第八話「霧島姉弟 VS 百眼男1 救出」
季節は一歩づつ、夏から秋へ移り始めていた……暴力的に肌を刺す夏の陽は穏やかなものに変わり、清涼感のある鈴虫の鳴き声が秋の到来を告げている……
友哉は二人の女性が始めた白熱のバトルに後ろ髪を引かれつつも、家に帰ることにした……
しかし校門に差し掛かった所で、突然携帯が鳴ったのだ。
亜里沙だった。
急ぎ電話を取る。亜里沙からの着信は1コールで取る! をモットーとする友哉だった。
「百眼男が出た――」
「…………解った。どうすればいい?」
「校門を出て、真っ直ぐ走れ。左の曲り角に黒塗りのハイヤーが停まっている。それに乗り込め」
……平和な日常は突然終幕を迎えた。
亜里沙は友哉に連続猟奇殺人鬼との対決を告げた。
――近づくとハイヤーの扉が開いた。
「乗れ、急げ!」
中には亜里沙が待機していた。
黒の戦闘服を上下に身にまとっている。
運転席には立花玲子が乗っていた。
友哉が飛び乗ると、黒塗りのハイヤーは地鳴りを響かせて、生徒達が帰宅を急ぐ通学路を後にした……
ハイヤーは猛スピードを出しながら現場に駆けていた……見た目はハイヤーに擬態したこの車は 、防弾・耐熱仕様で、車体の前後には重火器が仕込まれており、車内から攻撃も可能だった。
「手短に説明します」
運転席の立花が口を開いた。
「百眼男が、ここ星見ヶ丘高校から十分ほど離れたショッピングモールに現れました……その時、親の買い物に同行していた十歳の女児・小夜ちゃんを誘拐した模様です……現在は、ショッピングモールの北部に隣接する住宅街に潜伏しています」
「正確な場所は?」
亜里沙が質問した。
「把握しています……今はJ十四地区の捜査官が、敵の動きをマークしています」
「誘拐した女児の容態は?」
戦闘服を身にまといながら友哉が聞いた。
「まだ……殺されていない筈です……ただレポートによると、百眼男の後をついてよたよたと歩いていると……まるで催眠術にかけられた様に……何をされたのかは不明です……」
今度のコレクションは子供なのか!?
友哉はそれを聞いて胸クソ悪くなった。
ハイヤーは夕闇が迫る住宅街を疾駆していた。更にスピードを上げたせいで、車体が時々大きくバウンドする。
「両捜査官、能力の調子はどうですか?」
「絶好調だ!!」
亜里沙の目はギラギラと輝いていた。これから狩り場に向かうハンターの様だった。
「大丈夫です、やれます」
続いて友哉が答えた……以前亜里沙に、戦いの最中は怒るなと叱られたことがある……口では何を言ってもいいが、頭だけは冷静でいろと……そうしなければ死ぬぞと……だがこんな時に、果して冷静でいられるだろうか!?
「まず、女児を救出する事を優先して下さい……本格的な戦闘はその後です……準備はよろしいですか?」
最後に立花が姉弟の状態をもう一度確認した。
「いつでもいいぞ!」
――亜里沙は決意を固めていた。女児を救出し、エイリアンを叩き潰す……これは私達にしか出来ない唯一無二の仕事だ……そして部下は……弟は、命に代えても私が必ず守る……これは両親から引き継いだ私の個人的な仕事だ。
「行けます!」
――友哉は考えていた……異星人と地球人が理解し合えないとは思えない……だが百眼男……お前はやりすぎた……『罪』という概念さえないのだろうが、俺はお前に償わせる。
――姉弟はショッピングモールに程近い住宅街の中で、再び息を殺していた。
張り込んでいた捜査官と交代する。
……姉弟の十五メートル先に百眼男はいた。
姉弟は壁に身を潜め、目だけを突き出して犯人を観察した。
百眼男は深く帽子を被り、薄茶色のコートを身にまとい、人間の格好に擬態していた……しかし、女児の手を握っている指は六本で、その先端は刃物の様に鋭利に尖っている。
人間の顔にあたる中心部に大きな目、顔の左右に人間サイズの目、つまり顔面に三つの目を有するエイリアンだった。そしてあのコートの内側には、防腐処理を施した犠牲者の目玉が、皮膚の上に無数に張り付いているに違いない……
姉弟はPSE(Psychic energy)を起動させた――PSEは超能力を使用する為の力の源であり、精神力の結晶である。
PSE起動後、亜里沙の全身はギラギラと照り付ける深紅のオーラに包まれて行った。一方の友哉は、眩く輝く紺碧のオーラに包まれて行く……姉弟のオーラは揺らめきながら鮮やかに輝き、辺りを色彩の光で満たして行った……敵もすぐに気付くだろう。
――無限の武器――友哉はRPG対戦車ロケットランチャーを頭の中でイメージした。イメージ化された武器は、物理世界で瞬時に生成される……青いオーラが凝結し物質に返還されて行く……
狙いは完璧だ!
友哉は追尾ミサイルを装填したロケットランチャーの引き金を引いた。
――爆音と共に発射された対戦車用ミサイルが、百眼男の頭部めがけて一直線に突き進む。
百眼男が三つ目でミサイルを凝視した。顔面は恐怖で引きつっている……
百眼男は女児を小脇に抱えると、素早く垣根の上に飛び移り、更に左上に大きくジャンプした。家屋数十件を軽々と飛び越えて、マンション上部の給水塔の上に着地する。
――追尾ミサイルは百眼男の頭部を狙っていた。
ロックオンされたミサイルは標的に着弾するまで追いかけるのを止めない……
亜里沙が路地を駆け抜け、下から百眼男を追跡する。
百眼男は後ろ飛びでジグザグにジャンプを繰り返し、追尾ミサイルをかわそうとした。
女児を抱えている為か、機動力が以前より鈍い。
追尾ミサイルと百眼男の間隔が詰まる……
その時……
百眼男は空中で女児を投げ捨てた――
――無限の武器――亜里沙は自身の両足にロケットブースターを生成した。
生成後、爆炎が一挙にブースターから噴出する。
亜里沙が軌道を描いて空中を飛んで行く――
前方に百眼男に破棄された女児の姿を捉えた。
「間に合え!」
ブースターから出る爆炎の量が倍になった……
――両手を広げる……亜里沙は女児を側面からキャッチした。
ブースターの発動を抑え、減速しながら緩やかに地面に着地する。
着地と同時に、亜里沙の背後で爆音が鳴り響いた……追尾ミサイルの爆発音だった。
……平和だった住宅街は硝煙に埋もれ、視界の塞がれた戦場へと変わり果てていた。何も見えない世界の中で、住民の悲鳴だけが鮮明に聞こえた。
着弾したのか???
友哉が硝煙の中で百眼男の姿を探す。
一方亜里沙は、抱きかかえた女児を立花の元に届けていた……黒のハイヤーを見つけると、ノックするや否や、意識のうつろな四人目の犠牲者を押し込んだ。
「行け!」
亜里沙が叫ぶと、ハイヤーはエンジン音と共に急速発進した。