冒険者になろう!
「そういえば、お金ってどうしましょう?」
中心街から少し外れた酒場で、アイラはこう切り出した。
テーブルには、先ほど貰った少しだけの硬貨が乗せられている。
まだこれがどのくらいの価値があるのか分からない以上、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。
生きる以上は、お金がいる。
「うーん...どうやって稼ぐのかどうかも分からないしな...どうするか...」
「そうですよね。情報がなさ過ぎて、選ぶにも選べないというか」
「そうなんだよ。知らないことが多すぎて、何をやっていいのやらって感じ」
「難しいですねー」
「難しいな......」
二人で、うんうんと悩んでいると
「お金のことでお困りですか?」
と赤い眼鏡をかけた女性が話しかけてきた。
見た目は、20前後くらいで、少し窮屈そうなぴっちりとした茶色のブレザーと薄茶色のスカートを着用している。さらりと流れるセミロングほどの短さの薄緑色の髪が特徴的な女性だった。
くいっと眼鏡を直すために伸ばした袖から、白のカッターシャツが覗く。
俺たちが返事をする間もなく、その女性は同じテーブルに座ると、三人分の飲み物を注文する。
「先ほどからお話を聞いていました。私、スズと申します。仕事は、そうですね...。
冒険者のギルド入会の仲介人と言えば、分かりやすいでしょうか」
眼鏡をかけた女性――スズは、次々と説明を始めていく。
「この街、リエムは、危険なレベルの割に冒険者の数が極端に少ないんです。この街は露店や屋台がほとんどで、大体が非力な商人たちしかいない上に時期になれば、移動してしまいます。要するに定住する住民がいないのです。だから、こうやって酒場で定住してくれる人を探して、冒険者にならないかという誘いをしてる、というわけなんですよ」
「でも、俺たちはよそから来たわけだし、分からないことだらけだけど、大丈夫なのか?」
「えぇ。分からないこともあるでしょう。でも安心してください。一から十...とまでは言えませんが、私ができることならば何でもいたしましょう」
任せてください、と言わんばかりに胸を張るスズ。
また、それをちょうど言い終えたタイミングで注文されていた飲み物が置かれる。
「あ、これ私の奢りなんで飲んじゃってください。まぁ、そこにある硬貨があればいつでも飲めるような代物なので、あまり気にしないで、どうぞ」
ずい、と差し出されたジョッキには黄色の液体が注がれており、柑橘系に似た匂いが漂ってくる。
この場合、一口は飲んだ方がいいのだろうが、俺はその飲み物に目もくれず、気になっていたことを聞くことにした。
「理由はわかるけど、見ず知らずの俺たちにどうしてそこまでしてくれるんだ?」
話自体は、今聞いた限りであれば好条件だ。とりあえず稼ぎ口は見つかるし、この世界のことを知ることができるのは強い。ただ冒険者になるだけでここまでしてくれることに怪しさを抱いたのも本当だ。
無料ほど怖いものはないのは、痛いほど経験している。
「そこ聞きます?善意ですよ、うーんまぁ私の趣味も交じってますが...困ってる人を見ると助けたくなるたちと言いますか...あ、もちろんここの冒険者が少ないっていう理由もありますからね?」
照れを隠すように横を向いてジョッキを飲み干しながら喋るスズは、思い出したように念を押した。
「それにそちらにとってもいい話だと思うんですよ、その硬貨の価値も分からないようですし、連れの獣人ちゃんは服一枚しか着てないし...こんな格好させてたら奴隷かなんかだと思われますよ?」
「ど、どど奴隷!?私が栄司さんの奴隷...あ~、ありですありです、あ、いやでも私が主人で栄司さんが奴隷でもありですね...むしろそれの方がいい...」
奴隷という言葉に過剰反応するアイラを横目に見ながら、俺は話を続ける。
こんなに心配してくれるスズの顔を見たら疑う方が馬鹿らしいだろう。
それにしてもいつ奴隷なんて言葉覚えたんですかね...。
「そ、それでどうです?このリエムで冒険者になりませんか?」
若干引き気味になりながら、手をこちらに伸ばすスズの手を握り返す。
「よろしくお願いするよ、スズ」
「ええ、私にお任せください」
こうして俺たちは冒険者の一員になった。