第五十六話
もしも破壊することが悪であるとするならば創造は絶対的な正義だろう。
何せ破壊されたものをものの見事に作り直すことが出来るだけではなく、世界に存在しないものまで創り出すことが出来る可能性がある、それが創造なのだから。
だがよく考えてほしい。
この世界で創造されたものは全て本当に善であると言い切れるのだろうか。
大量破壊兵器と呼ばれるようなものも過去を見れば存在しなかったものであり、新しく作り出されたものであることは明白だ。
では破壊が正義なのか? これも違うだろう。
人の大切な物を破壊するという行為はまさしく悪そのものであり、どんな考え方をしたとしてもそのような破壊を善であると覆すことはできない。
では前提を変えてみよう。
どちらが正義か悪なのかではなく、破壊の力、想像の力を宿した人物が果たして正義であるのか悪であるのか、という前提のもと話しをすれば自ずとそれは見えてくる。
もしも破壊の力を宿した人物が無差別に人々を破壊し、殺戮を続けたのであればその破壊の力は悪であり、破壊されたものを作り出せる創造の力は正義だろう。
しかし、創造の力を宿した人間がもしも一瞬にして人間を大量に殺すことのできる兵器を創造したとしてそれを使用して一瞬にして命を奪えばそれは悪であり、その兵器を破壊することのできる破壊の力を宿した者は正義となるだろう。
このように力だけを見ただけではどちらが悪か正義かなのか判断できず、その力を宿した人間の行いによって正義か悪か、判別できるのである。
――――――☆―――――――
女王陛下が投げかけられた問いかけはサバティエル魔法学園の連中に届き、思考することを促していることで誰一人として声を上げず、物一つない。
そんな怖いくらいに静かな魔法学園の生徒で一番最初に声を上げたのはアンナだった。
「あたしはこいつが悪とは思わない! あたしはこいつに救われたわ! もしもこいつがいなかったらあたしは今頃犯罪者になって牢屋に入れられていた! こいつが世界を破壊するとは思えないわ! この世界に害をなす存在だけを破壊してくれる! あたしはそう信じてる!」
アンナのバカでかい声が学園中に響き渡った直後、今度はイリナが口元に小さな魔法陣を展開してそこに喋りかける。
「私も彼を信じますわ。もしもユージさんがいなければ私は今頃、この学園にはおらず、自分が望まない殿方と結婚し、望まない人生を歩んでいたでしょう。彼は世界なんて破壊しない。彼は不必要な物だけを破壊する……私はそう信じていますわ」
イリナの落ち着いた声が魔法によって拡大、拡散され、学園中に響き渡る。
『あ~私も彼を信じている』
その時、いったいどこから声を響かせているのかは分からないけどグラン先生の声が学園中に大きく響き渡るが先生の今の表情が簡単に想像できる声だった。
『半年ほど彼を担任していたが彼は世界を破壊する奴ではないよ。ただ単に面倒事を持ってきて私を巻き込
んでそしていつの間にかその面倒事を解決しているという不思議な奴さ。君たちはリアン・シャルマンが変わったのは知っていると思うが彼を変えたのもトコヨユウジさ。彼と戦ったことで彼は本来あるべき貴族の姿へと変わった。彼は確かに破壊するだろう。しかし、それを再びより良い物へと変えてくれる。そんな不思議な力がある子だよ』
『どうも、ミウォルです! え、えっと……付き合いは短いけれど彼のことは結構知ってます! 意外と彼のあそこは大きいし、固くなった時の予想サイズは……ってな感じで彼にはそんな世界を破壊しようとかそう言う悪意は見えません。私の魔法は透視魔法です。感情までは見えないですけど彼と接してきた期間は皆と比べても長いから分かります』
先輩……こんな重い空気が漂っている場所でいったい何言ってんすか……ほんと、おかしなものばかり透視してるからそんなことしか言えないんですよ。
『みんな、部分的にしか彼を見ていないだろうが……彼はそんな悪い奴じゃ無いよ。なんせ私が寝ているところを起こすくらいの人だ……あ、やっぱり悪い奴か。寝てるところを何回も起こされたし……もともと彼をこの学園へ転入させたのは私だ。研究目的だったんだがね……確かに彼の魔法は分からないところが多い。だが一つ分かるのは……そのちからは彼の想い次第でコントロールできるという事。今は覚醒を遂げた直後で自分の意思に反して魔法が発動してしまう事もあるだろう……まあ、最後は君たちが決めることだ。君たちの意思で善か悪かを決めると良い』
