第五話 教師とエース
「おはよう。超常科クラスの担任になったグラン・シリウスだ。私の魔法は重力魔法」
グラン……そう言えば去年のジョーカー役がグラン先生だって言ってたけどもしかしてこの人のことか……なるほど。確かに動かなさそうだ。
教壇にいる時点でもう面倒くさそうなのが表情から見て取れるし、何より椅子に座って教卓に突っ伏している時点でもうやる気度は0だな。
よく教師になれたな。向こうじゃ生徒からPTAにチクッてボコボコに批判された教師が鬱になって辞めてったくらいなのに。
「私のモットーは努力せず、お金を稼ぐこと」
「ダメ人間じゃん」
「うむ、人はそれをダメ人間というがダメ人間でも努力せずしてお金を稼げるものと努力せずにお金を稼げない種類がいる。その前者が私だ。よって授業スタイルは自習とし、各自発表しなさい。私の評価方法は70%が出席、あとは発表点だ」
「何点で合格点なんですが?」
「60点ですわ」
おいおい。ほとんど合格確定みたいなもんじゃないか……いや、カモのように見せておいて実は発表点は厳しくつけるっていう方式かもしれないな。
ここはちょっと真面目に発表して様子を見よう。それにしてもやる気のない教師だな。
髪はぼさぼさ、白衣はもう同じものを着続けているのか皺らしきものが深く刻まれているし、白衣の下に着ている肌着らしきものは襟の部分がくしゃくしゃだ。
「で、君が編入生君か」
「あ、はい……でも入学式に参加したから」
「この学園は初等部から高等部までエスカレーターで行けるから君は編入生扱いなのだよ」
通りで既にグループが出来上がっているわけだ。そりゃ初等部から一緒にいる連中はグループ出来上がってるわけだ。
でもその初等部でも超常クラスはこんなにも人数が少ないんだろうか。
でもさっき、イリナが超常魔法を宿してるやつらは全員なんとかっていう超常科しかない魔法学園に入学するって言ってたからエスカレーターだけど外部の魔法学園に入学することも可能なんだろうな。
「その手袋は魔力を封じる奴だね」
「あ、はい。これ着けてないと触れた物すべて破壊しちゃうんで」
「なるほど。全てを理由なく破壊するのか。では一度試してみよう」
そう言うと先生は机に突っ伏したまま俺の方も見ずに手だけを俺に向ける。
直後、一瞬だけ体が重たくなったように感じたがすぐにその感覚も無くなる。
先生はむくっと起き上がると若干、驚いたような表情を浮かべて俺の方を見てくる。
「なるほど。君の力は全身に及んでいるようだ。重力を強くしてみたが弱体化したよ。この事から言えるのは君の魔法は精神にダメージを与える幻覚魔法すらも破壊する可能性がある」
「有効範囲は両手だけではなかったのですね」
多分だけど一番強く魔法の影響が出ているのは両手だと思う。
なんせ触れただけで魔法はもちろんのこと日用品まで一瞬にして粉々に砕くし、足や顔とかは影響が限りなく少ないんだと思う。
だから布団とかは壊れないし、今座っている椅子も壊れない。
「ま、今年の担当人数が二人でよかった。私はこれでゆっくりできるわけだ」
「いや、働けよ」
「ふっ。私が働くという事は君たちがバカだという事だぞ?」
なんか腹立つけど当たっているようで言い返せない。教師の仕事は生徒に知識の伝達をすることであってそれは要するに俺達にその知識は存在していないということになる。
なんかこんな人に真理を言い当てられるとイライラするな、
「ところで君たちは寮は見てきたのか?」
「まだですけど」
「超常科の学生寮は人数分しか用意されていないからな。中々良い所だぞ? さて、授業を始めるので勝手に自習しておいてくれたまえ」
「あ、あの教材は」
「机の中」
そう言われ、机の引き出しに手を突っ込んでみると確かに教材の束が入れられている。
……ヤバイ。何書いてあるのかさっぱり分からん。これ何語だ? 異世界語か……まずいな。こっちに来てまだ日が浅いからこっちの言葉が理解できない。
とりあえずどうにかしてアイウエオ表みたいなやつを手に入れないと死ぬ。現実的な意味で死ぬ。
まぁ、自習がメインの先生だったからよかったものの……でも会話は出来てるんだよな。つまり会話の中に出てきた言葉とこっちの言語を合わせたらそれで理解できるか。
「イリナ……」
「なんですの?」
「あ、いやなんでもない」
真剣に自習しているイリナの姿を見て俺が使用としていた質問があまりにも低レベルなのを突き付けられた感じがして一緒に勉強しないかと誘えなかった。
俺、成績的に大丈夫かな?
