プロローグ
よろしくおねがいします。
時間は、午後7時。
カーテンから覗く夕日は、いつの間にか消え、夜のとばりが下りようとしていた。
日暮れが早かった冬に比べ、だんだんと日暮れまでの時間が遅くなってきている。
そんな夏への移り変わりを感じながら、俺は家事をこなしていた。
蛇口から出る水のシャーッという音と皿を洗うキュュッという音だけが部屋に響く。
一人暮らしをしていることもあって、こういう静かな時間はよく訪れる。
ゆったりとしたこの時間は、俺にとって日々の癒しのひとつだ。
もっとも、それ以上の癒しがこの家にはあるのだが、いまは寝てしまっていて愛でることが出来ない。
洗濯物を洗濯機から取り出し、深めのかごの中に入れる。
「うげ......やっちまった」
取り出している最中に、閉まっていない洗濯ネットを見つける。
案の定、中身は他のタオルの繊維やら服の繊維やらがくっつき、ところどころが白くなってしまっていた。
一人暮らしを始めて、一年くらいとはいえ、こういう失敗は絶えることがない。
慣れすぎても大変だな。後々、コロコロでどうにかするか、と考えながら、かごを持ち、部屋へと向かう。
ドアを開けると、俺の愛犬であるアイラが静かな寝息を立てながら、ソファの上で寝転がっていた。
小さくピンと立った耳が可愛らしい。何よりも息をするたびに動く赤褐色の毛並みが柔らかいことを強調していた。
もふもふしたい欲を抑えながら、起こさないように静かに洗濯物を干していく。
家事を終え、時間を見ると時計は、午後8時近くを指していた。
やることをやっていると時間が経つのは、かなり早い。
そろそろ夜の散歩の時間か。アイラの寝顔を眺めながらそんなことを思う。
しばらくして、アイラが目を覚ました。
起き上がると、ソファの上から降り、あくびをしながら、おぼつかない足取りで首輪を取りに行く。
それだけを見ると、日曜日のお父さんみたいな感じだが、アイラはメスだ。
飼い始めてから一年は経とうとしているので、人間の年齢で見ると、17か18くらいだろうか。
もっとも、犬が人間になる、なんてことはないので、人間の年齢で考えても意味はないのだが。
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すっかり日は落ちて、月や街灯の光だけが道を照らしていた。
少し不気味さがあるけれど、隣にアイラがいるので心強い。
アイラは嬉しいのか、さっきからずっと尻尾を振りながら、トコトコと後ろについてきている。
時々隣まで走ってきては、一緒に歩こうとするところが、また可愛らしい。
その可愛さのあまり、歩幅を合わせながら散歩することも多々ある。というより、ほとんどがそれである。
散歩を始めてから、10分ほどが経ち、折り返し地点についた辺りで、それは起こった。
尿の掃除をしているときに、俺の不注意でリードを離してしまったのだ。
そして、アイラは何かに呼ばれたように耳を少し動かし、くぅーんと鳴き、走って行ってしまう。
急いで追いかけたが、道が暗く、アイラが小柄ということも相まって見失ってしまった。
とりあえず大通りに出てみよう。そんな根拠も何もない考えで、俺は大通りへと足を運んだ。
しばらくして、再びアイラを見つけたときには、俺に選択の余地はなかった。
大通りとはいっても、視界が遮られる場所がある。
クラクションを鳴らさず、アイラのいる場所を走り去ろうとするトラックが目に写った。
迫るトラックとその進行方向にいるアイラ。
それは、まるで設置されたように、俺が来るのを待っていたかのように、急に動き出した。
そのとき、もうすでに思考は動いてなかった。
反射的に俺の体は動き、アイラを掬い上げるように抱きかかえ、そのままトラックに吹き飛ばされた。
背中に響く鈍痛な痛みと、気持ち悪い浮遊感を覚えながら、俺の意識はそこでぷつりと途切れた。
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