初めての世界
続きです。
「......きて!」
耳元で少し無邪気さを残した声が脳に響く。
その声で、ひどく微睡んだ意識が戻ってくるのを感じる。
「......起きて!」
先ほどより、鮮明に聞こえる言葉。同時に肩を揺すぶられる。
意識がしっかりしてきたのか、頭が記憶を整理しようとする。
確か俺は、アイラを助けようとして、トラックに轢かれて......それから......?
「こ、ここは......?」
ズキリ、とした痛みを頭に覚えながら、声のする方へ目を開ける。
初めに写った色は、肌色だった。
目の前に、見た目14,15くらいの小柄な少女が裸で立っている。
一部中学生とは思えない丘陵が二つほどあるが、全体的にはそのくらいだろう。
大事な部分は綺麗な茶色の毛で奇跡的に隠れているが、それが異常なことには変わりはない。
それよりも驚いたのは、獣の耳と思われる耳が頭の上についていることと、くるりと丸まった尻尾が背後でちらちらと動いていることだ。
「は?」
固まるというのは、まさにこのことをいうのだろう。
目を覚ましたら、中学生くらいの裸の少女が立っていた。
しかも、その少女には獣の尻尾と耳がついている。
それを理解するのに、数十秒がかかった。
少女は固まってる俺を見ると
「栄司さん?」
と問いかけてきた。
首をかしげるのは構わないが、そのせいで髪が乱れるため、見てはいけない部分が現れたり現れなかったりするので、正直やめてほしい。
別に興奮とかするわけではないが、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
それよりも、なんでこの少女が俺の名前を知っているんだ?
名前が書いてあるものは、持っていないし...。
それ以外で、思いつくものは、もう一つしかない。
茶色――赤褐色の髪に、ピンと立った耳、くるりと丸まった尻尾。
でも、そんな、そんなこと現実的にあり得るわけが......。
「アイラ、なのか?」
確認のために、生前の愛犬の名前を出してみる。
「!そうですそうです!私がアイラですよ!というか、気付いてなかったんですか!?」
信じられない話だが、この少女がアイラと考えて間違いないだろう。
簡単なことで尻尾をぶんぶん振り回す癖は、人になっても治らないらしい。
「普通、目の前にいる人間が元犬なんて考えないだろ」
「それもそうですね。そういえば、ここってどこなんでしょうか?」
アイラに促されて、周りの景色を見てみる。
ちょうどここは、丘のようになっているらしく、遠くのものまで見ることが出来た。
視界のほとんどは、どこまでも広がる青々しい草原だ。
「どこなんだろうな、ここは」
「ここみたいに、何か目印みたいなものがあればいいんですけどねー...」
アイラは、近くにある大木の幹を指し、言う。
よく見ると、ここに何かを引きずってきたような跡があり、それは俺の足の部分にまで繋がっていた。
恐らく、アイラが起きない自分を日陰のあるここに引っ張ってくれたのだろう。
小柄な体で一生懸命運んでくれるアイラの姿が、安易に目に浮かぶ。
「ありがとな」
俺が、そう呟くと
「いえいえ。私がやりたくてやったことですから、気にしないでください」
アイラはそう照れくさそうに言うのだった。
「とりあえず、街みたいなものがあればいいんだけど...」
そもそも人がいるかどうかも定かじゃない。生活できる目処が立つまでは安心できないな。
そう思いながら、再び見渡すと、草が禿げて、道のようになっている場所を見つけた。
足跡が残っているところを見ると、少なくとも人の足を持った何かはいるらしいことが分かった。
恐らく、道伝いに行けば、街のような場所に出るだろう。
「あ!あっちから美味しそうな匂いがしますよ!」
アイラも見つけたのか、俺が見つけた道が続く先を指差す。
「早く行きましょう!食べ物?は待ってくれませんよ!」
いまにも走り出していってしまいそうなアイラを引き留める。
「とりあえず、服着ようか」
俺は散歩用に厚めに着ていた上着を脱ぎ、アイラに手渡す。
それでも格好としては、かなり危ないが、裸よりはマシだろう。
「服なんて久しぶりですけど、着なくちゃいけないんですか?まぁ、栄司さんが言うなら着ますけど...。それに栄司さんの服を着れるなんてそうそう滅多にありませんからね!あぁ、ぬくもりが、ぬくもりが!」
大丈夫か、こいつ。
アイラの変な一辺が垣間見えた気がしたが、見なかったことにしよう。
鼻息と尻尾の振る勢いが激しくなっているアイラを連れながら、俺たちは初めの一歩を踏み出した。
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