6.
夏休みいっぱいかけて、水浪桜――サクラちゃんの本体は、無事水浪山に移された。
あの後も三日間、季節外れの花を咲かせ続け、地元のテレビ局の中継なんかも入ったりして、水浪桜は「切り倒される寸前、真夏に狂い咲いた奇跡の桜」として一躍有名になったんだ。そうなるとあとは簡単で、水浪桜は急きょ「町指定文化財」になって、植え替えの費用やらなんやらも全部町から出されることになった。
意外だったのは、水浪町に水浪桜のことを知っているおじいちゃんおばあちゃんがいっぱいいて、ニュースなんかで、水浪桜が切り倒される予定だったけど助かった、ってことを知って心から喜んでいた、ってことだ。ヤンマが言っていた「昔は神様のように崇められていた」ってのは、本当のことだったんだな。
植え替えの時にはうまく力が発揮できないらしく、サクラちゃんはそのあと、僕らの前に姿を見せることはなかった。あの人間の姿を取ること自体が難しくて、本体の中に戻って少しの間眠りにつくんだ、ってサクラちゃんは言ってたけど、僕はちょっとだけ心配になっていた。
だって、サクラちゃんは切り倒されるのを止めるために、転校生になって学校に潜り込んだんでしょ? ということは、無事に植え替えが決まった今、もう人間の姿になることはないんじゃない?
そう考えると、僕はとてもさみしい気持ちになった。だって、僕たちにとってはあくまでも、あの姿のサクラちゃんこそがまぎれもない大切な友達だったんだから。
夏休みが本格的に始まって、僕たちは短い夏を楽しむことに夢中で、いつまでも寂しい顔なんてしていられなかったけど、夏休みの終わりと二学期の始まりが近付くにつれて、僕はサクラちゃんのことを思い出すことが多くなった。
二学期の始業式。一学期の終わりからは見違えるように、真っ黒に日焼けしたクラスメイト達。
その中で一人だけ、ちっとも陽に焼けていない透き通るような白い肌が見えて、僕は思わず彼女に駆け寄っていた。
「サクラちゃん!」
サクラちゃんの周りにはすでにリョータとナツミがいて、二人ともほっとしたように笑い合っている。
僕の姿を認めると、サクラちゃんはちょっと照れくさそうにほほ笑んだ。
「みんなと一緒に、卒業するまで中学校に通ってみるのも悪くないかな、って、そう思ったんです」
目を細めたサクラちゃんが言う。
「だってせっかくみんなと……友達になれたんだし」
それからひそひそ声でこう付け加えるた。
「……それに、ヤンマ先生の恋を、応援してあげないと」
サクラちゃんの言葉に、僕たちは声をあげて笑った。すごく幸せな気分だった。
「こらそこ、一体何をわらってるんだ?」
教壇のヤンマが不思議そうな顔で尋ねると、サクラちゃんがいたずらっぽく笑って答えたんだ。
「先生には、内緒です!」
僕らの笑い声は教室を飛び出して、夏の終わりの青空の中に弾けて消えていった。
〈終わり〉
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