第一九話「都市伝説の女」
数分後、目の前に町一番のゲームセンター“トイランド”が出現した。
入口では目にもどぎついネオンの看板が禍々しく輝いている。
亜里沙が先頭に立ち、肩で風を切りゲーセンに入る。
王者の風格がそこにあった。
「ここも私のテリトリーの一つだ」
亜里沙がぼそりと呟いた。
姉さんには一体いくつのテリトリーがあるのだろうか……恐くて聞けない友哉だった。
しかしゲーセンと言っても、こと入口部分に関しては、薄暗い感じは全く無い。
昔のゲーセンは子供が小銭をジャラジャラさせていようものなら、恐いお兄さんお姉さん……別名ヤンキーやスケバンの格好のターゲットになったものだったが……
所が今はどうだ!
一階は眩しいくらい明るく、主にクレーンゲーム、メダルゲームがフロアーの大半を占めている。
よし! カツアゲの心配はない……いらぬ心配をする友哉だった。
そう……彼は別の心配をすべきだったのだ。
クレーンゲームを見据える亜里沙の目の色が、如実に変わっていたのである。
その目は、お気に入りの草食獣を見つけた、喰い意地の張った肉食獣以外には見えなかった。
亜里沙は「うおりゃあ――――――――――――――――――!!」という謎の気合と共に、自分の目指すクレーンゲームに向けて突進して行った。
ダッシュのスピードは、陸上オリンピックアスリートを軽く凌駕している。
驚いた店員が振り返った時には、既に亜里沙の姿は消えていた……
ミュータントの身体能力を使うなとKにあれ程言われているのに……エイリアン以上に姉の行動を恐れる友哉だった。
亜里沙の眼光は、クレーンゲーム内の、愛らしい猫キャラクターを捕えていた。
実際の所亜里沙は、クレーンゲーム業界における暴君として有名だったのだ。
コントローラーを握り締めると、確実に一度のミスも無く、猫のぬいぐるみを片っ端から落下させて行ったのである……確率、偶然、運、等と言う言葉が付け入る隙のない正確無比なコントローラー捌き……勝率100パーセントだった。
一方友哉は別のことが気になっていた……あのコントローラー捌き……あの指使い……俺も一度でいいからあんな風に捌かれてみたい……脳内のエロい妄想を消すことが出来ない重症シスコン弟がそこにいた。
そんなあれこれ色んなことを想起させるコントローラー捌きで、亜里沙はゲームを続けていた。
クレーンゲームの内部から、猫のぬいぐるみが片っ端から消えて行き、代わりに友哉の両腕に、抱えきれない程のぬいぐるみが収められて行く……気が付けば彼の両腕は、山盛りの猫に占拠されていたのである。
それを見た店員一同の顔色が、見る見る内に悪くなって行った……
亜里沙はゲーセン業界では《魔人》と呼ばれ恐れられていたのだ。そのエロチックで正確無比なコントローラー捌きと、傍若無人の遊びっぷりは、もはや都市伝説の域に昇華されていた。
ゲーセンの店員や客が口々に何かを囁いている。
小声ではあったが、ミュータントである亜里沙の聴力には全てが筒抜けだった。
『魔人だ』
『魔人が現れたぞ』
『でけ――――――』
『……あれがか!?』
『店が潰れる~~!』
『都市伝説じゃなかったのか!?』
『口説かれたい♡』
それを聞いてまんざらでもない優越感に浸る亜里沙がいた……
自分たちの周りでヒソヒソ話しをする店員や客を見て、小夜は不安になって行った。
「お……お姉ちゃん。みんなこっち見てるよ……」
「細かいことは気にするな、小夜ちゃん。そんなんじゃ友哉みたいな大人になっちゃうぞ!」
「……………………」
……俺今何か悪いことやったか!?
けなげにぬいぐるみ持ちの仕事してるよね!?
この都市伝説女め!
……友哉は心の中で悪態を付いたが、無論口には出さなかった……
亜里沙は友哉の抱えている、山盛りのぬいぐるみの中から一つを掴み取った。
膝を折り、猫のぬいぐるみを小夜に手渡す。
「はいこれ!」
それは小夜の大好きな、恐可愛い猫のキャラクター《ニャンゾンビー》のぬいぐるみだった。
「まあ、あれよ。何て言うか……先程のリベンジって言うか……」
亜里沙は少し照れ臭くなって、赤い顔で頬っぺたを掻いた。
「ありがとうお姉ちゃん、大好き♡」
小夜は両腕でぬいぐるみを抱きしめると、亜里沙の頬っぺたにキスをした。
……こちらこそありがとうございます……尊いものを見たと、天に祈りを捧げる友哉がいた。
そんな彼の肩をポン!っと叩いて亜里沙は言った。
「頼んだぞ! 荷物持ち」
……途端に現実に引き戻されて、友哉は意気消沈した。
次に三人は、二階フロアーへと足を進めた。
このゲーセンは上層へ進む程、何かとディープになって行くのだ。どこぞのカンフー映画の様だなと友哉は思った。ちなみに最上階はラスボスの部屋……ではなくゲーム雀荘になっている。
入場した二階フロアーはアーケードゲームで占められていた。
一階とは打って変わって、照明の光は抑えられている。ゲーム機からは大音響の音やゲーマーの雄叫びなどが入り混じり、プチカオスと化していた。
久しぶりに入るゲーセンは友哉の印象とは随分かけ離れたものだった。
一昔前のゲーセンの客と言えば、ゲームお宅か不良以外を視界に入れるのが難しかったが……今フロアーにはカップルやら、女性層のお客さんも見受けられる。
健全なお客さんが多いな……と友哉は思った。
……只一人を除いては……
「ウガ―――――――――――――ッ!!」
それは猛獣の咆哮……ではなく実の姉の雄叫びだった。
ボックス型のゲーム機へ入ろうとしていたカップルを押しのけ、首尾よくゲーム機を奪取したのである。
「す……済みません」
カップルに謝罪する友哉をよそに、亜里沙の瞳孔は完全に開き、その切れ長の目は爛々と輝いていた。
ゲームの名前は“ゾンビバスター”
理由は定かではないが……たぶん詳細を気にする客は、誰一人いないのかもしれないが……何故だか深夜にゾンビの居城に迷い込んだ主人公の旅人が、恋人と共にとにかくゾンビを撃ちまくって脱出を図るという謎のストーリーである。
ゲームスタート時に、ディテールまで正確に描かれた二種類の銃火器を選べるというのが亜里沙のお気に入りだった……
「さあ、今日も撃って撃って撃ちまくるわよ!」
……何が姉をそうさせるのか? ドン引きする弟をよそに、女子組はやる気満々だった。小夜は初めてやるアーケードゲームに興奮して、鼻の穴が大きく開いている。
亜里沙がコントローラーである銃を天高く掲げる。
ともあれゲームはスタートした。
主人公に群がるゾンビの群れと言う群れ……そして明らかに目の色の変わった二人の女子。
姉さんは闘争本能の権化の様な女性だ……姉さんの反応は解かる……否、余り解りたくはないけれど……不可解なのは小夜ちゃんの方だ……ゾンビ相手に闘争本能に火が付くものなのか? それとも近頃の幼女は皆こんなものなのだろうか?