それを最後に学園長の声が響かなくなり、再び学園周辺に静けさが広がる。
「無駄だよ。彼らは僕を選んだんだ。さあみんな! 理想を否定する奴らを消すんだ!」
リムがそう叫び、一瞬だけ身構えるが殺気のような魔法の雨は降り注ぐどころか物音一つ立たずに静けさが保たれている。
……今まで戦ってきた意味は確かにあった。たとえほとんどの連中が俺のことを否定したとしても……少ない人数しか俺を評価してくれる人がいなかったとしてもそれでいい。
俺は俺を評価してくれる人がいる限り闘う。
さっきまで自分の意思に反してにじみ出ていた黒い破壊のオーラは見当たらない。
「リム……お前の過去を否定する気はねえよ。お前が経験してきたことは事実だ。それで世界を変えようって考えるのは俺だって賛成だ…………でも悪いけど俺は嫌いな奴はすべて殺すっていう部分だけは否定する。世界を変えたければまずは自分が変わる……リム、まだこの世界に絶望するのは早いんじゃないのか」
「関係ないよ。僕のいた世界もこっちの世界も同じさ。力のない弱きものは人間としてすら扱われない。そんな世界は一度壊し、立て直す必要がある」
「俺はもともと魔法が存在しない世界に住んでいたから魔法が無い状況ってのがどんなに苦しいものなのか分からない……でも俺がいた世界でも普通の人とは違う人だっていた。その人たちを差別し、排斥する奴らがいたことは確かだ……でもその人たちを差別せずに受け入れる人がいたことだって事実だ……この世界にもいるんじゃないのか。たとえ魔法が無かったとしてもお前を受け入れてくれる人が」
「…………話にならないな。どうやら根本的に君と僕の考えは合わさることのないもののようだ……それに破壊と創造、二つの力は一つの世界に存在する必要はない……どちらが消えるべきか、どちらが世界に残るべきか……戦わずして決めるつもりだったけどどうやらここにいる連中は全員、愚か者のようだ……ここにいる連中は僕が創る世界には必要ない!」
直後、上空に巨大な魔法陣が出現し、そこから巨大な隕石のようなものが放たれ、サバティエル魔法学園目がけて落ちてくる。
……もう少し、お前が柔軟な考えの持ち主だったら俺とお前は友達になれた気がするよ。
手を前にかざした瞬間、黒い魔法陣が展開され、そこから破壊のオーラを球体状に凝縮させたものが放たれ、隕石に直撃した瞬間、一瞬にして消え去るように破壊された。
「僕が創ったものは君が破壊し、君が破壊した物は僕が創る……ただの能力のぶつけ合いではこの戦いは決着はつかない……ワールド・クリエイト」
奴が静かに呟いた瞬間、奴の足元に白い魔法陣が展開されるとともにそこから白いオーラが放たれて奴を包み込む。
そしてそのオーラがはじけた瞬間、そこに立っていたのは白いオーラを全身に身にまとい、まさに創造の力の化身と化した奴の姿があった。
「この力で終わらせる。この世界に君も魔法も僕の理想を否定する奴もいらない」
「世界の創造者が破壊して世界の破壊者が護るっておかしな話だな」
『望むは全ての破壊?』
頭の中に以前、出会った黒いワンピース姿の少女の声が響いてくる。
それは前に暴走を引き起こした際に問いかけられた問いに似ていた物だったけどもう今、俺の頭の中にあるその問いに対する答えは前とは違う。
俺が望むのは全ての破壊じゃない……護るべきものを護り、護るべきものを破壊しようとする奴らを破壊するための力。
全てを破壊する力はいらない。
『……そっか。護るべきものを護るために使うんだね……それもまた結末の一つ。君が描こうとしている物語に私も付き合ってあげる』
「ワールド・ブレイク」
静かに呟いた瞬間、足元に黒い魔法陣が出現して全身を黒い破壊のオーラが包み込み、視界が真っ暗になるがもう恐怖も絶望も憎しみも殺意も無い。
ただ純粋に俺はこの力を護りたいものを護るために使う。
憎しみを抱くものを破壊するためにこの力を使うんじゃない。
黒い破壊のオーラが弾けた瞬間、俺の姿があの時と同じ格好になるけど俺の中にはもう殺意や憎しみと言った感情は無い。
「リム、決めるぞ」
「どちらが正義か、悪か……そして破壊と創造の決着を!」
その場から同時に駈け出す。
「えあぁぁぁ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
破壊の拳と創造の拳がぶつかり合った瞬間、周囲に二つのオーラが放たれた。