役目を終えたちょい役と主人公の限りある平穏な日々
書いていて「これから先エリスが恋愛することってあるんだろうか」と不安になってきました……。
親愛なるエリス
王都で暮らしはじめて半年ぐらい経って、ようやくここでの暮らしにも慣れてきたよ。
王都に来たばかりのときは朝告げ鳥の鳴き声が違うところから驚いて、もう毎日が驚きと発見の連続。
今はそういうのも少なくなってきてるけど。
知ってる?そっちの朝告げ鳥はクルルルって鳴くけど、こっちのはキュワキュワ鳴くんだ。
すっかりその鳥の鳴き声が目覚ましになっちゃって、訓練兵の頃は一番乗り……とまではいかないけど三番目くらいには早起きな方だったんだよ。
ちなみに一番乗りはいつもラス。いつもより早起きしたなって日でも外を見たらラスが剣の素振りをしてるんだ。あれはちょっと悔しかったなあ。
ラスは北のガレシアってとこの出身で、そこの男の人たちはみんな朝早く漁に出るんだって。だから朝告げ鳥が鳴く頃にはもう海の上だったり、港に帰り着いてたり。家族もそれに合わせて生活するから朝告げ鳥に起こされる人なんてひとりもいないらしいよ。
むしろそこでは別名「寝坊鳥」なんて呼ばれてるんだ。
朝っぱらからうるさいって怒られたり、寝坊助だって笑われたり、朝告げ鳥も色々大変なんだね。
兵士団はラスみたいな漁師の息子もいれば、僕みたいに両親を喪った人もいるし、裕福な家に生まれた人もいれば貧しい家の人もいる。中には元傭兵の人もいたっけな。
ある程度の読み書きができて身体を動かせればどんな人にでも門戸を開いてるから、兵士団には本当に色んな人がいるんだ。
歳も出身も習慣も価値観もバラバラで、時には話が通じなくなるくらい言葉の言い回しも発音も違ってて。
それが原因でぶつかり合ったりするのはもう日常茶飯事。
……と、ここまで読んだエリスはきっとすごくハラハラした顔をしてるんだろうね。
書いてる途中なのにその顔が思い浮かんでつい笑っちゃった。
笑いで字が歪んで読みづらくなったけど、どうか許してね。
そんなに心配しなくても大丈夫だよ、エリス。
何度ケンカをしても取り返しがつかなくなるほどこじれたりはしないんだ。お互いそんなに意地を張ったりしないし、ひどくなりそうなときは周りも仲裁に入ってくれる。
多分、分かり合う為のコミュニケーション手段の一つでもあるのかな。
孤児院のケンカよりも物騒でケガ人も出るけど、きっとそんなに悪いものじゃないよ。
それに、いざという時は教官の鉄拳制裁とペナルティーという名の追加訓練もあったしね。
色んな人が集まるとトラブルも多いけど、その分色んな考え方を知ることができるし色んな世界を知ることができるから、僕もここでの生活を楽しんでるよ。
そうそう。
ついに先月僕の所属部隊が決まりました。
憲兵第三隊ってとこで、仕事としては主に街の見回り。市場によく出没するスリを捕まえたり、街の人たちのケンカの仲裁をしたりするんだ。
新人の僕は先輩のリーベルトさんに色々と教えてもらいながら見回りしています。リーベルトさんはとても気さくな人で、仕事のことだけじゃなくておいしくて安い店とかも教えてくれます。
隊長のブランさんは強くて豪快な人で――ちょっと物を壊す回数が多いんだ――書類を抱えた副隊長のロウエンさんに説教される姿を何度か目にします。
その様子を見てると何だかテッドのことを思い出しちゃって……テッドは相変わらずいたずらっ子なのかな? エリスに叱られるのを楽しみにしてるところがあるから何だか憎めないよね。
ケビンはどうかな?苦手だった野菜は食べれるようになったかな?
サラはどうかな?仲良くなりたいって言ってた牧場の子とは友だちになれたかな?
