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1.

6話完結です。すでに最後まで書き上がっていますので、1日1話程度更新していくつもりです。

よろしければ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

 校庭の木々の上から、セミたちが大合唱している。クーラーなんてついているはずもないボロ校舎は、外と変わらないくらいに暑くて、みんなもう汗だくだ。

 だけど、教室の中の雰囲気は明るい。みんな、笑うのをこらえているような顔でそわそわしている。そりゃあ当たり前だ。日本中どこの中学だって、この日にそうじゃないところなんてどこにもないだろう。だって、今日は一学期の終業式。つまり、夏休みの前の日なんだから。

「というわけで、八月一日から校庭の大規模な工事をするから、学校は立ち入り禁止になる。忘れないようにな。さて、明日から君たちは夏休みに入るわけなんだが‥‥‥」

 通知表を配り終えた担任の鈴木先生(大きな黒縁めがねに細長い顔がトンボに似ているから、「ヤンマ」って呼ばれてる)がちょっと困ったような顔でほっぺたをかきながら言った。

「実は今日、転校生が来てるんだ」

 ヤンマの言葉に、教室が騒然とする。転校生だって? しかも終業式に? 普通転校生って、二学期の始業式に来たりするもんじゃないの?

「本来なら二学期に紹介するべきなんだけど、なんでも、当人のたっての希望だとかで‥‥‥」

 困った顔を見るところ、ヤンマも詳しい事情は分かっていないらしい。

 それにしても、転校生だって!

 「カソ化」とやらが進んでるド田舎のここ、水浪町(みなみまち)では転出していく人はいても転入生はほとんどいない。僕が知ってる転入生もたったの一人だけだ。

「あたしだって、転校してきたのは小五の二学期の始業式だったわ。終業式になんて、前の学校はどうしたんだろ? ねぇ、タツヤ?」

 僕が知ってる唯一の転校生のナツミが、隣の席で首をかしげた。僕は、さあね、とナツミに向かって肩をすくめてみせる。そんなの、僕にわかるわけない。

「とにかく、転校生を紹介する。南野さん、入ってきなさい」

 ヤンマがそう言うと、教室中が一瞬にして静まり返った。みんな、固唾をのんで教室の扉を見つめている。

「はじめまして、南野桜です。よろしくお願いします!」

 扉をゆっくりと開けて、黒板の前でぴょこり、と頭を下げたその姿に、みんなはもう一度息をのんだ。

 中学一年生にしてはちょっと低めの身長に、腰まである長くてまっすぐな黒髪。雪みたいに白い、日本人形みたいに綺麗な顔。

 ブレザーの制服が不釣り合いに見える、純和風の美少女が、そこには立っていたんだ。



 ホームルームが終わっても、教室は人でいっぱいだった。みんなサクラちゃんの周りに集まって、質問大会だ。

 特に熱心だったのは男子たち。確かにサクラちゃんかわいいもんなぁ……。

「タツヤ、鼻の下伸びてるよ」

「え? ほ、ほんと?」

「ば〜か」

 そっぽを向いて言ったのはナツミだ。なぜかご機嫌斜めらしい。

 ナツミの、肩までしかないショートカットの髪がさらりと揺れている。

 いかにも女の子、って感じのサクラちゃんとは全く違って、ナツミはどちらかというとボーイッシュな感じだ。私服はいつもジーパンにTシャツだし。

 でも、そういう格好が似合ってるナツミも、なかなか悪くないと思うんだけどなぁ。なんて、絶対口に出してはそんなこと言えないけど。

谷崎(たにざき)龍也(たつや)さん、ですよね?」

 突然自分の名前を(しかもフルネームで)呼ばれて、僕は驚いて顔をあげた。むこうを向いてるナツミの横顔をずっと見てたのを見られたのかと思ったのもあって、ちょっとあわててしまう。

