第三話「シュークリーム VS アメフト部員」
「デコピンマン!」
ユアは持っていたシュークリームを、思わず手から落としていた。
「その不名誉なあだ名は辞めろ! 生徒会」
……新しいあだ名に慣れていないのか? それともやはり慣れようがないのか? 高田は角刈りの額を、瞬間湯沸かし機の様に沸騰させて怒っていた。
「それで……」
亜里沙が低い声でドスをきかせて要件を問い正す。
「わざわざ思い出の食堂に、私を訪ねて来たという事は……デコピンのトラウマを、お礼参りで払拭しようという事かな? 角刈りの高田君?」
「………………………………………」
「それとも~~~私の一発でSに目覚めちゃったので、も~~~っときっついのをお見舞いして下さ~~~い……な~んて、変態的なリクエストでもしに来たかのかしら?」
彼等は亜里沙とデコピンマンのやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。
「ちちち……ちっちっ違う……オッオッ俺はだな……その……あれだ……」
高田はいつにもましてどもりまくっていた。
「でででで……弟子にして下さい!!!」
「でっでででで弟子~~~~~~~~!」高田のどもりが移ったのだろうか? ユアが声をひっくり返して叫んだ。
高田は角刈りの頭を、深々と亜里沙に下げている……まるでデパガの朝の最敬礼の様だった。
――彼等のいるこの場所は、デコピン事件の余韻冷めやらぬ食堂である……周りには早くもギャラリーが出来始めていた……
今まで二人のやりとりを見守っていた友哉が言った。
「高田先輩、俺は亜里沙の弟の友哉だ……俺は姉の一番弟子の様なものだが……その仕事、普通の人間には務まらない!」
それを聞いて、亜里沙のこめかみがピクリと痙攣した……
「どうゆう意味かな? 友哉君?????」
「言葉通りさ、姉さん」
「こうゆう人には、はっきりと、今この場で断るべきだ!」
友哉は断言した……それは高田の為でもあったのだ……
――ドン! 不意にテーブルを叩く音が聞こえた。
「オッオッ、オッッ……俺は、やると決めたんだ……そ、それが、デコピンから導かれた俺の答えだあ――――!」
デコピンから始まる運命の転機……色んな人生がある。
「お……お前が、俺を認めないなら、一番弟子の座を懸けて俺と勝負しろ!」
――高田恐るべし! こいつは直球のアホだ……
明は事の成り行きを見てほくそ笑んでいた……明のシューわさびは、彼の口から一歩、又一歩と遠ざかっていった……
一方ユアは、デコピンマンのチーム参戦に、怪訝な表情を隠さなかった。
「……解った。弟子入りを認めよう!」
しばしの熟考の後、亜里沙が言った。
「姉さん!」
「お姉様!」
仲間達が狼狽する中、高田の表情は光明が射したようにパア~~ッと明るくなった……
……これでデコピンの呪いから解放される……と高田は思った。
「――但し、条件がある」
「……な、何だ? 何でも言ってくれ。姉御」
高田が促す。
「お前の弟子入りの条件は只一つだ。そのシュークリームを全部この場で平らげてみせろ!」
そう言うと亜里沙は、死に至るシュークリームを指差した。
「……中身への質問は認めない。高田、お前にやれるか?」
高田は造作もないといった顔をしている。
「勿論やれる。全部食べればいいのだろう?」
――天使だ! 友哉、明、ユアは思った……彼等には高田の武骨な背中の後ろに、天使の羽が出現した様に見えた……
いつの間にかギャラリーの数は、山の様に膨れ上がっていた。その中には新聞部の腕章を巻いた記者もいる……校内でのこの二人の集客力は、今やパンダ以上だった。
――かくして弟子入りテストが始まった。
目の前には高田、テーブルを挟んで友哉達、そしてその中央には亜里沙が君臨している。
「よし、まずは一つ目、行ってみろ」
亜里沙が試験監督の如く、偉そうに指示を出した。
新聞部の記者がシャッターチャンスを逃すまいとカメラを構える。
高田はよりにもよって、注入口が《緑色》に変色したシューワサビを手に取ると、一口で丸飲みにした。
「ハウァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
高田は頭を押さえて絶叫した!
テーブルから立ちあがり、地団駄を踏みならす。
記者はシャッターチャンスを逃すまいと、カメラを連射し続けていた。
高田はテーブルのコップを手に取ると、注がれた水を一気飲みした。
な、何が起きたのだ!?
