます」
「絶対泣いてるでしょあの子!」
「最後に見た時はギリ耐えていました」
アリシアが照らす廊下の先にまた1体を発見、2発を頭に、1発を足に撃ち込む。エグい音を立てて転倒したそれの横を走り抜け、またシリンダーのスイングアウトから繰り返す。というか連射しすぎだ、めちゃくちゃ熱い。
角を曲がって十数m、アメーバゾンビの集団が現れた。
「だあもう吹っ飛ばす!」
飛び散りを警戒して控えていたがもう我慢できない、腕のポーチから符を引き出した。下方へ向け投げつけると連中の足元に貼り付く。アリシアと共に曲がり角を戻って、姿勢を低く、壁際へ。
「発破!」
号令一言、衝撃波がぶちまけられた。建物が大きく震え、窓ガラスは一斉に弾け飛んで、アメーバを含むいろんなものが壁に叩きつけられる。散乱するそれらの目玉がギョロつくのを見てさらなる恐怖を覚えつつ、踏まないように前進を再開。
「ってまだいる!!」
しかし残念、全体撃破まで至らなかった、というか耐えた方のが多い。体の一部を失った程度では平然と行動し続けるし、上半身と下半身が分断されてもそれぞれ動く。先述の通り人間としてはとっくに死亡しているので、完全停止まで追い込むにはアメーバの方を殺さねばならない。散り散りのバラバラになっても死ぬ様子を見せないこれを物理攻撃で殺せるかは疑問だが。
仕方ないもう一撃、
と、いうタイミングで別の爆発が起きた。
「おっと…!」
連続する、火炎を伴う爆発だ、慌ててまた退避、榴弾の効力射みたいなそれから逃れる。5度目くらいの爆発で壁が耐えられなくなり、天井と共に崩落、廊下を完全に封鎖した。瓦礫の音が収まったのち、そろりと顔を出せばアメーバは僅かに残るだけ、廊下はほとんど隙間なく、先に進むのは無理そうだ。
で、すっかり壁が無くなった左の部屋から1人出てきた。
「どこほっつき歩いてた?」
髪は赤く、長さは背中を覆う程度。身長はスズより少し低く…いや靴のハイヒール分伸びている、騙されるな。白の長袖と布を複数重ねたティアードスカート、こちらは髪とほぼ同じ赤色。その上から黒いコートを羽織っており、表情は渋い、あと目が赤い。
「異世界」
「ぶらり道中記ってか? 頭沸いとんのか、こちとらバケモンから逃げ回ってたってのに」
「だからって泣くな」
「泣いてねーし」
こちらが日依、ようやく出会えた生存者である。スズに同行してきた人間は他にもいたのだが、行き先を問うと「異変が起こる直前に消えた」とのこと。
「とにかくこの空気が淀みきったクソ大学を出るぞ、この事態をどうするにせよ安全地帯が欲しい、安全地帯が。最短ルートは?」
「今あなたが封鎖しました」
「…………なんかな、窓から出れないんだよ、バリア張られてて」
「バリア?」
なんて続けるので、スズは廊下の窓枠に手を伸ばす。ガラスは一片残らず吹き飛んでいたが、なるほど、見えない壁のようなのがあって、完璧なパントマイムごっこができた。そうなると玄関まで行っても出られるか怪しいとこだが、試さずに断定するのもあれなので、最初の目標は玄関か。
「じゃあ……とりあえず玄関に行く、出れないなら安置は諦めて建物内を調べる、いい?」
「その前に少し試させてください」
アリシアもパントマイムしたいらしい、スズが退いた窓に彼女も手を伸ばす。間もなくバリアにタッチ、の筈なのだが、壁があると思ってかかったアリシアはつんのめって外へ転げ出かけた。びっくりしてもう一度触るも、やはりスズは出られず。
「なんで?」
「人ではないからでは?」
窓枠に腹部を引っかけたままアリシアが言う。
人ではない。
「説明しよう! お母さんは前時代の文明崩壊を生き抜いたAI搭載のロボットなのだ!」
「誰に向かって説明しているのですか、あとお母さんではありません」
まぁとにかく、難なく脱出したアリシア、窓枠を乗り越えキャンパス敷地内に立つ。アメーバはまだここにしかいないようだ、今のところ安全に見える。日依舌打ち。
「2階に上がり空中回廊を渡ってください、隣の棟へ移動できます。そこから改めて正面玄関まで。私は外の様子を見てきます」
「気をつけて」
「そちらこそ自爆しないよう」
駆け足で彼女は去っていった、残った2人、行くべき道を見て同時に溜息。
さあ戻ろう、ゾンビだらけの来た道を。
「どっちが先行?」
「姉ってのは妹を守るもんだ」
「ふふふ都合のいい時だけ妹面すんな」
「ふぇぇ怖いよお姉ちゃーん!」
「…………」
「おい笑え」