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4.

 ってなわけで、ここはリョータの家。

 サクラちゃんの本体、水浪桜を助けるための作戦会議。参加者は僕とリョータ、ナツミ、それにサクラちゃんだ。

「工事を中止させる、ってことは校長先生に直訴しに行くしかないかなぁ」

 リョータの提案に、ナツミが首を振る。

「いきなり行っても、はいそうですか、ってわけにはいくはずないわ。納得させられるだけの理由がないと」

「でも、だからと言ってサクラちゃんのこと正直に話したって、信じてもらえるとは思えないなぁ」

 僕の言葉に、ナツミとリョータもうなずく。

 大人たちってのは、神様や木の精みたいな、いわゆる「非科学的なこと」を絶対に信じようとしないからな。そんなことで、現実の工事を中止したりなんてするわけがない。

「それに、あたしたち中学生の話を、校長先生がまともに聞いてくれるとは思えないわ。せめて大人の協力者がいるといいんだけど……」

「でも、誰でもいいってわけにはいかないぜ。協力してもらうならタケハヤ様や、サクラちゃんのことを話さなきゃいけないから。信頼できる人で、しかもオレたちの話を信じてくれる人じゃないと」

「大人で、そういう話を信じてくれそうな人なんているかなぁ?」

 三人は首をひねって考え込んでしまう。しばらく黙った後、ナツミが口を開いた。

「そうだ、鈴木先生なら……」

「ヤンマ?」

 ナツミの言葉に、僕は思わず聞き返してしまった。

 僕とナツミの担任で、一年生全部の社会の先生でもあるヤンマこと鈴木先生はまだ二〇代後半くらいで、ひょろひょろした感じがちょっと頼りないけど、大人にしては僕らのことを分かってくれるし、確かになかなかいい先生だ。でもまだ知り合ってから半年くらいしか経ってないし、まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。

「鈴木先生、授業中に何度も水浪桜のことを話してたもの。なんでも鈴木先生のおばあちゃんが、水浪桜が学校に移されるのを見た、とかで。本当は、いつまでもここに残してほしいのに、工事で切り倒されちゃうなんて残念だ、って言ってたわ」

「水浪桜のことを護りたがってるなら、確かに話は早いかもね」

 リョータがこくこくとうなずく。

「よく、私の様子を見に来てくださっている方ですね。ええ、あの人なら信頼できると思います」

 サクラちゃんが言う。えっと、この場合の「私」ってのはサクラちゃんの本体である水浪桜のことだよな。なるほど、ヤンマはよく昼休みとかに校庭を見て回ってるけど、それは水浪桜の様子を見に行ってたのか。

「じゃあ、ヤンマに会いに行こう! その先の作戦は、ヤンマも入れて決めようよ」



 終業式に配られた「夏休み中の緊急連絡について」によると、終業式の翌日はヤンマは、出勤日らしい。夏休み中でも先生たちは交代で学校に来て、いろいろな仕事をするんだって。知らなかったな、夏休みは先生も休みかと思ってた。

 というわけで翌日、僕ら四人はヤンマに会いに、学校にやってきた。

「鈴木先生〜、おはようございま〜す」

「おぅ、なんだなんだお前ら夏休みの初日から。忘れ物か?」

 机の上でパソコンに向かっていたヤンマは、僕らの姿を見て驚いた顔をする。

「違いますよ。あたしたち、鈴木先生に会いに来たんです」

 ナツミが言うと、ヤンマが怪訝そうな顔になる。

「なんだなんだ? いったいどういう魂胆だ? ははぁん、なるほど、成績を上げてくれって言うお願いだな。そうはいかないぞ、こう見えても先生、清廉潔白で有名なんだ。賄賂は受け取らん」

