召喚ハゲ無双外伝! ~俺があいつで筋肉美~
ハゲましておめでとうございます。
召喚ハゲ無双!の外伝です。
頭皮の弱い方にはおすすめできません。
「もう一度言うぞ」
その男はそう言った。
野外であるにもかかわらず、低く響く、野太き朗々たる声で。
人並み外れた巨躯。人通りの少ない山沿いの街道で丸太のような両の腕を組み、堂々たる仁王立ちで商隊の一行を睥睨しながら。
はち切れんばかりの大胸筋を、異邦ではジャケットと呼ばれる前開きの服装に隠し、首から珍妙なる紐を下腹部近くまで垂らし。
それは戦士としては、申し分のない肉体だった。
唯一、欠けている部分があるのだとするならば。
「私の名を言ってみろ」
ああ、そう。ああ。
男には毛がなかった。ハゲだったのだ。その不毛の地に着地でもしようものならば、脂ぎった頭皮にトゥルンと足を取られるに違いあるまい。
そのようなことを容易に想像させるほどに、ハゲていた。
いっそ狂おしいほどに、ハゲていたのだ。
商隊は息を呑む。
なぜならばすでに、商隊が護衛に雇った傭兵らは、とうの昔にこのハゲた男によって無残にたたき伏せられていたからだ。
その数、十名。
残るは商人ばかり。女や年若き少年までいる。
その数、七名。
震え。抑えがたき震え。
「ま、まさか……あなた様は……」
男の前に立つものは皆、圧倒される――。
それは前時代の暴君をただ一振りの剣のみで暗殺し、自らこの広大なるレアルガルド大陸のおよそ五分の一を治めるに至った北の魔王ですらも。
それは黑竜と呼ばれた大陸全土の危機を、何度も敗北を重ねながら生きて戦い抜き、ついにはその拳と魔法で倒すに至った彼の異邦の魔法少女と竜狩りの女剣士ですらも。
皆、口をそろえて言うのだ。
あの漢は違う、と。
あなた方の知る何者でもないのだ、と。
決して戦ってはならない、と。
およそ一年前、このレアルガルド大陸には人類を死滅させようとした黒の竜がいた。空を支配した黑竜は大陸の数百万の命を奪い、大小問わずいくつもの国家を滅ぼした。
そこで人類は、竜を駆る八名の英雄を擁立する。
八名の英雄と黑竜の戦いは熾烈を極めた。たった一体の黑竜を倒すための戦いで、数千、数万もの生命が散っていった。
けれども、八名の英雄はついに黑竜を追い詰め、討ち滅ぼすに至った。そして八英雄はそれぞれの国へと帰国し、その後の人生を送っている――はずだった。
だが、その中に一人、闇に堕ちたものがいた。
いいや、それは魔王ではない。
魔法少女や竜狩りの女剣士でもない。
竜の国の王でもなければ、時空の魔女でもない。
戦女神リリフレイアや天秤の神アリアーナの聖女らでもなかった。
かつては正義のみを執行し、光の勇者とまで呼ばれた漢――。
「は、八英雄が一角の……羽毛田……甚五郎……」
「そうだ」
長い旅路の果てに彼が手にしたエリクサーは、激しき戦いの中で失っていった彼の友らの命を、取り戻すまでには至らなかったという噂は、まことしやかにささやかれている。
ゆえに堕ちたのだ、と。
光が、闇に。
男は睥睨する。商隊の先頭に立つ、黒く長い髪を持った青年を。
「おまえの髪は、とても美しいな」
「あ……え……?」
腰砕けになりそうな脚で懸命に立つ青年へと、男は迫る。動物のなめし革を使った、異邦の地ではビジネスシュゥ~ズと呼ばれるくたびれた靴で。
「ああ、素晴らしい髪だ。腰があり、艶もある。なんとうらやましきことか」
「ひ……ぁ……」
青年は見上げていた。まだ腰は砕けてはいないというのに、男の無残なる頭部を見上げていた。見上げねばならぬほどの、体躯の差があったのだ。
ハゲた男は血走った目をぎょろりと剥いて、青ざめた青年に顔を近づける。否。顔に近づいたのではない。その頭皮。長く艶のある黒髪を、深き森のごとく流すその頭皮を覗き込んだのだ。
「青年よ、このような言葉を知っているか?」
諦観。青年の表情に諦観の念がありありと浮かび上がる。目尻には涙の粒が浮かび、震える唇はもはや言葉を発することすらできずに。
男の大きな手が、むんずと青年の長髪を束にしてつかんだ。
「ひ……や、やめて……」
無表情だった男の顔に、凄惨なる笑みが浮かぶ。それは青年がかつて幼少期、母より読み聞かせられた絵本の中にのみ存在する怪物を想像させた。
男の唇の両端が、微かに引き上げられる。
