第五話「女子高生 VS アメフト部員」
霧島姉弟は学食のSランチを食べる為に、列の最後尾に並んでいた。
友達の明と、亜里沙のクラスメートにして自称ソウルメイトのユアも一緒だ。ユアは亜里沙の大ファンで、いつもちょこまかと彼女に付きまとっている……一年の時、不良に絡まれていた所を、亜里沙に助けられたのが出会いだ。
「運命の出会いでしたわ……」
恍惚の表情で、ユアはその出会いを事ある毎に話すのだ。
「ユアさん、その話十回以上聞いた」
明が、露骨に嫌そうな顔をした。
「あの時からユアは、お姉様のものです……」
亜里沙は何とも複雑な表情をしている。
ユアの話によると……彼女が不良に絡まれ、路地裏で喝上げされていた所、亜里沙が颯爽と現れ不良達を秒殺、白馬の王子様の様に救出した……というものだ。
自分の危険を顧みず人を助ける――さも英雄譚の様に聞こえるが真実は違っていた。実際の所はこうだ。
……捜査の疲れが溜まっていたので学校をふけて、ゲーセンに入った→手持ちの金が無くなり途方に暮れていた所、不良達に絡まれている同じ制服の女子を目撃……奴等を倒して、ファイトマネーを稼げばゲームの続きが出来るじゃんと考えた→尾行して都合良く路地裏に入った所で不良を倒し、奴等の財布からファイトマネーを首尾よく奪取→ついでに不良がユアから奪った金を本人に返した→ゲーセンに行こうとしたが、ユアがくっついてきたので、残念ながら行けなかった……
「……憧れの目で私を見るユアに、今さら言えないなあ……」
亜里沙が友哉に暴露した親友との出会いだった。
――Sランチはスペシャルランチの略で、月一で提供される星見ケ丘高校の名物ランチだ。リーズナブルな値段で、美味しい料理が食べられるのだが、《食育》の目的も込められていた。何やら良く解らないフランス料理のメニューが記載されている。
Sランチに生徒が吸収された分、他のランチの列は短い。
「悪いな。急ぎなんだ。ちょとどいてもらえるか」
不意に背後から声が聞こえた。明らかに運動部員と思われる屈強なお兄さん方が列に割り込みをかけてきた。
生徒達が呆気に取られている間に、彼等は列の先頭に割り込んでしまった……
「おい! 俺はさっきからずっと並んでるんだ。一番後ろに行けよ」
先頭にいた男子生徒がでかい声を張り上げた。
「俺達は、急いでると言ったよな?」
運動部員が言った。
「ふざけるな!」
割り込まれた生徒は、運動部員の腕を掴んだ。
次の瞬間、男子生徒は両肩をつかまれ、列の外に投げ飛ばされていた……
「ゴンッ」
鈍い音がした。
彼は置いてあったテーブルに頭を打ち、気絶してしまった……
「酷いな……」と明。
「こ……このど馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!!!」
近くで誰かが怒鳴った。
ユアだった。
「お前達! 体は大人のくせに待つ事も出来ないの!!!」
「何か言ったか? 幼児体型?」
そう言うと、運動部員達は揃って下品な笑い声を上げた。
ユアは小柄だ。華奢な身体は中学生を思わせる。
「私は生徒会役員の獅堂ユア。この件、生徒会で預かります!」
ユアは華奢な体をワナワナと震わせた。顔は怒りで紅潮している。
「その前に……ちょっと二人だけで話しをしようか?」
運動部員が前に進み出た。身長二メートルはあろうか? ユアに掴みかかろうとするそれは、巨人ゴーレムを思わせる。
ユアが一歩退いた。
「――その前に、ちょっと二人だけで話しをしない?」
二人の間に割って入ってきたのは……亜里沙だった。
大丈夫だろうか? 友哉は亜里沙……ではなく運動部員の身を案じた。
「私は生徒会役員の霧島亜里沙。生徒会を代表し、あなた達にお仕置きします!」
……亜里沙は、いつの間に生徒会に入ったのだろう? 彼女は色んなクラブに誘われるけれど、全て断っている万年帰宅部である。
ユアの口がぽかんと開いている。
「ところで、角刈り君、あなたの名前は?」
「角刈り言うな! おっ、俺はアメフト部の高田だ」
「角刈りの高田君、私と勝負しない?」
名指しで挑戦された高田のこめかみがピクリと痙攣した。
「クッ……ムカつく女だ……いいだろう。ルールは何だ? そして、何を駆ける?」
