夜の闇、舞い飛ぶ死2
銃声が鳴った。
「人だ」
「人がいる」
「銃声聞いて第一声がそれかね、まぁわかるけどさ」
カノンが合流してきてから30分、シド一行は結局誰とも出会えなかった。さっきまで食事していたレストランも閉まっていたし、家屋の玄関ドアを手当たり次第に叩いても返事はなかった。念のため言うが日中はごく普通の街だったのだ、今いる繁華街なんか人でごった返していた。
パンパン、というややくぐもった拳銃弾の銃声だ、屋内での発砲と思われる。相変わらずカノンに引っ付かれるフィリスと共にだばだば走っていってみれば、巨大な建造物群があった、正門には"ミスカトニック大学"とある。
「2人組で交互に、そして丁寧に撃ってる。プロの銃声だぞ、複数に囲まれてるらしい」
「音だけでそこまでわかるキミも何なの」
「昔取った杵柄ってやつ」
銃声は断続的に続いている、音源が移動している事から逃走中のようだ。これは早めに見つけなければ、助けになれるかは別として、助けになれるかは別として。
「中に入るぞ、お前はいい加減離れてやれ」
「え? あ、んーもぅそれならそうって言ってくれればいいのにぃ」
「こっちに来いって言ってんじゃねーんだよ、羨ましくねーから、来るな、自分で自分抱きしめてろ」
フィリスの背後から両手を首に回していたカノン、シドの腕に巻きつこうとするのを追い払って、出入りを塞ぐ柵を見上げる。鍵がかかっていた、よじ登るのは現実的ではない。裏門は閉め忘れてる、なんて事もなかろう。
「じゃあ鍵探してくるよ」
鉄壁だな、とか思ったのも束の間、ようやくカノンが離れたフィリスが軽ーく言った。
「いやいや鍵探すって中入れないから……うおっ…!?」
柵の向こうに見える番所、警備員が詰める小さな建物に鍵はあるだろうが、そもそこまで辿り着けない、辿り着けたら鍵の意味が無い、だから困っていたのだ。
しかし彼女は一思いに、5mはあろう塀を飛び越えた。コンクリートの壁にタイルを敷き詰め石垣の雰囲気を出した塀だ、表面の凹凸は指をかけられるほども無く、乗り越え防止兼用のトゲトゲしい装飾が備わる。ハシゴがあればワンチャン…といった感じのそれに向かってフィリスは助走をかけ、ケープレットを舞わせて跳躍、その瞬間に風を起こした。
巨人と2度目の戦闘を行った時、シドも無意識下で使ったものだ。自分でやった事ながら何が起きたかわからなかったものの、他人がやっているのを見るとなんとなく察した。靴底から"何か"を噴出して、その反動を利用している。シドが横方向への加速に利用したのに対し、フィリスは縦方向への跳躍に用い、髪が巻き上がる程度の突風を残して6mほど上昇、弧を描いて塀の向こうに消えていく。
「ワァーォ」
「コメディアンみたいな驚き方しなさんな」
シドが呆気に取られたのに対しカノンは至って平然としており、近付いてきたと思ったらザックを引っ張られる。たぶん降ろせという事なので肩紐を抜き、地面に置くと、次いでカノンは壁際へ。
「今のが魔力放出、体外へ露出させた魔力を単に指向性を持たせてぶちまけるだけのテクニックだ。戦わなければならない場面では最も多用するだろうから、空いた時間でもあったら反復練習するのがいい」
「あー……どうやってやんの?」
「そうさねぇ、自分で言うのもなんだけど私は先生には向かないから、基礎は別の師匠を見つけなさい」
言いつつタイルに右手を当て、左手でシドを手招き。真似しろという事らしいので隣に立ち、右手のひらで同じくタイルに触れる。
「吸着というのもできる。肌から空気を吸い込むようなイメージで集中して、あなたは掃除機、あなたは掃除機、1000ワットくらいの紙パック式」
「笑かすな集中できねえ…………お……お?」
ほどなくして右手は壁から離れなくなった、引いてもずらしてもまったく動かない。
「やっぱり素質はあるね、見込んだ通り」
「いやちょっと、待、これどうやって外すん、だ?」
「あぁ、ごめん私自身は放出も吸着もできないから」
「はい自分でできないのに知ったかして他人に教えるやぁぁぁぁ↑つぅぅぅぅ↓」
「……何やってるの?」
「フぃぃぃぃ↑リスぅぅぅぅぅぅぅぅ↓……」
横の方で錠前の外れる音がした、カンヌキが音を立てて動き、女子2人が協力して門を開く。すぐにフィリスがぱたぱたと走り寄ってきて、シドの右手を難なく引き剥がす。
「バネをね? 押したり踏んだりするような感じで、そしたらびょーんっていくから。バネ、踏む、びょーん」
「すまんな……」
やはり頼るべきはこちらか、なんといっても笑顔が癒される。実際のところ、言ってる事はほぼ同じなのだが。
ともかく門が開いた、中に入れる。
急いで音源を探しに行こう。