「――おれの髪はおれのもの、……貴ッ様の髪もッ、おれのものだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!」
めり、めり、男の上腕筋が音を立てて膨れ上がった。
同時に青年の絶叫がこだまする。
首ごともぎ取られそうなほどに長髪を引っ張られ、下瞼は眼球を覆うほどに上がり、ぶちぶちと毛の引きちぎられてゆく音が響く。
あわや、首から上の皮膚が髪ごと頭蓋から引き剥がされる寸前で、男の腕に商隊の女が飛びついた。
「や、やめて! もうやめてください! なんでもしますから! わたしたちの持つものであればなんでも差し上げますから! どうか英雄様、もうそれ以上の乱暴は……」
「ほう? なんでも、とな?」
青年の長髪から、男が手を放す。青年の脚が力なく折れて、その場に崩れ落ちた。
だが男はすでに青年を見ていない。視線の先にあるものは、馬車の荷台だ。
おそらく貴族の使いでもしていたのだろう。積み上がった木箱からは宝石のあしらわれたネックレスのようなものがはみ出している。
「フ、ならば積み荷を半分置いてゆけ」
「へ……?」
「聞こえなかったのか? 半分だ」
己の頭皮を両手で押さえながら尋ねる。
「え、英雄様、そ、それだけでいいので?」
てっきり、すべての積み荷と女を要求されると思っていた青年は、胸をなで下ろした。
対する男は青年を安心させるかのようににっこりと微笑み、一つうなずく。
「多くは望まん。すまなかったな。おまえがあまりに美しき頭髪をしていたゆえ、少々取り乱してしまった。もう去るがいい。もしも積み荷を失ったことで雇い主に何か言われた際には、八英雄が一角、羽毛田甚五郎が黙っていないと伝えろ。そうすれば誰であろうと口をつぐむであろうよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
青年は商隊の仲間とともに半分の荷物を下ろすと、空いたスペースに護衛の傭兵らを乗せてそそくさと去って行った。
入れ違いで、レザー・アーマーを着込んだ汚らしい山賊が、男のもとを訪れる。
「へへ、お頭! また客だぜ!」
「お頭はやめろ。私は山賊ではない」
「おっと、こいつぁいけねえ! 英雄様だったな! ジンの旦那、もう一仕事頼むぜ!」
それだけを告げると、山賊はすぐさま姿を隠した。
男はハゲ上がった頭皮に片手をついて、肩をすくめる。
やれやれ、今日は千客万来だな。
両腕を大胸筋の前で組み、街道で仁王立ちをする。客を迎える際の威圧のポーズだ。
しばらく待っていると、東の方角から一人の男が歩いてきた。
外套のフードを目深にかぶり、のっしのしと歩いてきている。その肩には、革製の大きなナップザックがぶら下がっていた。
「……む、あれは飛龍革製か」
超のつく高級品だ。大きさから考えても、こいつは期待できる。
すでに両者ともに視界に入っている。入ってはいたが、男は気づいてはいなかった。
だが、やがて気づく。それに。己の遠近感が狂っていたことに。
近づくほどに、大きく。ナップザックもさることながら、旅人の巨躯。それはもはや、恵まれた肉体を持って産まれた己をも凌駕するほどで。
やがて旅人の靴音が、男の前で止まった。
でかい。己の身が、旅人の影で呑み込まれてしまうほどに。
「……」
「……」
無言で見つめ合う。
だが、体躯など関係ない。なぜならば己は八英雄の一角なのだから。この名を出せば、この大陸で誰も逆らうものなどいない。たとえ王侯貴族であってもだ。現に、小国の王族から荷を奪ったこともある。
さあ、商売の開始だ。
男は告げる。いつものように。
「ここは通行止めだ。特に、貴様のようなフサフサとした頭のやつはなァ?」
「……ほう。なるほどな。おまえが昨今、この界隈で噂になっている羽毛田甚五郎か」
――!?
「なんでも、エリクサーでも不毛の大地に長き友を生やすことができなかったゆえ、この街道を行くものに八つ当たりをしていると聞いたが」
先手を打たれて戸惑う。
ふぅ、と旅人がため息をついた。そして視線をあげ、穏やかにて優しい瞳で静かに告げる。
「その気持ち、わからんでもない。だが、そのような無体はもうよせ。おまえが罪をいくら重ねたところで、失った長き友らは帰ってはこない。心も、頭皮も、……不毛なままだ」
「あぁ!?」
なんだ、こいつは。
己が羽毛田甚五郎であることを知った上で、なぜ説教などできる? 八英雄の一角だぞ!