ああ、こうやって書きだしたらキリがないね。
孤児院のみんなはどうしてるかな。
今度の手紙ではぜひ詳しく教えてほしいな。
あ、言っておくけど、エリスのこともだからね。
自分のことはさておき、と考えてしまうエリスが僕はちょっと心配です。
一度だけ、倒れたことがあったよね。僕らが慣れない看病してるのを見て、すごく申し訳なさそうな、いたたまれなさそうな顔してたっけ。
でも、それからは一度も休んだことはなかったね。
エリスのそういうところが頼もしくて、そういうところが気がかりでもあるんだ。
もう少し寄りかかっても僕らは大丈夫だよ。つぶれたりなんかしないよ。
だから、エリス。今度の手紙では、どんな些細なことでもいいからどうかエリスのことを教えてほしい。
追伸
昨日憲兵第三隊に入って初めての給料をもらったから、孤児院へささやかな贈り物です。
花の種を三種類、この手紙と一緒に送るね。何の花かは咲いてからのお楽しみ。日当たりのいいところで、乾燥しすぎない程度に水をあげてやってください。
男爵領ではなかなか見ない花だから、喜んでくれるとうれしいな。
――貴女に神々のご慈悲があらんことを
カイル
* * *
「ラングドンさん、この手紙を支部まで届けてもらってもいい?」
「ああ、エリスちゃんの頼みとあらばお安い御用さ。なんせ孤児院で育てた薬草は効きがいいって評判なんだ――だから、どうぞ今後とも我が商店をご贔屓に」
そう演技がかった口調でかぶっていた帽子を取ると、ラングドンさんはおどけて笑った。私もその仕草につられてくすくす笑ってしまう。
「はーい。こちらこそ今後ともよろしくお願いします」
この世界の郵便事情は前世と比べて少し複雑だ。神殿関連の郵便なら、王都の中央神殿が統括する神殿飛脚。兵士団関連なら兵士団逓信部の管轄にある伝馬隊。それ以外の郵便物は民間の商会にお願いすることになっている。
今回の手紙はカイル宛だから伝馬隊が送ることになるんだけど、前世のようにポストなんてものはない。どうするのかというと、地方都市にある兵士団支部までは自分で運ぶかこうやって誰かに頼まないといけない。
微妙に不便だ。その代わり料金は民間よりかなり割安だから、そこはありがたいけれど。
さて、この頼みを引き受けてくれたラングドンさんなんだけど、ここの商店とは孤児院が始まって以来ずっと付き合いがある。
月に数回孤児院で取れた野菜や薬草を仕入れて、ここから馬車で一日半の距離にある地方都市――リートルードの店で売ってくれているのだ。
元は曾祖父と親交のあった人物で、この孤児院の話が持ち上がったときに「あいつと坊っちゃんのために一肌脱いでやろうじゃねえか」と快く協力を申し出てくれたらしい。
ラングドンさんのご先祖さま、男前すぎじゃない? ラングドンさんもそうなんだけど、お人好しというか、気前がいいというか、粋というか……さぞや若かりし頃はおモテになったんだろう。
素直にそう所感を述べたところ、しばらく肩を震わせるレベルで笑われた。ラングドンさんの笑いのツボはいまいちよくわからない。
「親父ー、積み終わったからそろそろ出るぞ」
「ああ、テオ。すぐに行く」
ラングドンさんの息子のテオが馬車の陰から姿を現した。小柄でふくよかなラングドンさんと違い、テオは身長が高くがっしりした体つきだ。うーん、誰に似たんだろうか。
そうぼんやり考えていると、ばちっと思いっきり視線が合った。途端むっと眉に力の入るテオに毎度のことながら苦笑いがこぼれる。
「おはよう、テオ」
「ああ……おはよう」
「いつもありがとう。今回もよろしくお願いします」
「おう」
初めて会った四年前からずっと、どう話しかけてもこれだ。「ああ」「おう」「そうか」、この三種類に+α。ちなみにこの+αってのは挨拶がほとんど。
名前を呼ばれたことすら一度もないってどういうこと?
