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恋とはどんなものかしら



言わなければよかった。しなければよかった。


なんて後悔とは、これまでほとんど無縁に過ごしてきた。

それが、一体どこでボタンを掛け違ったのだろう。

先日の侯爵邸訪問以来、彼とはどことなくギクシャクしたままだ。


…いや、正確には、彼の方は何にも変わっていないのかもしれない。

いつも通りに、のんびりと、私の隣で過ごしている。


ただ、私が。

彼に対して、身構えてしまうのだ。

その手が髪や頰にかかるたびに、あるいは、少しトーンを落として名前を呼ばれるたびに。

ほろ苦さが、蘇ってしまって。


『お前のことが好きだし、大事な婚約者だと思ってるから』

『俺の可愛い婚約者さま』


彼に言われた言葉の意味を、私はちゃんと考えてこなかった気がする。

だって彼は、婚約者である前に、私の幼馴染で、そこにいることが当たり前の存在で。


…でも、男の人、なのだ。

押し返そうとしても、押し退けられなかった体。

その気になれば、私を閉じ込めることのできる両手。

どうして彼があんなことをしたのか、どうして私はこんなにも戸惑っているのか、分からないことだらけで、怖い。

本当は、考えたくなんか、ない。

今まで通り、笑って過ごせればそれでいい。


でも、それじゃきっと、ダメなのだ。







****



「ルパート」

授業終わり、互いの迎えの馬車を待つ間、読書をしてやり過ごそうとしていた彼に話しかける。

…最近は、あまり話をしなくなった。

相変わらず触れてくるけれど、その度に私が身を竦めるからだろう、困ったように笑われて、手を引っ込められる。

拒絶したいわけじゃない。

どうしたらいいか、分からないだけなのに。


「…ん、どうした」

また、だ。

あの困ったような笑みで、私を見る。


「休暇中、あなた、どう過ごす予定なの?」

もうじき、学園は長期の休暇に入る。

休暇が明ければ、私たちは晴れて最終学年に進級し、1年後には卒業して、それぞれの家督を継ぐための仕事や家のための婚姻が待っている。

学園は、貴族社会の縮図であると同時に、あなたたちに許された最後の自由なひとときでもあるのだから、後悔のないように楽しみなさいね、とは入学前のお母様の言葉。


「特には、決めてない、な。レティは?」

「…私も、特には。

ただ、昨日王家から招待状が来て…、休暇中に晩餐会があるみたいなの。だからあなたに、エスコートを頼みたくて」

「あぁ、……毎年恒例のやつか」

「えぇ、そうみたい。お願いできる?」

「当然だ、断る理由はないしな」

そう言って、柔らかく微笑まれる。

…なんだかこの顔で笑うのを見たのは、久しぶりだ。


「できればこの間みたいに、婚約者そっちのけで料理を大食いしたり、デビュタント前の子供と一緒に会場で鬼ごっこをしたりは控えてくれると助かるが」

「失礼ね!あの時は退屈だったのよ、それで、つい…」

「はいはい、そうだな、つい、な」

彼の軽口に引きずられて、私も応酬する。

本当に、久しぶりだ。


「それで、…休暇中、また遊びに行っても構わないかしら…?」

今を逃しては、またはぐらかされてしまう気がして、思い切って尋ねる。

「…レティ」

「今度は侍女も、ちゃんと連れて行くから…!」

軽く目を見開いて、驚いた様子の彼。

「…お願い、ちゃんと話しがしたいの。私、分からないことだらけで、それで…」

「いや、いい」

「ルパート…」

「休暇中はお互い社交シーズンだろう?レティが来てくれても屋敷に俺一人だと十分なもてなしもできないかもしれないし。

…行く時は俺から行くから。それで、いいだろう?」

遠回しに、断られているのだろうか、これは。

「いつ頃、来てくれる?」

「……晩餐会の前までには」

晩餐会は1ヶ月も先なのに。


「…わかったわ。絶対、よ?」

沈黙の後、ここは折れることにする。

これ以上、有耶無耶にして変な空気のまま過ごしたくない。

「あぁ、行くよ」

また、困ったように、笑われて。

私の何が彼を困らせているのか、わからない。


そっと目を伏せると、視界に入る、彼の長い指先。

あの手で、髪を、耳を、首筋を、唇を、触られた。

思い出して、…途端に、頰がカッと赤くなる。


「レティ?」

俯いた私を不審に思ったのか、前髪を掻きあげられる。

「っ、なんでも、ない…!」

なんでもないはずないのに。

早く、逃れたい、この場から。彼の視線から。

「そう?顔、赤いけど」

具合でも悪い?何か変なもの拾って食べたりした?と、茶化すような声。

「拾ってないし、食べてない…!」

顔を背けて、理由のわからない動悸をやり過ごす。


私、変だ。


これは、なに?


耳元の髪を掬われ、弄られる。


こんな笑い方をする人だっただろうか。

こんな苦しげな目をする人だっただろうか。


不思議に思って顔を戻せば、

「…好きだよ」

そう言われて、軽く触れるだけのキスをされる。


親愛のキスは頰に。

じゃあ、唇へのキスは何を表すのかなんて、それくらい、私だって知っている。


…嫌じゃない。

だって、彼だもの。



「ねぇ」

どうしたらいいのか、今もまだ分からない。


だけど、




「もういっかい、ちょうだい」

チョコをねだるように。












私、変なの。



これは、なに。




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