第二一話「シスコン姉弟」
――小夜と少年を病院へ搬送した翌日――
霧島友哉は校庭の朝礼台に座り、姉である亜里沙を待っていた。
オレンジ色の優しい夕陽が校庭に射し、部活の生徒達を温かく包み込んでいる。
校庭では丁度サッカー部の練習が行われていた。友達でサッカー部の藤井明が、ディフェンダー二人をフェイントでかわし、ゴール右上へと豪快にシュートを叩き込んだ所だった。
思わず心の声が漏れる……
「遠い……遠いなあ……」
「何て縁遠い世界なんだ……いいなあ……青春だなあ……」
友哉はその光景をまるで映画のスクリーンを見る様に見つめていた。
明はサッカー部のエースで、それより何より女子にモテる。
一方自分はエイリアンと闘うことを宿命づけられたミュータントだ。
そして今は百眼男と呼ばれる凶悪な連続猟奇殺人鬼を追っているのだ。悪ければ今日にも、自分はエイリアンに両目を抉り出され、死んでいるかもしれないのだ。
「遠いい……遠すぎる……」
彼がいつもの様にやさぐれて、校庭を見つめていた正にその時だった……
不意に背中をドンッ! と叩かれて友哉は我に返った。
「何腐ってんのよ? とーも哉!」
振り返ると、夕陽を背景に立つ、美しすぎる女子高生の姿があった。
亜里沙だった。
黒髪のロングヘアが、この時ばかりは夕陽に染まり紅く輝いている。
「学校の校庭で、死んだ魚の目をした弟に出合うとは思っても見なかったわ……」
「ははははは……」
友哉は渇いた笑い声を上げ、死んだ魚の目で亜里沙を見上げた……
「ところで待った?」
「うん、待ちすぎて干物弟になりかけたよ……」
「ちょっと! そこは……ううん、自分も今来たとこだよ……でしょ!」
亜里沙は友哉の口真似をして、一人芝居を始めるのだった……
「姉さん! 誰だって一時間も待たされたら、やさぐれて自分の存在価値さえ見失う様になるって……」
友哉は死んだ魚の目をキープし続けながら言った。
「あのね……それがね……」
そこで亜里沙は何故か赤い顔した。
「告られちゃった…………」
「…………また!?」
「今回はね……断った後で泣き付かれて、大変なことになっちゃって、慰めたり色々してたらこんな時間になっていたって訳よ」
「……それで……今回はどっち?」
友哉はしばしの沈黙の後言った。
亜里沙はロングヘア―の先端ををくるくると回して言い淀んでいた……
「男子? 女子?」
「解ってるんでしょ! どうせ!」
友哉はその返答には答えずに、にやにやしながら亜里沙の言葉を待っている。
「また……また……女子だった」
「よし!」
思わずガッツポーズをして、口に出してしまった友哉だった。
…………何を隠そう友哉と明は、亜里沙が次に告られるのは男子か? 女子か? 極秘裏に賭けをしていたのだった……
失言の後、口を塞いだが後の祭りだった……
「ちょっと友哉! 今のは聞き捨てならないわ! お姉ちゃんがアブノーマルな性癖に足を染めてもいいって言うの?」
亜里沙はちょっと怒っている様だった。
……亜里沙はモテる……圧倒的に女子から……
特に高田との大喧嘩以来、男子から告られることは皆無だった……
……明との賭けの件がばれたら、今晩何をされるか解らない!
百眼男に殺される前に、家で同居するメスゴリラに今晩絞め殺されるかもしれないのだ……
明日まで生きていられる保証は薄い……
友哉は嘘を付くことにした。
「違うんだ……姉さん……その……弟として、変な男と付き合って欲しくはないっていうか……つまりその……」
「姉さんが……好きだから……」
演技とは言え、恥ずかしさの余り思わず小声になってしまう友哉だった……
亜里沙は弟の発言を受けて下を向き、言葉を胸の中で噛み締めていた……
……これよ、これ!
私は男子からの告白を待っているのよ!
この際、弟でも誰でもいいわ!
友哉に見えない様に小さくガッツポーズをする亜里沙だった。
亜里沙は一呼吸置くと顔を上げ、友哉のおでこに"でこぴん"をした。
「このシスコン!」
「痛って――――――――!」
言葉とは裏腹に、咲き誇る満開の花の様な笑顔を見せる亜里沙がいた。
「さあ……遅れるわよ……急ぎましょう」
亜里沙はそう言うと、自分の腕を友哉の腕に絡め、校門へと歩き出した。
亜里沙は目立つ……身長一七六センチ……体重は……もし知ってしまったら殺されそうなので調べたことはないが、引き締まった体をしている……つまりモデルさながらの容姿なのだ。
そんな姉と腕を組んでカップルさながらに歩いているのだ……友哉は恥ずかしさの余り顔面が完熟トマトさながらに真っ赤っかになっていた。
「あの……姉さん……恥ずかしすぎるから腕組んで歩くの止めない?」
友哉の提案に亜里沙はキョトンとした顔をしている。
「何言ってるの友哉? 子供の頃はいつもこうしていたでしょう……」
「俺はもう小さくないし、高校一年生の男子だ」
顔を赤らめて恥ずかしがる友哉を、亜里沙はニヤニヤしながら悪戯な表情でじいっと見つめた。
……うっ、近い……近すぎる……
間近で見る亜里沙はあまりにも美しすぎた……姉であることを忘れて思わず見入ってしまう程だ……男子でなくても告ってしまう気持ちは良く解る……実の弟でさえも心が揺れるのだ。
「何照れてるの友哉? 可愛い子ね♡」
亜里沙は絡めている腕に力を入れて密着した。
……あ……あたる!
……あたってはいけないものが……
亜里沙は友哉の提案を聞き入れてくれる気配は全くなかった。
だからと言って、力づくで腕を振り払うことも出来ないのだ……亜里沙は関節を取るのが上手い……腕を振りほどこうものなら、その力を逆に利用されて手首か肘を極められて痛めつけられるのは明白だった。
姉と腕を組むのは恐い!
恥ずかしいやら、興奮するやら、恐いやら、勿論嬉しいやら! 目まぐるしい感情の激流に気が変になりそうな友哉だった。
そんなシスコンカップルと化した二人が、下校する生徒達の視線を一身にビームの様に浴びながら、校門にさしかかった時だった。
不意に亜里沙の足がピタリと止まった。
組んだ腕から亜里沙の緊張が伝わって来る。
その手は僅かに震えていた……
……亜里沙が緊張しているだと!?
敵!?
百眼男か!?
緊張が全身を貫く。
友哉は亜里沙の視線の先を目で追った。
校門の脇に佇んでいたのは百眼男!
……ではなく、見るからに怪しい人物だった。
"THE不審者"と呼べるような誰もが確実に避けたくなる出で立ち。
身長は亜里沙と同じか少し低いくらい……トレンチコートにすっぽりと身を包み、頭にはシャーロックハットの帽子、グラサンをかけ、とどめとばかりにマスクまで着用している。
不気味なのはその懐だ……
銃器を所持しているのか? 右の懐が僅かに膨らんでいる……
下校中の生徒達は、その人物を大きく避けて距離を取り、皆足早に校門を通り過ぎて行く……
本能で何かを察知しているのだろうか!? 川の流れが大きな石を迂回する様に対流が出来ていた……
亜里沙はその人物を見とめるなり、一つ大きな溜息を付いた。
百眼男以上に厄介な相手――亜里沙の元上司、遠藤美冬だった。