嫌われてるのかなあと思ったときもあったけど、ラングドンさんが全力で否定してきたから多分元々の性格なんだろう。そう思うことにした。
でも、ゆくゆくはこの商店を継ぐテオと満足にコミュニケーションを取れていない現状は不安でもある。薬草や野菜は時期と天候によって買い取り額が変動することも多いので、その都度話し合わなければならない。今のテオと私でそれがまともにできるかと言うと、全く自信がない。
お客さんの前ではスイッチが入ってちゃんと接客できるらしいんだけど、それなら私の前でもスイッチを入れてほしい。
ラングドンさんたちの馬車を見送って孤児院の門へ足を向けると、サラがひょっこり門の陰から顔を出していた。ちなみに今は早朝、みんなが起きてくるには少し早い時間だ。思わずびくっとなった。
前世からこういう不意を突くドッキリ系は苦手なんだよね。
「ああ、びっくりしちゃった……。サラ、おはよう。今日は早起きね?」
「マザー、おはよう。今ラングドンさんとテオさん来てたの?」
すっかり目が覚めているのかつぶらな瞳を瞬かせながら聞いてくるサラの前に私はしゃがみ込んだ。
「そう。薬草と野菜を買い取ってもらったとこ。前回よりちょっといい値がついたから、夕飯のスープに入れるヒナトリ豆も増やしちゃおうかなー」
後ろの寝グセを直すようにしてその金髪を梳いてあげればサラは気持ち良さそうに目を細める。
「みんなに教えたらきっと喜ぶね」
「うん、特にケビンはね」
「ね」
そうやって二人顔を見合わせて笑った。
「ねえマザー」
二人並んで歩いているとサラが声をかけてきた。
「ん? どうしたの? サラ」
「もしかしてラングドンさんに手紙頼んだ?」
「うん、そうだけど。カイル宛の手紙を兵士団の支部までね。あ、もしかして何かカイルに伝えたいことでもあった?」
「ううん、違うの。マザーが刺繍してるのときどき見かけたから、手紙と一緒に送るのかなあって思って」
「その通りよ。サラって勘が鋭いのね。手紙を送る朝に限ってこんなに早起きするんだもの」
「ふふ、こういうのを女の勘って言うんでしょ?」
「うん? うん、そうなのかな?」
何だかちょっと違う気もするけど。あえて言うなら第六感とか虫の知らせとか野生の勘とか……いや、余計なことは言わないでおこう。そんな私の逡巡には気付かずサラはにっこり笑う。
「そうなの。――でも、そっかあ。カイルに送ったんだね。きっと着いたらカイル大喜びだよ」
「そうだと私もうれしいけど」
「絶対そうよ。だってカイルだもの」
やけに自信満々にサラは言いきった。
* * *
親愛なるエリス
まず最初にお礼を言おうと思います。
お守り袋をありがとう。今回は生命の女神なんだね。病を遠ざける青い鳥ではなくケガから守ってくれる白いムササビというあたり、エリスの心配度合いが伝わってくる気がします。
でも、すごくうれしいよ。あまり心配をかけ過ぎるのは僕も心苦しいんだけど。僕を想って一針一針丁寧に縫ってくれたんだと思うと、エリスの気持ちが形になってるんだと思うと、ものすごくうれしい。
今回のエリスの手紙で孤児院のみんなの様子も詳しく知ることができてよかったです。休みはあっても王都から男爵領は遠くてそっちに顔を出すのも難しいから。
孤児院を出てそろそろ一年、もちろん寂しいっていうのもあるけどそれ以上に心配、なのかな。ケガをしていないか、風邪をひいていないか、仲良くやってるのか――何だかエリスの心配性が僕にもうつってしまったみたいだね。
あ、そうだ。
ケビンがどうしても食べないグリンベルについてだけど。
料理屋のおかみさんにどうしたらいいか聞いてみたら「縦に刻んでセノカと一緒に炒めたら苦味が大分抑えられて食べやすくなるよ」って言って他にもいくつかレシピを教えてくれたんだ。
息子さんも小さい頃グリンベルが嫌いで色々と試行錯誤してたらしくて、「同志のお姉ちゃんにも教えてやって」って笑ってた。今回の手紙にそのレシピも同封しておくね。