気を取り直し、男は問う。
「貴様、何を言ってい――」
「それどころか、枕やシャンプーとの戦いで散っていった彼らを哀しませるだけだ」
旅人の目尻に光る、美しき漢の涙――……。
聞いていない。話を聞かない。
そう、聞かないのだ、この旅人は。
「だからもうやめるのだ、このようなことは。そんなことより、頭皮を清潔に保つことを心がけるといい。毛穴に溜まった余分な油分をぬるま湯で洗い流し、毎日優しく頭皮マッサージをするのだ。洗髪の際には、爪ではなく指の腹で洗うのだぞ」
じゃり。
また一歩近づく。
男が、ではない。旅人が、だ。
それも、至って無防備に。
「そうして時々は太陽にあててやるといい。フ、彼らが光合成をするとは思えんが、それでも光を見せることは生命にとって大切なことだ。己が大切に想うべき存在であるならばなおさらのこと」
どうやらこの旅人は、よほどのバカのようだ。
ならば、痛みに訴えかけるが早かろう。幸い、英雄を名乗る程度には腕っ節にも自信がある。レアルガルド西部で毎年開かれる武闘大会では、準優勝をしたこともあった。
「あとは、そうだな。シャンプーの際には、一度掌で泡立ててから髪につけるのだ。決して原液を直接頭皮につけるんじゃあないぞ」
パチン、と不気味なウィンクをしながら。
「毛根たちはとてもデリケィ~トだからな。女性を扱うときのように、優しくだ」
そこいらの騎士程度ならば、片腕でねじ伏せることも難しくはない。
ましてや目の前の旅人は、ガタイだけで隙だらけだ。
「――ッ」
最初に動いたのは男だった。旅人の股に差し込むように左足を踏み込み、その腹部へと渾身の力を込めた拳を突き入れる。
「ぅおらぁ!」
重く鈍い、肉の弾ける音が響いた――!
二体の巨躯を中心として街道の砂埃が衝撃波とともに舞い上がる。
「クク、どうだ。この私を舐めて――舐め……?」
だが、そう。だが。
「――っ!? な、なんだとぉ!?」
男の渾身の拳を腹で受けてなお、旅人の歩みは止まらなかった。痛みをこらえる仕草すらない。それどころか。
「そうだ、獣毛のブラシもいいぞ。あれは毛にいいのだ。洗髪後に梳かせばとても艶が出る。おぉ~っと、すまない。おまえにはまだ毛はないのだったな。ならばブラシの先でぽこぽこと頭皮を叩いてやるといい。血行がよくなり、眠っている毛根らも目を覚ますやもしれぬ」
旅人は男の拳を腹筋で締め上げるようにして、さらに一歩近づく。
男の肩になれなれしく両手をのせて。
「いいか? ハゲだからといって、決してあきらめるんじゃあないぞ。私にもかつてはあったのだ。ハゲ――あ、いや、じゃない。ん、んんぅ。薄毛と呼ばれし不毛の時代がな。だが、私はその時代を見事に乗り切っ――」
男のハゲ上がった頭皮をなめ回すほどに近い距離から見つめて――見つめて、そうして旅人は唐突に眉を寄せた。
「む――? んん? んんんんんんん?」
旅人の手が、男の頭皮に添えられる。
ぺたぺたと無遠慮に。まるで、ない髪をかき分けるように。さらに目を近づけて。
「んんんんんんんんんんんん?」
男の頭皮は青かった。肌色ではない。青だったのだ。
すなわち、それが意味するところは?