――――――☆―――――――
結局、教材を見ても何も分からなかった俺はお昼休みに入るまでボーっとしているしかなく、学校初日にしてちょっと絶望に入りかけていた。
言語が分からなかったら勉強すらできないし、でも会話はできるんだよな。不思議なことに。
イリナに食堂へと案内してもらい、そこで昼飯を食べているがなかなか落ち着けない。
「何をキョロキョロしていますの?」
「あ、いや。広いなって」
「そうですか? 大貴族ならこのくらいの広さの部屋はありますわよ」
残念ながら俺は一般庶民の息子だからこんなどこのアリーナだって突っ込みたくなるくらいの広さの食堂で食事をするのは慣れてないんだよ。
それにしても広いな。まあ、敷地内にボコスカ建物を建てるのを嫌がって逆にとてつもなく広い場所にすることで建てる数を減らしたのかもしれないけど。
にしてもまさか食事代までダダとは……まあ、定食みたいなもので自由には選べない様にはなってるけどそれでもなかなかいい食事だよな。
まあ、タダより高い物はないっていう言葉があるようにどっかで金一気に請求されたりしないよな。
そんなことを考えていると黄色い声が聞こえたのでそっちの方を見てみると茶色い髪に髪飾りみたいなものをいくつもつけ、周囲に護衛のためなのか騎士を引き連れた男子が食堂に入ってきた。
「あれなに?」
「知りませんの? サバティエル魔法学園属性魔法科2年生エースのリアン・シャルマン。入学式初日に行われるあの行事で未だに破られていない評価石50個回収という記録を打ち立てた人ですわ」
「ひぇ~。50個……点数に換算すると?」
「そうですわね……学期末に行われる試験一つ分といったところですか」
つまりあいつは一学期は自由に遊べるくらいの持ち点を持った状態で入学したという事か。これまたすごい奴がいるもんだ。いやはや、どの世界にも天才とか秀才はいるもんだな。
しかもイケメン、金持ちときた……神様は与えすぎだよな。才能も、顔も、金も。
「強いのか」
「ええ。なんでも卒業後は騎士隊に入隊するとかいう噂ですわ」
「騎士団……あいつの周りにいる奴らのこと?」
「あれは彼の実家から送られてきた護衛ですわ。お父様が大貴族の家の当主で息子を溺愛しているらしいですの。それで変な虫がつかない様にと護衛をつけているそうですわ」
富と名声があってさらに父親から溺愛されていると来た……要するに箱入り娘ならぬ箱入り息子の世間知らずのお坊ちゃまってところか。
それにしては外見はあんまり煌びやかにしてないんだな……まぁ、寮の部屋とかが凄まじいことになってるんだろうけどさ。
「やっぱりさ。あいつって自意識過剰だったりするのか?」
「どちらかというと格好いい自分が好き、といったところでしょうか。要するにおいしい所を自分が持っていきたいだけの男ですわ。噂では行事も最後のオオトリは自分だと譲らないとか」
なるほど。自意識過剰じゃなくて自分が格好良く目立たないと気が済まないタイプのボンボンのお坊ちゃまなわけか。
いるよな偶に。俺の知り合いにも美味しい所だけ持っていきたいからバスケの試合とかでもずっとゴールの傍に居て走り回らない奴。
それでそいつにパス出さずに俺がゴール入れたらぶちぎれたりしてたな。
「でも格好いいじゃん。イリナはああいうのは好きじゃないのか?」
「私をそこらの女子と同じにしないでほしいですわ。顔だけを見てキャーキャー騒ぎませんわ」
「なるほどねぇ」
チラッとそいつの方を見てみるとそいつだけ少し離れた場所のテーブルに座り、周囲を護衛に囲まれながら食事をしていた。
なんか苛められてるやつみたいだな。
「あ、なあイリナ」
「なんですの?」
「言語表とかないか?」
「あることはありますが……何故ですの?」
「ま、まあ色々とな。ちょっと貸してくれねえか?」
「構いませんわ。今晩、お貸ししますわ」
「悪いな」
流石にこの世界で生きていく以上は言葉を理解していないといけないしな。
――――☆――――
その日の晩、イリナに言語表を貰い、書庫で何冊か基礎中の基礎の本を借りて勉強しようというわけだが一体どれだけの日数でこの世界の言語を習得できるのやら。
「ふぅ……1人部屋か……」
何気なしに窓の外を見ると人工的な明かりが一つもなく、一面闇夜の世界が広がっており、時折風が吹くことで草が揺れ動く音が聞こえてくる。
こんな静かな夜は久しぶりだな。なんせ大きな道路の真横に家があったから完全に静かになるのは真夜中だった。
こんな早い時間帯に完全に静かになるのは初めての経験だ。
「中々良いもんだな。静かって……ん?」
ふと視線を下へ向けた時に髪飾りがいくつもついている茶髪の男子と金髪の女子の姿が見え、二人の距離はやや近いように見える。
ふ~ん、そういう関係か……まあ遠いからそうとも限らないんだけど……まああれだよな。学園生活の醍醐味の一つはそれだよな。
「羨ましい……ねるか」