第三話「日常」
県立星見ヶ丘高等学校は、姉弟の自宅から徒歩十分の場所にある人気校だ。
実際の所は近いので決めた……不純な動機だが、任務のある二人には仕方のない話しである。
そして友哉には、仕方のないことがもう一つあった。
姉弟で毎日仲良く学校に登校しなければいけないことだった。十代の男子には、これはかなり小っ恥ずかしい赤面必死の拷問行為であった。何と言うか自分だけ自立が遅れた子供の様で、他の生徒の目が辛いのだ。
もっとも姉の亜里沙は、そんなことこれっぽちも気にしていない様だが……何せ姉弟の任務は常に命の危険を伴う……
「腕……組んで欲しいの?」
亜里沙が耳元で囁いた――ここは通学路、沢山の生徒が登校中である。
「ちょっと、冗談でしょ? ただでさえいつもみんなから、からかわれてるのに……」
「姉弟の愛の深さを世界に見せつける……絶好の機会だと思わない?」
「むしろブラコンを世界に見せつける、絶好の機会になると思うよ。姉さん」
「言ったわね~~~」
ブラコンという言葉がどうやら地雷だった様だ。亜里沙の顔は紅潮し始めた。
「覚悟しろ、友哉。今から第一ラウンドだ」
亜里沙は両手を上に上げ、今にも襲いかからんとする熊の様なポーズを取った。
「わ、悪かったよ姉さん……姉さんは愛情深いだけで、ブラコンではない……と思うよ……」
「もう遅い! 観客は闘いを望んでいる」
気が付くと、登校中の生徒が姉弟を遠巻きに取り囲んでいるではないか!?
「いいぞ、姉さん、やっちまえ……」
観客……ではなく、登校中の男子が亜里沙の応援を始めた。
群衆、恐るべし! 友哉は心の中で舌打ちした。
亜里沙は友哉を壁際に追い詰めていた。
この役……誰か変わってくれ……友哉は心の中で呟いていた。
「よっ、友哉。そこで何してんの?」
ふと聞きなれた声が、群衆の中から聞こえた。
「ちっ、仲間か……」
亜里沙が舌打ちした。
友達の明だ。友哉はゴングに救われた様だった。
「お姉さん、朝からどうしたの? せっかくの美貌が台無しですよ」
明は気易く亜里沙に話しかけた。彼は気易い性格なのだ。
「みんな! 何でもないから……さあ、行った行った……」
明は取り巻きの皆さんに、あっちに行ってくれというジェスチャーをした。
「それで、今日はどんな理由でいちゃついてたの? お二人さん」
亜里沙は顔を赤くした。
「いっ、いちゃついてない! その……友哉が、私のことをブラコン呼ばわりするから……」
「お姉さん、友哉にブラコン呼ばわりさせない良い方法を知っていますよ」
明は大袈裟に、自分の胸をポンッと叩いた。
「私と、付き合うことです!」
「……………………………」
姉弟は目を見合わせて、又かという顔をした。
「いつも礼儀正しく女性を口説く明君……うれしいけど……ミサンガの人に悪いから止めとくわ……」
ミサンガの人……明の所属するサッカー部のマネージャーで、彼の片思いの相手である。
「なっ、何で知ってんですか!?」
明は友哉を見ると、こめかみをワナワナと震わせながら言った。
「ト~モ~ヤ~ばらしたな~~~」
……今日は厄日らしい、この日、新たなゴングが高らかに打ち鳴らされた……
「……ところで」
友哉を散々追っかけまわした明が、思い出す様に言った。
「ニュース見たか?」
「……政治家が失言したニュースのことか? いつものことだけど……」
友哉が応える。
「それもある! しかしこの街の人間が気にしているのは、もっと別のニュースだ――猟奇殺人事件!」
姉弟は目を見合わせた。
「今月で3件目だぜ……この街で。警察は一体何してんだよ!」
「……何もしてないんじゃないかな」
友哉が応える。
「ああゆう危ない事件は警察じゃなく、専門の捜査官が当たるらしいわよ」
亜里沙は目を下に伏せて、厳しい表情で言った。
「……自分の命が惜しいから」