「あ、ああ、そうだけど?」

 視線の先にいたのは、なんと、転校生のサクラちゃんその人だ。いつの間にかクラスメイト達の輪から抜け出して、僕の机の目の前に立っている。

 夜の空みたいに真っ黒な目で、僕のことをまっすぐに見つめている。息がかかりそうな距離でこんなに綺麗な女の子に見つめられて、思わずどきどきしてしまう。

「申し訳ないんですが、この後、お時間をいただけませんか? お話したいことがあります」

 サクラちゃんがそう言うと、クラスメイト達の視線が一斉に僕の方に向けられるのを感じた。だってこれじゃあまるで、こ、告白でもするみたいじゃんか。

「は、話したいこと? 僕に?」

「ええ。それから、風間夏海(なつみ)さんにも」

「あたし?」

 隣でチラチラと様子をうかがっていたナツミが、突然名前を呼ばれて驚いた声を出す。

 ああ、話って僕と二人っきりじゃないのか。ちょっとほっとしたような、残念なような。

 あれ、待てよ? サクラちゃんとは今日会ったばかりのはずなのに、なんで僕らの名前を知っているんだ? まだ自己紹介もしてないのに。

「あと、山岸涼太(りょうた)さんってどの方ですか?」

「リョータ? リョータなら隣のクラスだけど……?」

 サクラちゃんの言葉に、ナツミが不思議そうな顔をしながら答える。

 僕とナツミ、それにリョータは確かにしょっちゅう一緒に遊んだりする親友だけど……初対面のサクラちゃんに呼ばれる心当たりは全くない。

「では、大変申し訳ないのですが、涼太さんも呼んでいただけますか? 三人には、このあと少しだけ、私に付き合っていただきたいのです」

 わけがわからない、という顔で僕とナツミは顔を見合わせた。

 だけど、改めてサクラちゃんの顔に目を向けると、やっぱり彼女はまっすぐな瞳で僕らを見ていて、それは冗談を言っているようには少しも見えなくて、僕は思わずうなずいていた。

 決して、サクラちゃんがかわいくて断れなかったとかそういうことはないからね! ……たぶん。


 というわけで隣のクラスからリョータを呼んできて(リョータも何がなんだかさっぱりわからない、って顔をしてたけど、とりあえず無理やり引っ張ってきて)、僕らはサクラちゃんの話、ってのを待った。

 ところがサクラちゃんは、僕ら三人がそろうと、こう言ったのだった。

「話はあとでします。まずは、私に着いてきてください」

 言うなり、僕らの返事も聞かず校門の方に向かってすたすたと歩き出してしまうサクラちゃん。華奢な見た目とは違って、随分と早足だ。

「なになに? いったいどういうこと? ってか、あのかわいい子は誰なの?」

 全く事態を飲み込めてないリョータが、整った顔をハテナマークだらけにして僕とナツミに聞いてくる。照れもせずに「かわいい子」だなんて口にしちゃうところがいかにもリョータらしい。

 リョータはアイドルみたいに綺麗な顔と女子なら誰にでも優しい性格で、クラス中からモテモテな優男だ。でも本当は四つ離れた可愛い妹にデレデレなシスコンだってことを知ってるのは、僕とナツミだけ。

「それがあたしたちにもさっぱり分かんないの。サクラちゃん――あの子、今日転校してきた子で、南野桜ちゃん、って言うんだけど、彼女が急にあたしたち三人を名指しで、『お話があるので、このあと付き合っていただきたいのです』だって」

「オレの名前まで知ってたの? 知らないうちにオレも、有名になったもんだなぁ」

「ばか、そんなわけないでしょ」

 かっこつけるリョータに、ナツミがつっこみを入れる。まぁ、リョータはもしかしたら他の学校にも知れ渡ってたりするかもしれないけど。特に目立つこともない僕はそんなはずもないし。

「とにかく、着いて行ってみようか」

 僕が言うと、二人は顔を見合わせてうなずいた。

「そうね、まさか取って食われるわけでもないだろうし」

「そうそう、かわいい女の子の頼みを、断れるはずもないしね」

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