第三二話「SAMIA VS カオル・小夜 防衛ライン」
「エ、エイリアン!」
条件反射と言って良かった……小夜は身構えるや鉤爪を敵に向けた……鉤爪の先端同士が小刻みに震えてカチカチと音を立てる。
……殺られる前にやるんだ……小夜の脳裏に百眼男に襲われた時の記憶が過った。
「待て!」
攻撃に移ろうとする小夜をカオルが手で制する。
その直後、彼女達の脳裏に直接テレパシーが響いた。
『ワレワレハSAMIAダ。ワタシハ、タンサセンデ、コノアオホシニキタ、グワルドケアル、ダ』
『探査船!? 貴様の宇宙船のことか?』
『ソウダ、ギンガケイノ、ヘンキョウノ、エイリアンニシテハ、サッシガイイナ』
そこでグワルドケアルは、地球人から見ると小さ過ぎる鼻をフンッ! と鳴らした。
敵からは片時も目を離さずにカオルが問う。
『貴様の目的は何だ!?』
『モクテキハ……コノワクセイノ、タンサダ。ダカラ、オマエタチト、アラソウキハナイ』
……今はな!
グワルドケアルは心の中で呟いていた。
『ワタシハ、コノホシヲ、タイヘンキニイッタ。ソシテ、コノホシノ“ウツワ”ハ、ワルクナイ。ワタシハ、シバラクココニトドマリ、チョウサヲ、ゾッコウスル』
今度はカオルが鼻を鳴らす番だった。
……争う気は無いだと!?
コイツのしていることは既に立派な領空侵犯だ……日本の……そして米国の……
『それは認められない!』
カオルが語気を強めて言った。
『ナゼダ!?』
『私達は優に五〇回以上も警告を発している。この星への侵入は止めろとな』
『よって貴様の主張を私達が受け入れることは絶対に無い。今すぐここから立ち去るがいい!』
目の前には圧倒的総量を誇るオーラの塊があった。
……サイズは問題では無い……こいつは間違いなく強い。
しかし、SAMIAを前にしてカオルは一歩も引かなかった。
そう……我々にはこの場所しかないのだ……ここは人間、そして我々ミュータントが暮らすことができる唯一の場所だ……私達には他に行く場所など無いのだ……私が今立っているこの場所は地球防衛の最前線だ! 私が引くことは、人類が、そしてミュータントが引くことと同義なのだ!
『……ナラ、シカタガナイ』
今まで上空へ向けられていた機関砲の銃口が、誰も手を触れていないにもかかわらず、彼女達の方へとゆっくり向けられて行った。
タチの悪い手品でも見ている様だ……とカオルは思った。
そして……
機関砲の一斉射撃が開始されたのである。
「サイキックバリア――――!!」
カオルの身体から目にも鮮やかな菫色のオーラが迸った。
生成したバリアが半円形に彼女達を包み込む。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
連射される銃弾がバリアを激しくノックする。
まるで強面の借金取りに、力一杯玄関を殴られ続けている様だ……良い気分では決して無い。
カオルは思案した……借金取りからの身の守り方ではない……
コイツの……このエイリアンの能力は一体何だ!?
手も触れずに……まるで意のままにジープや機関砲を操っているが……
今の所私のバリアは敵の銃弾を弾いてはいるが……しかし、ここは軍事基地だ……
カオルの嫌な予感は的中した。
先程から機関砲をぶっぱなしている車両の後方から、第二、第三のジープが近付いて来たのである……ジープにはいずれも同系の一八ミリ機関砲が搭載されていた。
合計三台となったジープがSAMIAを中心に逆三角形の陣を取った。
その時、ジープの後方で陣取る、グワルドケアルの口元が邪悪に歪んだ。
――三台の一八ミリ機関砲による一斉射撃が始まったのである。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
打ち付ける銃弾の雨音がバリア内部へと容赦なく響く。一人でも恐い強面の借金取りが三人に増したら、あなたなら果たして耐えられるだろうか!?
三倍の火力、三倍の圧力に、徐々にカオルの生成したバリアが綻びを見せて行く。
「カオルさん! バリアーににヒビが……」
劣勢の状況に小夜の表情は曇っていた。
それを見たカオルがどこまでも冷静な表情を崩さずに言った。
「小夜、まもなく私のバリアは限界を迎える……お前はバリアが破壊されたと同時に後方へ飛び退け。司令官を呼んで来るのだ。お前の足ならかかっても数分だろう」
そう言うとカオルは懐の携帯を小夜に手渡した……携帯のマップには移動するK司令官の位置が示されていた。
「カオルさん…………」
「弟子を危険には晒せない……行くんだ小夜!」
カオルの声は優しかった。
その時――――
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
まるで断末魔の叫び声の様な音だった。
豪快な破裂音を残しカオルのバリアが粉微塵に砕け散った。
小夜は動いていた……後方に……ではない……
カオルを守る為に身を呈して前方へと飛び出したのだ。
冷徹な銃弾の雨が小柄な少女目掛けて一斉に襲い掛かる。
「小夜――――――――――――――!!」
弟子の名前を呼ぶ声が深夜の厚木の街に響いた。
自分に向かってくる一八ミリの銃弾を前にして、小夜は気持ちが異様な程落ち着いている自分を不思議に感じていた……
「――三つ目開放――」
その声と共に小夜の額が縦方向に割れて行った……額の中央にもう一つの眼が出現する。同時に五指の先端から延びる鋭利な鉤爪が、更に一段と伸びて行く。
「PSE全開!」
小夜の全身から鮮やかなピンクのオーラが迸る。
小夜は左右の鉤爪を身体の前面で×の形に交差させていた。防御に徹した十字受けの構えだ。
……全てが止まって見える!?
三つ目を開放した小夜の目には、自身に迫る銃弾の雨が、ストップモーションの如く静止して見えていたのだ。
「行ける!」
小夜は十字受けの構えから腕を超高速で上下させた。
鋼鉄をもバターの様に切り裂く鋭利な鉤爪が、一八ミリ機関砲の弾丸をことごとく弾き返して行く……
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ。
小夜を中心にして弾丸が上下左右に弾け飛ぶ。防御力はカオルのサイキックバリアを彷彿とさせた。
三台からなる一八ミリ機関砲は、一人のミュータントの少女の前に無力化されたのだ。
『バカナ!?』
グワルドケアルは思わず叫んでいた。
……銃弾の雨を弾く妙技に対してではない。
『キサマハ……アイツナノカ!?』
言葉が期せずして口を突いて出る。
『オオメダマア―――――――!!』
『マサカ、マサカ、キサマナノカ―――――――!!』
その時、ドーム状に弾け飛んで行く弾丸の後方で、カオルは一人込み上げてくる笑いを堪えることが出来なかった。
「ふふ、ふふふふふふふふ…………」
……小夜……上官の命令無視は懲罰ものだぞ……しかし。
まさか、こうも早々に愛弟子に我が身を守られる日が来ようとはな……私はとんでもない拾い物をしたのかもしれない……
――その刹那、カオルの人差し指から一筋のレーザー光が火を噴いた!