それから、サラと牧場の子――ジョージの関係については僕も驚いたよ。まさか結婚の約束までしてるなんて。てっきり友だちになりたいんだとばかり思ってたけど、あの時にはもう恋をしていたのかな。
そういえばあの頃からサラは身だしなみに気を配るようになったよね……そっか、あの時からか……。
ジョージのことはあまりよく知らないけど、サラが好きになったのならきっと悪い子じゃないんだろうな。
二人にとってよりよい未来が迎えられますように、僕はそう祈るしかないね。
僕と一緒に孤児院を出たターニャも商会でうまくやっていけてるみたいでよかった。ターニャは明るくてしっかり者だからそこまで心配はしてなかったけど、男爵領の外に出て働く人って孤児院の出身であまりいなかったからね。こうやって近況を聞くとやっぱりほっとする部分がある。
孤児院のみんなだけじゃなくてターニャのことも教えてくれてありがとう。こうしてエリスからの手紙を読んでみると、エリスは本当に僕らのことが大好きなんだなあって改めて実感するよ。一人一人のことを便箋いっぱいに、それでも足りないってくらいに書けるのは、それだけみんなのことをよく見てるってことだから。
家族だから当然でしょうってエリスは言いそうだけど、何て言えば伝わるかなあ。当然だけど当然じゃないというか……うーん……難しいなあ。この辺りはまた機会を改めて書くことにするよ。
そうそう、この前の手紙でエリスのことを知りたいって書いたよね。それでエリスは今回書く内容にずいぶん困ったみたいだったね。苦心の跡がインクの滲みに出てたよ。
そんなに難しく考えなくていいんだ。例えばラングドンさんとの世間話でも、男爵家で暮らしてた頃の話でも、少し困ったなあと思ったことでも、ヤマモモが大好きって話でも。
そんなことでいいの? って首傾げてそうだなあ……。
そんなことで十分なの。
最後に、
最近ようやく僕にも成長期が来たみたいです。隊服の袖や裾が短くなってきたからそろそろ新調しないと。
よく成長痛が辛いって聞くけど、本当にそうなんだね。眠れないって言いながら目の下にクマをつくってた同期には同情してたけど、なって初めてわかる痛みだ。ぐっすり寝ようと思ってても膝のあたりが痛くて夜中に起きてしまうんだ。
そのことをブラン隊長に話してみたら
「かーっ! 育ち盛りってのは羨ましいねぇ、このォこのォ!」って言いながらつむじの辺りをぐりぐり押されたよ。……少し痛かった。
孤児院を出た時がエリスの顎ぐらいだったから、もしかしたら今は同じくらいの身長になってるかも。早く追い越したいな。
追伸
僕が送った種はもう花を咲かせたかな? この手紙が着く頃には多分咲いてるとは思うんだけど。
エリスの好きな薄紫色、その中にあったでしょう?
ちなみにエリスが花の本を見ながら予想してたのは三つともハズレ。惜しいのが一つあったけどね。
花を見たらわかるだろうからここには答えを書かないでおくよ。
――貴女にも生命の女神のご慈悲があらんことを
カイル
* * *
カイルから貰った種を蒔いて数ヶ月、ようやく花が三種類とも咲いた。鮮やかなオレンジの花に、白のふわふわした花、薄紫色の小さな花の集まり。揃って秋風の中で揺れている。
特にこの控えめな感じの薄紫色の花は好きだと思った。カイルはどうして私が気に入るってわかったんだろう。これが好き!とかあまり言ったことはないんだけれど。
私がみんなのことをよく見てるって書いてたけどカイルだってよく見てる。むしろ私以上なんじゃないのかな。
「きれいな花が咲いたなあ……」
ぽつりとそう呟く。その言葉には特に意味はなくて、あえて言うなら間を保たせるために出たようなものだった。
開いていた本のページが風に煽られてパラパラとめくれていく。
「マザー! やっと全部咲いたんだね」
ぱたぱた小走りに駆けてくるのはサラとミリア、ソフィの三人組。
「わー! きれい!」
「ねぇ、この白い花何ていう花?」
「こういうのが王都に咲いてるんだねー」
