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淑女たちの午後



「それはアレね、きっとギャップ萌えね」

「……ギャップ…もえ?」

なにかしら、それは。

初めて耳にする言葉に目を瞬かせる。



昼下がりのカフェテリア。

いつもなら彼と過ごすひとときだが、今日はその姿は見当たらない。

幼い頃から互いを近くに過ごしてきたとは言え、年がら年中一緒にいるわけではないのだ、私たちも。

もちろん、一緒に過ごす時間は、他の生徒たちと比べると圧倒的に多いがそれでも、今回のようにたまにフラリとどこかへ姿を隠し、そうしてまた気づけば隣で寛いでいる、そこにいることが当たり前のような相手ーーー私にとってはそういう存在だったのだ、ルパート・ヴィリヤーズという男性は。


けれど、その事情が変わったのは、先日私が婚約破棄する、と言い出してから。

「恋敵がいないのなら娼館へ行けばいいじゃない」という私の発言が彼の機嫌を損ね、ファーストキスを奪われただけではなく口に出すのも躊躇われるあれやこれやをされた結果ーーー。


仲直りはした、と思う。

今まで通り話をするし、私に対する態度が変わったとか、怒っているとか、そういうわけでもない。


ただ、なんだか、彼との距離が、前とは変わってしまったように感じるのだ。

平たく言えば、スキンシップが増えた…ように、思うのだ。

ふとした瞬間に髪を触ってくるだとか、頭や頰を触られるだとか、…そういう類の。

それがなんだか不思議で、その度にどこかしらがチリチリするような。


そこで、彼の姿が離れた隙に、友人に相談してみることにしたのだが、ギャップ萌えとは。


「そうよ、ギャップ萌えよギャップ萌え」

銀縁の眼鏡を指先で弄りながら、贔屓目に見ても人が良いとは言い難い笑みを浮かべて言葉を繰り返すのはエマ・キャンベル伯爵令嬢ーーー私の友人だ。


幼い頃から、他家との交流も公爵家の務め、と数だけはこなしてきたが、にこにこ笑ってれば済むというものでもなく、いまだに社交は不得手だ。

お母様曰く、私はもう少し腹芸を覚えて歯に衣を着せたほうがいい、とのことだが、流行の服の話やどこどこの誰それが、なんて話は本当に退屈で、そんなことをするくらいなら庭のダンゴムシをつついて丸まる様を見ている方がよっぽど楽しいと常々思っている。


そんな中、エマは珍しく私が淑女らしからぬ振る舞いをしても眉を顰めない、貴重な女友達だ。


「ギャップ萌え…それはどこの本に載ってる言葉なの?初めて聞いたわ」

耳慣れぬ言葉にもう一度聞き返せば、ニヤニヤ笑いはそのままに、それはそうでしょうね、と返される。


学園一の才女と名高い彼女は、いわゆるスラングにも通じていて、時折こうしてよく分からない言葉を発することがある。

今回の発端になった婚約破棄モノの私小説を貸してくれたのも、そういえば彼女だった。


「んん〜そうね、ギャップ萌えギャップ萌え…どう説明すればいいかしら…」

そもそも萌えの概念ないわよね、ここ、と聞こえるか聞こえないかの声でブツブツと呟きながら、ポン、と手を打つと、おもむろに私の方に視線を戻される。


「たとえばね、ほら、私、いつも眼鏡をかけているじゃない?」

「えぇ、そうね」

理知的で、黒曜石のような彼女の瞳が、いかにも才女らしい銀縁の眼鏡の奥でキラキラと光る。


でもそれ伊達でしょう?と返せば、

「あ、大丈夫、伊達かどうかはこの場合重要じゃないから」とパタパタと手を振って、

「私、という存在は『いつも眼鏡をかけている伯爵令嬢』という記号化された存在なわけ。なのに、たとえばパーティの時とか、何かの拍子に眼鏡を外して私が登場したとする。そうすると、みんな意外に思うでしょう?いつも着けていたはずのものがないわけだから。

それと同じように、男勝りだけど特定の誰かの前ではおしとやかになる、とか、脱いだらスゴイ、みたいな…そういう意外な一面を見て心がざわつくのをギャップ萌えって言うのよ、…こういう表現で伝わるかしら?」


…正直、よく分からないので、小首を傾げてしまう。

要約すると、私がルパートに対してここ最近感じている違和感は、意外性ゆえに生じているもの…ということなのだろうか。


「エマも、ギャップ萌えすること、あるの?…あと脱いだらスゴイってなあに?」

「ふはっ」

問いかける私がよっぽどおかしな顔でもしていたのだろうか、耐えきれない、とでも言うように吹き出し、そのままクツクツと忍び笑いを漏らし続ける。


「もう、エマ、からかわないでちょうだい!私、これでも結構真剣に困っているのよ?」

仮にこれが、そのギャップ萌えとやらだったとして、私はどうすればいいのだろうか。

ルパートに触られるのは嫌ではない。

が、なんとなく落ち着かないのだ。

それが、引っかかって。


笑い続ける友人に、頰を膨らまして抗議するも、

「ごめんなさい、ぁはは…だって…あなたのその見た目で『脱いだらスゴイ』なんて聞くととっても衝撃的で…ふふっ…」

全然取り合ってもらえない。

どうしようか、と思っていたところへ、


「レティ」


聞き慣れた声が私の名を呼んだ。




「あら、噂をすれば…じゃない?」

いつの間にか、淑女の仮面を戻したエマが、私の肩越しに視線を遣る。

そのまま私と、恐らく私の後ろにいるであろう彼を交互に見比べ、

「じゃあ、私はこれで。

…レティシア、さっきの言葉の意味がわからなかったら、ヴィリヤーズさんに直接聞いてみたら良いのではなくて?」

きっと親切に教えてくれるはずよ?なんて助言を残して去っていく。


そうして彼女と入れ替わるように、ポン、と後ろから頭に手を置かれる。

「…さっきの言葉?なんの話をしてたんだ?随分楽しそうだったけど」


…なんとなく、よくわからない後ろめたさが手伝って、彼の顔をまともに見れないでいると、そのまま腰をかがめて顔を覗き込まれる。


「レティ?どうした?」

そのままごくごく自然に頰を触れてくるものだから、また、あの、変な感じ。

骨ばった、その長い指。

触れられたところが、なんだかチリチリして、熱い。


「これが…ギャップ萌え…?」

「え?」

怪訝な表情で聞き返されるが、どう伝えて良いかわからず、ここは思い切ってエマの助言に従ってみることにする。


「あのね、ルパート」

「うん?」

「脱いだらスゴイって知ってる?」

「……………」




…何か、間違えたのだろうか。


しばらく固まってしまった彼を見つめながら、今日新しく覚えた言葉を頭の中で反芻したのだった。



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