3.
突然のサクラちゃんの告白に、僕たちは絶句する。でも、確かにそういうふうに考えれば納得はできる。誰もその存在を知らないはずのタケハヤ様の知り合いってことはつまり、サクラちゃんは、タケハヤ様の「同類」というわけで――。
「木の、精?」
リョータが呆然とした顔で、サクラちゃんの言葉を繰り返す。
「精ってのは、その、幽霊みたいなもの?」
「ぜんぜん違います! 幽霊は死に切れなかった人間の魂ですが、精というのは、長く生きた動物や植物が意識と神格をもったもので、一種の亜神ともいうべき存在なんです!」
僕の言葉がお気に召さなかったのか、サクラちゃんが怒ったような表情で主張する。……言ってることは、全然理解できなかったけど。
「えーっと、つまり、神様みたいなもの、ってこと?」
「い、いえ、神様だなんて言うのはおこがましいですけど……」
ナツミが尋ねると、今度は顔を赤らめるサクラちゃん。
『樹齢にして三〇〇年を誇る、立派な古木だからな。神と呼んでも差し支えはないだろう』
「そ、そんな滅相もないです……」
タケハヤ様の優しい声が響き、サクラちゃんはますます赤くなって縮こまっちゃってる。なんだか、タケハヤ様に褒められて照れているみたいだ。サクラちゃんって、もしかして、タケハヤ様のことが好きなのかな。
『それで、桜姫。貴女は少年たちに頼みたいことがあったのだろう?』
すっかり恐縮してゆでダコみたいになっちゃったサクラちゃんに、相変わらず優しくてあったかい声で、タケハヤさんが先を促す。
「そ、そうでした。実は、命様を助けてくださった勇敢なあなた方に、お願いしたいことがあるんです」
そう言って、サクラちゃんは話し始めた。
「水浪町中学校の校庭にある、水浪桜のことをご存知ですか?」
「みなみざくら?」
サクラちゃんの言葉に、リョータが首をかしげる。僕もおんなじだ。水浪町中学校ってのは僕たちが通っている学校のことだけど、みなみざくら、ってのは――?
「校舎の裏側にある、一番大きい桜のこと、よね? 五〇年以上前からある、っていう。前に鈴木先生が、社会の時間の時に言ってたわ」
そう言ったのは、ナツミだ。さっすが優等生。僕は自慢じゃないけど、社会の時間のヤンマの話なんてこれっぽっちも覚えてない。
「ええ。正確には七〇年ほど前、水浪町の前身の水浪村ができた頃に村を護る鎮守の木として、水浪山からあの場所に移し替えられたものです」
「サクラちゃんは木の精だ、って言ったよね? もしかして、校庭にあるその水浪桜ってやつが……」
「ええ。私の、本体です」
僕の言葉に、サクラちゃんがはっきりとうなずく。
わ、なんかすごく現実離れした話になってきたぞ。サクラちゃんが木の精だ、ってのもびっくりだけど、毎日僕らが前を通っている学校の大きな木が、サクラちゃんの「本体」だなんて。
「あっ!」
突然、大声をあげたのはナツミだ。
「なんだよナツミ、大声を出したりして」
「びっくりしたぁ」
リョータと僕が、目を丸くしてナツミを見る。ナツミはといえば、サクラちゃんの顔を見つめて何やら真面目な顔をしている。
「そういえばこの夏休みに校庭の工事をするって、鈴木先生が……。確か、あの桜も」
「ええ、切り倒すそうです」
言葉を途切れさせたナツミに、サクラちゃんが続けた。
ええ? ちょっと待てよ。サクラちゃんの本体でもある木が、切り倒されちゃうってことは――。
「その木が切られちゃったら、サクラちゃんはどうなっちゃうの?」
心配そうな顔で、リョータが尋ねる。そう、僕もそれが聞きたかった。
「……」
サクラちゃんは答えない。でもその沈黙が、明らかな答えだった。
「その桜を切り倒すのをやめさせればいいんだよね?」
サクラちゃんの俯いた表情と沈黙がたまらなくなって、僕は思わずそう言っていた。みんなの視線が僕に注がれる。
「何をどうすればいいのか、さっぱり分かんないけどさ。せっかく友達になったサクラちゃんのために、何とかしてあげたいと思うんだ」
僕が言うと、リョータもナツミも、真剣な表情でうなずく。
「……友達、ですか? 私が?」
驚いた顔で、サクラちゃんが尋ねてくる。僕らは顔を見合わせて、にっと笑いかけた。
「サクラちゃんってば、今更、何言ってんだよ」
「改めてよろしくね、サクラちゃん」
リョータとナツミが口々に言う。
「リョータ、ナツミ、タツヤ。……ありがとう」
サクラちゃんはちょっと恥ずかしそうに、にっこりと笑った。うわぁ、やっぱりサクラちゃんの笑顔はすっごくかわいいなぁ。
「そうと決まったら、切り倒しを阻止するための、作戦会議だ!」
僕が言うと、三人は笑顔でうなずいた。