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紳士は金髪がお好き


中庭の隅、人気のないその一角。

かき抱かれ、乱れる艶やかな金の髪。


ーーーっ…ん…ぁ…


思わず、とでも言うように漏れる声。

欲をにじませた吐息を絡め、その細腰に手を回せば。

しなだれかかるように男の胸元に顔を寄せ、そしてーーー。






白昼堂々、目の前で不純異性交遊が繰り広げられるのを、少し離れた場所からあんぐりと眺める。

そのまま見つめることしばし。

は、と我に返り、気取られないよう、物音を立てぬよう、距離を取ろうと身動きする。

もっとも、互いに夢中のふたりがこちらに気づいたところで、果たしてご配慮いただけたかは分からないのだが。


抱き合う男女のうち、男の方は我らが敬愛すべき第一王子。

そして豊かな金髪の女は、最近王子がご執心の、子爵令嬢だ。

穏やかな気質の国王に似たのか、物腰の柔らかく、春の陽だまりを思わせる雰囲気の王子だったはずだが、人目も場所も憚らず、婚約者そっちのけで令嬢を構い倒す最近の様子は、少なくない顰蹙を買っている。


なんとなく気乗りせず、午前の授業をエスケープし、のんびりと昼寝をしていたが…、人の気配に気づいて体を起こすとこれである。

こんなものを見せられて喜ぶ趣味はなく、勝手に始まり、勝手にエスカレートしていく行為には、正直不快感しか沸かない。


あぁ、今すぐ彼らの口に雑巾を突っ込んで黙らせたい…

口に出せばどれだけ不敬に当たることでも、そう思うくらいの自由は許されるだろう。


…この女が金髪なのも、精神衛生上良くない気がする。

彼女よりも色味の強い、金褐色に近いブロンド。

似ても似つかないが、王子が令嬢の髪に触れ、愛撫を繰り返すのが視界に入れば、苦くて甘い、先日の出来事が頭を掠める。


ウキウキ婚約破棄だなんて告げられて、泣かせるような真似をしたあの日。

ついうっかり、で済ませるつもりはないのだが、今までの幼馴染の範疇を越える行為に及んでしまった。


想う相手に想われたい。触れたい。抱きしめたい。

潤んだ瞳も、震える睫毛も、吐息の漏れる唇も、押し殺す声も、この手の中におさめた柔らかい体も、全部。

そう思うのが健全な年頃の男子の反応ではないか、と主張する気持ちと、理由はどうあれ不埒な真似に走ったのは如何なものか、となじる気持ちの間で葛藤すること数日。


一度口にしたごちそうを前にして、以前のような我慢がきくはずもなく、それ以降は何かにつけ、必要以上に触れている自覚はある。

その度に、くすぐったいような顔をされて、余計に煽られてしまうのだから、何ともタチが悪い。

駆け引きなんて、彼女にできるはずないと分かっているのに。


『脱いだらスゴイって知ってる?』


不思議顔が脳裏に蘇り、知らず、渋面になる。

一体あれはどういう意味だったのか。

知ってると言えばよかったのか、知らないと言えばよかったのか、それとも脱いだらスゴイのは誰なのか問いただすべきだったのか?いやいやそんなまさか。

何が正解だったのか、どういう意味だったのか、結局わからず仕舞いだ。


…よそう、これ以上考えても拉致があかない。

それより今はここを離れたい。


意識を切り替えた視界の端に映るのは、相変わらず乳繰り合うふたり。

言葉のあやなどではない。

いつの間にやら令嬢の胸元は半分近くがはだけ、あられもない姿を晒している。

みっともない。

仮にも王子だろうに、貴族社会の縮図であるこの学園で、こんな真似を、よくまあできるものだ。

舌打ちしたいのを堪え、嬌声に背を向けた。




****




「あら、ルパート、おかえりなさい?」

中庭からカフェテリアに戻れば、ちょうど食事を終えたところだったのだろうか、見覚えのある女生徒とテーブルを囲む、淡いブロンドが視界に入る。

ただいま、と言葉を返し、彼女の頭をひとなで。ふたなで。…さんど。……よんど。


…あぁ、落ち着く。


そのふわふわの感触。

珍獣だろうが妖精だろうがなんだっていい。

先ほど遭遇した視界の暴力を忘れようと、彼女の頭、耳元、毛先…と緩やかに手を滑らせ、堪能する。


「ギャップもえ…」

なんだか意味のわからない言葉が彼女の口から漏れた気がするが、よくあることなのでいちいち取り合ったりなどしない。

深く考えたら負けだ。


ーーーふと、視線を感じてその発信源を辿れば、

「お邪魔だったかしら?」

銀縁眼鏡の、澄ました顔と目が合った。


確か、辺境伯の…。

学内とはいえ、ほとんど面識のない相手が、レティシアと親しげに過ごしているのを不思議に思う。

それを感じ取ったのか、珍しく気を利かせて彼女が間に入ってくる。

「エマ、こちらルパート。ほら、…幼馴染の。

ルパート、エマよ。今あなたのことお話ししてたの。

…もしかして、ちゃんと紹介するのは初めてかしら?」

結構長い付き合いなのよ、とのほほんと言われる。


…驚きだ。

女性同士のお茶会などダンゴムシ遊びに劣ると、平然と言い放つ彼女に真っ当な女友達がいたとは。

いや、それよりも、

「俺の話を?」

軽く驚きながらも挨拶を交わせば、意味深な目で見つめられ、ふ、と逸らされて促すようにレティシアに向けられる。


「えぇ、…そうなの!実はね、あなたにお願いがあって」

「嫌だ」

「もう!まだ何も言ってないのに!」

「ダメだ、却下だ」

「〜〜〜ルパートっ!」

断言してもいい。

この『お願い』は、絶対に聞き入れてはいけない類の案件だ。


言い合うことしばし。

俺たちの押し問答を中断させたのは、エマ嬢の笑う声だった。


「ーーー何か?」

珍獣姫に学園一の才女とは、何とも珍しい取り合わせだと思ったものだが。

話の流れからすると、ロクでもない話をしてふたりで盛り上がっていたのだろう。

面倒ごとを楽しみたがる、という意味では恐らくこの令嬢はレティシアと同類だ。

そんなニオイがする。


険のある口調で見返せば、

「いいえ、っふふ…とても仲睦まじくていらっしゃるものだから、つい。

…気分を害してしまったなら謝罪いたしますわ?」

ごめんなさい、と口ではしおらしく、目元には含み笑いを滲ませて形ばかりの言葉。


「実は、レティシアさんから、『人間の感情とその行動特性について』というテーマで相談を受けておりましたの」

なんだその得体の知れないテーマ。


「私、人間観察が性癖なので、そういったご相談なら多少得意なんですのよ?」

…なんだろう、今すごい単語を吐かれた気がする。

人間観察が性癖。性癖?

頭脳と引き換えに何か令嬢として大事なものを失ってないだろうか。


「それで、」

「あなたに男色か女装に挑戦してもらいたいの!」

ね、お願い!

そう言って両手を握り締められ、そのまま距離を詰められて、潤んだアメジストが、ふわふわのブロンドが近づいてくる。

視界の端に映るのは、笑みを浮かべる黒曜石。

















あぁ、今日は、厄日だ…。








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