それぞれに感想を口にしているが、とりあえず私はソフィの質問に答えることにした。
「その白い花はポーチア。ちなみにオレンジのはブランカビーロ、薄紫のはアイレニウムって名前みたいね」
「あ、その本で調べてたの?」
「そうよ。だってカイル、咲いたらわかるからって教えてくれないんだもの」
もしかしたら何か面白い名前の花なのかもしれないと思って調べてみたけれど、特にそんなことはなかった。
その話を聞いてサラは小首を傾げた。
「へぇ、そうだったんだ。――ねぇ、マザー、この花にも花言葉ってあるの?」
花言葉が気になるんだ。女の子らしいなあ。
「あると思うけど、この本に載ってたかなあ……」
私は該当ページを探しながらパラパラめくっていく。三人も、私の膝の上の本を揃って覗き込んで「これじゃない」「もうちょっと先かな」とにぎやかに探している。……ちょっと見辛いけどまあいいか。
そうして調べた結果、
ブランカビーロ
「唯一の恋」「あなたに会いたい」
アイレニウム
「君ありて幸福」「果たされる約束」
ポーチア
「一途な愛情」「かわいい人」
……うわあ。
調べ終わった途端私はパタンと音を立てて本を閉じた。
ええ、一つ花言葉がわかるごとに三人組の目つきがにやにやして、何か言いたげになってることには気付いてたんですよ。
思わず天を仰ぎたくなったけれど、それで見逃してくれるおマセ三人組じゃないんですよね。
「すっごいねー」
「うんうん、カイルってこんなに情熱的だったんだねぇ」
「ロマンチックねー」
……お願いやめていたたまれないです。
恋に憧れるお年頃なのはもう十分わかってるから、自分たちの恋に集中してほしい。
ミリア、肘で小突くのやめて。
ソフィも口笛吹かないで。
「マザーはカイルのことどう思ってるの? あの時キスされてたでしょ?」
サラ、誤解を招くような言い方はよくないなあ。頬だったからね? 親愛の挨拶の範囲内だからね?
「……あのね、カイルは孤児院で一緒に暮らした家族でしょう。王都に行ったってそれは変わらないのよ。それに花言葉だって、カイルがそういうこと知ってて送ったと思う? 私たちだって本で調べてやっとわかったのに」
そう言うと三人そろって不満げに唇を尖らせる。
「つれないねー」
「マザーのにぶちん」
「ぶーぶー」
「はいはい、何でもいいけどこの話はこれでおしまいね。そろそろ洗濯物が乾く頃でしょう。三人とも手伝ってくれる?」
「はぁい」
一日の仕事も終わり自室のベッドに腰かけてひと息ついた。乱暴に扱うと軋む音を立てる素朴な造りのベッドだけれど、今はこの寝心地にすっかり馴染んでしまっている。
無造作に置いていた本を机へ戻そうとして、ふと手を止める。
「花言葉ねぇ……」
前世も含めてそういうことに興味のなかった私は花言葉には疎い。きれいな花なら「きれいだな」ってストレートに愛でればそれで十分なんじゃないって人間だ。
前世の平安貴族が短歌に花を添えて送ったように、今世の貴族が見映えだけでなく花言葉や花にまつわる逸話と絡めて花束を贈るように、そんな知的でオシャレなやり取りが全人類の何割かで行われているのは知ってる。
一応まがりなりにも男爵家の令嬢として知識も最低限は教わった。まあでも、興味がなかったらその程度で終わるよね。
私でもそんな状態だというのに、カイルが?
そんなキザでロマンチストなことをするだろうか。あのカイルが?
いやいや、まさか。
「でも、花を贈る時って挨拶、感謝、告白、求婚、お見舞い……そのくらいよね? じゃあ花言葉もそういう用途に合った言葉が多いんじゃないの?」
つまり昼間のあれは偶然の一致……!
そう考えて私は適当に本を開いてみた。
ガレシアネジリソウ
「つれない人」「へそ曲がり」
ゲーゲンラテス
「鈍感」「見当違い」
「………」
何とも言えない思いで私はそっと本を閉じた。
ちょっと、そういう偶然の一致はいらなかったなあ。何も見開きでディスらなくてもいいじゃない。サラ達に言われるよりもグサッときてしまったのは何故だろう。