亜里沙は小悪魔っぽく微笑んだ。高田が腹を立てたのが嬉しかった様だ。
「ノールール……でいいかしら? 私があなたをKOしたら、ユアに土下座すること。この勝負、あなた、受けられるの???」
「ノールール……だと……いい……だろう。のっ、ののの望む所だ……」
高田は興奮して、呼吸が浅くなっている。
「ところで……俺が賭ける物だが……そ、そこのちっちゃい姉ちゃん、俺と一晩付き合えよ」
高田はユアを指差し、舌舐めずりした。
「ひいっっっっっっっっっっ!!」
ユアが悲鳴をあげた。
「いいわ!」
亜里沙が即答した。
ショックが強すぎたのだろうか?……亜里沙の返事を聞くと同時に、ユアは顔面蒼白となり気絶してしまった。
「生徒会の名に懸けて、お前をデコピン一発でKOする!」
……亜里沙は有りもしない職権を乱用していた……あんたの所属は万年帰宅部だろう……そう友哉は突っ込みたかったが、勿論怖いのでやめた。
明は気絶したユアを介抱していた……亜里沙の周りでは気絶者が後を絶たない……
――辺りは既に騒然となっていた。
食堂にはおよそ似つかわしくない言葉「ノールール」「KO」「一晩付き合え」等々、物騒な言葉が飛び交っていたからだ。
そして二人の周りは、既にギャラリーが取り囲んでおり、荒ぶる武者を見守っていた……顛末を見届ける為か、そこから動く者は誰一人としていなかった。
――高田は重心を落とし、タックルに行く姿勢を取った。体を前後に揺らしタイミングを計る。
一方、亜里沙は不動である。
闘いを糧とする者と、運動選手……傍から見れば女子高生とアメフト選手の異種格闘技戦!! テレビでは絶対見られない夢のカードである。
緊張が最高潮に達した時、高田が動いた。
重心を落としたまま、間合いを一気に詰める――亜里沙の両足をすくい上げようとタックルに行く。
亜里沙は間合いを測っていた……タイミングを完璧に合わせ、大きなモーションから指を前方に突き出す――その姿勢のまま、突っ込んでくる高田にカウンターでデコピンを合わせた。
……ただのデコピンである。高田は前のめりに地面に突っ込み、そのまま動かなかった……
ギャラリーがどよめいた。
『女子高生のデコピンによる壮絶失神KO劇!!』
ゴシップ紙が喜びそうな展開だが、実際の所は少し違っていた。
……亜里沙は右手を前方に突き出し、デコピンを放つ姿勢を見せつけた……突っ込んできた高田に対して、カウンターで超高速の前蹴りをレバーに突き刺した……その後デコピンを正確に合わせた……
ミュータントの身体能力と、この世界で身に付けた格闘技術――亜里沙の放った前蹴りに気づいた者は、ここにはいなかった様だ。
――食堂は異様な興奮に包まれていた。
ギャラリーのみならず、食堂のおばちゃんまでガッツポーズをとっている。
友哉は少し気の毒になった。今後、高田の学園生活はどうなってしまうのだろう?
デコピン野郎と揶揄されるのだろうか? 高田の肉体的ダメージよりも、精神的ダメージの方が気掛かりである。
何名かの生徒が、伸びた高田を携帯で撮影していた。
他のアメフト部員は、高田を抱えると、舌打ちしながら食堂を後にした……彼等のSランチは来月におあずけの様だ。
そして気掛かりな人間がここにも一人……
「ユア……ユア……」
……誰かが私の体を揺すっている。
気が付くとユアは亜里沙の腕の中で目を覚ました。
……私は一体……何故、お姉様に抱かれているの?
……甘い香り……お姉様の腕の中で、と……とろけそうだけど……何かとてつもなく悪いことがあった様な?????
「はっ!」
ユアはいきなり飛び起きた。
「お……お姉様……私の処遇は!!」
「ユア御免! 御免ね!」
「私、頑張ったんだけど……奴に勝てなかった……御免なさい!!」
そう言うと亜里沙は嘘泣きした。
ユアは顔面蒼白になった――気絶から目覚めた人間には辛い冗談だ。
「お願い! あのゴリラと寝て!!」
『ゴリラと寝て……ゴリラと寝て……ゴリラと寝て……ゴリラと寝て……ゴリラと寝て……』ユアの頭の中で絶望的な言葉が鳴り響いた。意、意識が……遠のいて……いきます……わ……ガクッ……。
「な~んちゃって、冗談冗談、ハッハッハッ……」
嘘泣きから反転、亜里沙は大笑いした。
……冗談とは知らず、ユアは本日二度目の気絶をした。