高田は一瞬、パニックになった……体内に毒を取り込んだ人間の率直な反応である。それと同時に、彼の頭にワナワナと怒りが込み上げて来たのである……
中身は、激辛わさびだ。この女は、シュー生地が膨れ上がるまでわさびを充填していたのだ……ゆ、許せん……しかし今は……
高田には思惑があった……チーム亜里沙に入隊し、奴の弱点を見つけてリベンジする……その後取り巻き全てを薙ぎ倒し、最後はあの可愛いユアちゃんと……ヒッヒッヒッ……
高田の頭の中でスケベ極まりない妄想が縦横無尽に拡がって行った……
彼の大口から思わずよだれが零れ落ちる。
「素晴らしい!」
亜里沙は手を叩いて拍手をした。
「よだれを垂らすほど美味だったとは!」
亜里沙には、高田のスケベな思惑が解っていなかった様だ……
「では、早速二つ目行ってみろ!」
高田の体調をよそに鬼の指令が飛ぶ。
ギャラリーは皆固唾を飲んで見守っている。
高田は次に、注入口が《黄色》に変色したシュークリームを掴むと、またもや一気に口に放り込んだ。
「タワバ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
わさびの次はからしだった。
高田はテーブルを、両手でドンドン叩きながらのたうち回った。
……悶え苦しむ高田を横目に、ギャラリーは亜里沙とデコピンマンの再戦に沸き立っていた。
記者は休みなくシャッターを押し続けている。
それにしても……亜里沙はどんな思いでこれを作ったのだろう? 天使高田がいなかったら、こうなっていたのは俺達だったのだ……姉の表情はいつもの様に悪戯を楽しんでいる様には見えない……ひょっとすると姉は、大真面目でおもてなしの心を込めて、このゲテモノ料理を作ったということなのだろうか???
……ドクターストップも有りだな……友哉は真剣に考えていた。
高田は巨体を揺らして、肩で息をしていた。
顔色は既に真っ青だった……
「ギブアップか?」
流石に心配になったのか明が聞いた……
シュークリームを食べた人間に使う言葉ではない。
「ま……まだまだ~~~~~~~!!」
何が彼を突き動かすのかは解らなかったが、高田はうつろな目でシュークリームに手を伸ばした。指先はピクピクと痙攣している。
高田は渾身の力を振り絞り、注入口が《真っ赤》に染まったシュークリームを掴むと、三度一気に口に放り込んだ!
「ブベラァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――最後に意味不明の奇声を発すると、高田は四角いリング……ではなく普通の食堂のテーブルに倒れ込んだ……高田の角刈りの頭の中で、それまでの人生が走馬灯の様に蘇った……
お、俺は死ぬのか? シュークリームでか??? 何て人生だ! か、母ちゃん御免、俺親孝行できなかった………………ガクッ。
――デコンピンに続く衝撃のKO劇。
観客は両者の壮絶な死闘に言葉が出なかった……
明はテーブルを回り込むと、高田の手首を取った。
「脈はある……」
先程と同様に、シュークリームを食べた人間に使う言葉ではない。
一方、亜里沙はワナワナと体を震わせていた……私が女子力を総動員して作り上げた至高の逸品が……
普段は人目など気にしない亜里沙だが、今回に限っては反応が気になった。今日は私の歴史の転換点の筈なのだ……
ユアは……あの表情……まさか同情しているのだろうか!?
彼女は慈愛の表情でこちらを見つめ、瞳からは大粒の涙が零れ落ちている……
友哉は???
亜里沙は友哉を見つめた。
弟の率直な意見が聞きたかったのだ。
「姉さん……」
そう言うと、友哉は優しく亜里沙の肩を叩いた。
「気を落とさないで……次はきっと上手くやれるよ……でも家のキッチンには絶対に立たないでね……」
友哉~~~~~~~~~~~~~~~~~。
亜里沙は心の中で号泣した………
《カ~~~ン》
不意に誰かが携帯でゴングを鳴らした……健闘した戦士へのせめてもの手向けだろうか?
高田はテーブルに倒れ込んだままピクリとも動かなかった。そんな高田を、容赦なく新聞部の記者が撮り続けている。
「そこどいて……」
フットワークの軽い明が、早速保険の先生を呼んで来た様だ……身長二メートルを超える巨体を担架に乗せる。可哀そうに……ノックアウトされたキックボクサーの様に高田は白眼だった。
――こうして亜里沙と高田との、運命の第二ラウンドが幕を閉じた。
高田は身を持って亜里沙のシュークリームが爆弾である事を証明し、友哉達は彼のおかげで、命を明日へと繋ぐ事が出来たのである……
テーブルには行き場を失ったシュークリームが、不気味な瘴気を発散し続けながら佇んでいた。
「……三個余ったけど食べる?」
亜里沙は冗談とも本気とも取れる声で、シュークリームを友哉に差し出した……