「お、おい、貴様ッ、いい加減にしろ! このおれ様を誰だと思っていやがる! あの黑竜をも屠った有名な――」
瞬間、旅人の形相が変化した。
そう、例えるならば異邦の言葉で悪鬼羅刹。
男は言葉を呑んだ。呑まざるを得なかった。本能が感じ取ったのだ。
あ、これ、あかんやつや……と。
そうして旅人は、耳を澄まさねば聞こえぬ程度の声で、小さくささやく。
「……………………毛根だ……」
「え?」
直後のことだった。
パァンと派手な音がして、男は旅人に頭を平手で叩かれていた。
「うぐぁ!?」
ぐわん、ぐわんと、脳内で激しく音が響く。
平手だ。ただの。だが、効いた。とてつもなく効いていた。膝が震えるほどにだ。
その威力、まるで落石のごとし。
「貴様ッ、毛根がッ、生きておるではないかッ!!」
「え? え?」
「騙したな……」
旅人の外套を止めていたボタンがはじけ飛び、男のそれを軽く凌駕するほどの、ちょっと気持ち悪いくらいの大胸筋が、ごん太い血管をめきりと浮かせた。
それを見た瞬間には、男は首に巻いた紐を旅人につかまれ、悪鬼羅刹の表情を近づけられていた。
「この私を、騙したな……? ハゲ仲間のふりをして油断させ、騙したのだな……?」
「う……? うふぇ?」
男は得体の知れない恐怖が迫ってくるのを感じていた。
熱量。旅人の筋肉から発生する熱量がまるで違う。人間では、否、生物では到底到達できまい、まるで炎のような熱量を発していたのだ。
怒り。それは烈火のごとき、怒りだった。
それに、そう、それに。
旅人は男と同じく、首に紐を巻いていた。いいや、紐ではない。男のものとはまるで違う。これは異邦の戦士らが身にまとうとされる、ネクタイと呼ばれる防御布である。断じて、男のようにただ紐を巻いて垂らしただけの代物ではない。
街道に風が吹き荒れ、旅人のネクタイが左右のお乳首様の間で静かに揺れていた。
その段にいたって、男はようやく自らが虎の尾を踏んだことに気づいたのだ。
あ~、これ本物だ……。本物の八英雄のハゲだわ……。
「私を騙すに飽き足らず、あまつさえ懸命に生えた毛を、たかが金稼ぎのために無残に剃り殺すとは何事だッ!」
剃り……殺す……?
男の長き人生の中で、初めて聞いた斬新な言葉だった。
「――ゆるさんぞッ!! 剃り殺され、天寿を全うすることなく大地に散っていった毛たちの気持ちを、貴様は一度でも考えたことがあるのか!?」
あるわけねぇぇぇ~~…………。
ネクタイなどと到底呼べない代物である紐をつかまれたままぶんぶんと振り回され、男は白目を剥いた。唇の端からにじみ出る泡を止めることができない。
「――フヌグォォォォォ……ルアアアァァァァァァイッ! ――ファ~~~~~~~~ッ!!」
ちょっと考えられないくらいの高度までポ~ンと投げ上げられる。
青い空、白い雲。ワイバーンの群れが隊列を組んで空を飛んでいる。
あ~、死んだわこれ……。偽物商売なんてやめときゃよかったわ……。八英雄なんかに勝てるわけがねえ……。
「ぁと~~~ぅ!」
ワイバーンの群れを隠すように、どういうわけか先ほどまで地面にいたはずの悪鬼羅刹の巨体が浮いていた。己よりも高くだ。
身体能力も、見た目同様にもはや怪ぶ――傑物だった。
男の瞳から涙がぶわりとあふれ出す。だが、旅人は容赦しない。
「貴様のような輩が、すべてのハゲや薄毛の評判を下げているのだッ!!」
空中で外套を投げ捨てたハゲ――否、なんだ、あの頭は。
前も横も後ろも毛はない。確かに陽光を反射させている。
だが、頭頂部!
頭頂部の小皿程度の範囲にのみ、もっさりと長い毛が生えていて、一本の三つ編みだけが巨大な広背筋のあたりにまで垂れ下がっている。
すなわち、弁髪――!
空中で弁髪の甚五郎が腕を伸ばした。男の頭部を両脚の大腿筋で挟み込み、男の胴体に腕を回して落下に横回転を加える。
男はもう、ぴくりとも動けない。それほどまでに力に差があった。
恐ろしいまでの怪力だった。
「おおおおぉぉっ、悲しみをッ、背負って生きよッ!! ――羽毛田式殺人禁術“愚”、毛根死滅スクリュゥゥゥゥ~~~……パァァァーーーーーーーイルッ!!」
爆発、轟音、衝撃。
爆ぜる。大地を激しく上下させ、街道を遙か遠方まで衝撃でめくりあげながら。
男の頭皮を大地にたたきつけ、反動で跳ね上がって着地した弁髪は、得意げに三つ編みを振って告げた。
「フ、加減はしておいた。これからは砂漠と化した頭皮と向き合って生きることだ。――ではな」
真横になった視界の中で、くたびれたビジネスシュゥ~ズが遠ざかってゆく。
山賊だった男に意識があったのはここまでだ。
後に、街道にて昏倒していた男は、この地を支配する領主の私兵に捕らわれたが、誰に何をされて何を言われたのか、まったく覚えてなかったという。
彼はハゲたけど、その後の人生はふつうに生きました。
忠告ッ、無意味ッ!
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『召喚ハゲ無双! ~剣と魔法と筋肉美~』
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