第一話「遭遇」
――夕刻。
街の雑踏を全力で駆ける。
群衆の流れに逆らい、人を掻き分けて犯人を追う。
そいつは、被害者の両目をえぐり、それを持ったまま逃走していた。
毒々しい深紅の空が犯行を祝福しているかの様で不気味だ。
『猟奇殺人鬼の犯行と思われます』
そう報道される筈だ。
今月に入り既に二件、同様の事件が起きていた。
警察は市民に注意を呼びかけているが、仕事が大好きな国民は、非常事態でさえも会社に行くのを止めそうにない……
「気を付けろ、奴はそこにいる」
亜里沙は、相棒の捜査官である友哉に支持を出した。
二人は大通りを抜けた後、入り組んだ路地で息を殺していた――袋小路。見知らぬ路地は方向感覚を狂わせ、土地感の無い者の侵入を阻んでいた。
路地裏の奥にそいつがいる筈だ……
どす黒い敵の気配に身が縮む。経験で慣れて行く仕事ではない。
友哉はホルスターからゆっくりと銃を抜いた。
小刻みに指が震える。一番緊張するのは闘う前だ。その最中ではない……
亜里沙が友哉にアイコンタクトをした。二回のまばたき。つまり二秒後に撃てだ。
一呼吸して息を止め、壁から半身を出す。
同時に、その化け物に向けて引き金を引いた。
銃声が響く。
刹那、亜里沙が路地に飛び出す。
そのまま疾風の如く斬りかかる。
恐るべき反応――化け物は、小首を傾けて銃弾をかわすと、大きく後方に飛んでいた。亜里沙の剣が空を切る。
二人はついにそいつと対峙した。
正確には、化け物と両目をくり抜かれた3人目の被害者と共にだ。
生臭い血の匂いが鼻を突く。
一秒の対峙が一時間に感じられる……時間は静止していた……空間は緊張で軋んでいる。
次の瞬間、その化け物は奇声を発すると、後方の塀に飛び移った。
殺人鬼にとって、二人の捜査官は招かれざる客であったのだ……
友哉が再び銃を構えた。
その瞬間、異形の化け物は塀を蹴り上げ、中空を舞っていた。
重力を無視した異様な跳躍力。
悪夢を見ているとしか思えない。
互いの距離は、一気に二百メートル以上開いていた。
怪物は更にもう一蹴りすると、夕闇迫る住宅街の中へと消えて行った……
「見たか? 友哉……」
「見たくなかったよ、亜里沙」
「目が……体中に張り付いていた」
亜里沙はギリシャ彫刻の様に白い首を傾けて、低く落ち着いた声で言った。
「百眼男、と名付けよう」