亜里沙の射撃は正確無比だった――ミュータントの動体視力を駆使して、出現と同時にゾンビを撃ち殺して行く……無論、時折現れる人間は完璧にスルーしていた。
手加減してくれ~~!!
ゾンビの声ならぬ声がゲーセンの基盤から聞こえて来る気がした。
一方小夜は亜里沙のサポート役に回り、コンピュータの設計上、亜里沙が打ち切れなかったゾンビを確実に仕留めて行った。一人でやるにはゾンビの量が多すぎるのだ……いらぬゾンビのバーゲンセールだった……それにしても、城のどこにこんなに沢山のゾンビをしまい込んでいたのだろうか? 友哉はゲームとは言え、不可解な設定が気になって仕方がなかった。
ミュータント二人の余りにハイスペックな仕事っぷりに、いつしか彼女達の周りにはギャラリーが出来ていた。
無論それは二人が超絶美少女である……ということにも起因しているのだが。
「うおりゃあああああ――――――――――――――――――――――――!!」
亜里沙はゲームを明らかに楽しんでした。
普段は血で血を争う闘いをリアルに繰り広げているのだ。
少しでも姉さんのストレスが減ってくれれば……
友哉は登場と同時に撃ち殺されて行くゾンビを見ながら、そんなことを考えていた。
……それよりも問題は小夜ちゃんの方だ。
この十歳の少女は的確に亜里沙のサポート役をこなしている……ゲームの話ではあるが……でも仮にこのまま小夜ちゃんが成長すれば、俺はいつかリストラされるんじゃないか!?
吹き飛んで行くゾンビの首に、自分の首を重ね合わせる小心者の友哉がいた。
それはともかく……ゾンビゲームに熱狂する女子二人をよそに、友哉は周囲を警戒して、目を光らせていた。
――百眼男。
……小夜ちゃんの誘拐を企み、幼い少女の脳にチップを埋め込んだエイリアン。
人間にインプラントをしたエイリアンが、簡単に引き下がるとは思えない。
なぜならインプラントは、エイリアンが人間の観察や飼育を目的に行う行為だからだ。
既に亜里沙との戦いの傷も癒えている筈だ。
前回の戦いでは、亜里沙の言わば不意打ちにより、敵を退けたに過ぎない……力量では五分五分だった筈だ。つまりもう一度やったら、どちらが勝つかは解らないのだ。
友哉は二人を取り囲むギャラリーのチェックから、フロアーのチェック、館内全体のチェック、屋上、トイレ、建物周辺の警戒まで全てを済ませてから、二人の元へと戻って来た。
「ダ――――――――――――――――――――――――、いい汗かいたあ――――――――♡」
亜里沙が風呂上がりのおっさんさながらのセリフを吐いた。
「どうだった? 小夜ちゃん? ゾンビを殺しまくった感想は?」
……幼女相手に何て質問だ!?
友哉は心の中で最愛の姉に突っ込みを入れていた……しかし口に出せばゾンビさながらに首がすっ飛びそうなので、勿論今回も何も言わなかった。
「私……こんなことするの初めてですけど……思い切ってやってみてよかったです♡」
小夜はもじもじしながら囁いた。
「今日晴れてようやく大人の女性に成れた気がします!」
小夜は母親が聞いたら卒倒しそうなことを言い放った。
「何でも初めての時は痛みを伴うものだけど……」
「最高だったわ! 小夜ちゃん♡」
「オ―――――――――――!!」
興奮したギャラリーが歓声を上げた。
……一体何の話だ!?
友哉は又しても心の中だけで最愛の姉に突っ込みを入れていた。
亜里沙と小夜の会話が途切れるのを見計らい、友哉はゆっくりと背後から亜里沙に近付いて行った。
小声で亜里沙に囁く。
「目の届く範囲に百眼男はいなかったよ、亜里沙」
「……助かる。引き続き警戒を続けてくれ」
「お姉ちゃん、私トイレ行ってくるね」
不意に小夜が言った。
「分ったわ」
亜里沙が応える。
小夜はゾンビゲームのボックスからぴょこんと跳び降りると、とんでもないトラブルが待っているとも知らずに、トイレの方へトコトコと駆けて行った。