「学校の備品壊したときクラス全員にチロルチョコ配って、『お願いだから校長先生には内緒な』なんて言ってた先生の、どこがセーレンケッパクなんだよ」

 リョータが笑いながら言うと、ヤンマが途端にあわてた顔になる。

「い、いや、あれはだな……ま、まさか校長先生に言ってないよね?」

 ヤンマの情けない顔に、みんなが笑った。サクラちゃんも、口元を押さえて吹き出すのをこらえてるみたいだ。こう言うところが憎めないんだよなぁ、先生。

「じゃあ、それを内緒にする代わりに、協力してくれますよね?」

 冗談めかして僕が言うと、ヤンマが不思議そうな顔になった。ほんとに、くるくるとよく表情が変わる。

「協力?」

「校庭の水浪桜、って知ってますよね? 今度切り倒されちゃう予定の」

 ナツミが言うと、ヤンマはすぐにうなずいた。

「ああ。もちろん知っているよ。切り倒されちゃうのは本当に惜しいよなぁ。何とかしたいんだけど」

 答えた先生の表情は、本当に心から水浪桜のことを気にかけているのがよくわかった。うん、この人なら大丈夫だ。

「僕たちも協力するんで、絶対に何とかしてください!」

「……なんだって?」

「サクラちゃん、話してもいいよね?」

 サクラちゃんがしっかりとうなずいたのを確認して、僕はヤンマに経緯を説明した。

 水浪桜のこと、サクラちゃんの正体のこと、タケハヤ様のこと。

 サクラちゃんのためにも、水浪桜を切り倒すのをやめさせないといけないこと。

 最初は怪訝そうな顔をしていたヤンマだったけど、僕が真剣に話しているのを見て、口を挟みもせずに最後まで聞いてくれた。

「……というわけで、僕らはなんとしても、工事を中止させなくちゃいけないんだ。どう先生、信じてくれる?」

「お前たちが嘘をついているとは思わない。でも、正直言ってすぐには信じられそうにないよ。特に南野さんが、実は桜の木の精だ、とか言うのはいくらなんでも……」

 簡単に「信じるよ」と言わないところが、ヤンマなりの誠意なんだ、ってことはわかってるけど、こういうことをすんなりと信じられない大人に、もどかしくなる。 

 ところが桜ちゃんは、ヤンマに向かってにっこりと笑ってみせた。

「私が水浪桜の精だっていう証拠をお見せしましょうか。鈴木先生は、この学校の中に、ひそかに思っていらっしゃる女性がいますよね?」

「な、何でそんなことを知って……」

「だって、鈴木先生はいつも私の前でその方への思いを告げて下さっているではないですか。『あの人と仲良くなれますように』って。もし必要でしたら、その方のお名前を申し上げてもかまいませんけれど……」

「ま、待った! わ、わかった、信じるから、それだけはやめてくれ……」

 顔を真っ赤にして情けない表情になったヤンマに、僕は思わず吹き出してしまった。

 ヤンマってば、毎日校舎の裏で桜の木に向かって、片想いの女の人のことをお願いしているんだなんて。ヤンマの片想いの人って一体誰だろうなー。……ぷぷっ、おっかしー。

「先生ってば、かわいー」

 ニヤニヤしながらナツミが言うと、先生は恥ずかしそうにぷいと横を向いてしまう。

「参ったな……僕は毎日、こんな女の子に向かって恋愛成就を願っていたのか……は、恥ずかしい」

「大丈夫ですよ。このような姿をしていても、私は三〇〇才の古木ですから。……恋愛成就のお力になれるかどうかはわかりませんが」

 すっかり信じた様子のヤンマに気をよくした桜ちゃんがそんな風に言って、お茶目に片目をつむってみせる。

「ご、ごほん。わかった。お前たちのことは信用しよう。でもな、工事をやめさせるなんて、先生にだってできないぞ。それができたら僕だってとっくに……」

 ヤンマの言葉に僕らはしゅん、となってしまう。なんとなく、大人を味方につければ何とかなりそう、とか考えちゃっていたけど、そりゃ、大人にだってできることとできないことがあるよな。

「そりゃそうだよなぁ。そんな簡単に工事中止なんてできるわけないよな」

 うなだれて言ったのはリョータだ。リョータも僕とおんなじように考えていたんだろう。

「大丈夫、策は考えてあります」

 胸を張って言ったのはナツミ。僕らは驚いてナツミの顔に注目する。

 自信満々なナツミはいかにも頼もしい。さすがは頭脳派だ。

「策ってどんなの?」

 興味津々で尋ねた僕に不敵な笑顔を向けて、ナツミは言った。

「詳しいことはおいおい話すわ。私たちで台本を用意するから、先生は校長先生に直接掛け合う役をやってほしいんです。いいですか?」

「あ、ああ。わかった」

 ナツミの雰囲気に気圧されるように、ヤンマは思わずうなずく。

「まず工事についてだけど、全面的に中止しろってのはさすがに無理だと思うの。向こうにだって都合があるだろうし。だから、水浪桜を植え替える、ってので手を打ったらどうかなって思うんだけど」

 ナツミの、思ってもいなかった提案に僕らは目を丸くする。水浪桜を、植え替えるだって?

「サクラちゃんが、『水浪桜は七〇年前に水浪山から移されたんだ』って言ってたでしょ? だから、今度は水浪山に戻したらどうかな、って」

「なるほど! そうすればサクラちゃんはタケハヤ様とずっと一緒にいられるしね!」

「な、何を言って……」

 僕の言葉に、サクラちゃんが顔を真っ赤にして目を白黒させた。ふふ、そんなわかりやすい反応したら余計にバレバレだってば。

 でもその反応で、サクラちゃんがその提案に悪い気はしていないってことがわかる。これは、いけるかもしれないぞ。

「なるほど、少なくとも工事を中止しろと言うよりは、貴重な桜の木を保護するために植え替えてから工事を行ってくれ、という方がずっと通りそうではあるなぁ」

 ヤンマも感心した様子でナツミを見て、こくこくとうなずく。

「だから、そっちの提案は鈴木先生にお願いしようと思うの。でもそれだけじゃ決定打には弱いから、もう一つ策を考えているんだけど……そっちの方はサクラちゃんの協力が必要になるんだ」

「わたし、ですか?」

 ナツミの言葉に、サクラちゃんが目をぱちくりさせる。

「そう。あと、リョータとタツヤもね」

「おぅ、任せてよ!」

「よかった〜、出番ないかと思った」

 僕とリョータが歓声をあげる。何の力にもなれないのは寂しいもんね。

「じゃあまず、最初の作戦だけど……」


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