第五十四話
平和な日常というものはあっという間に消え去り、崩れ去る。
世界の破壊者が消えるべきか、それとも世界の創造者が消えるべきかという争いが発生した時、多くの人間は世界の破壊者が消えるべきだというだろう。
破壊は悪で創造は正義、確かにそれは一理あるかもしれない。
だがそれはあくまで言葉だけの評価であり、その人物の評価までは入っていない。
世界は一体どちらを取るのか、そしてどちらを消し去るのか。
それを決めるのは人類でもなければ神でもない。
戦いあう二人だけである。
――――――☆――――――
異変は俺が起きて朝飯を食べるためにイリナ、そしてアンナと一緒に学食へ向かったときだった。
俺が入るまではいつもの騒がしい声が聞こえていたのに何故か、俺が入るや否や一気に騒がしい声が聞こえ、食堂の中が静かになる。
これは別に前にも一度、体験していたからなのか二回目の今回は特に思わなかった。
ただ一番気になったのがみんなの俺を見る目。
どこか恐ろしい物でも見ているかのような目をして皆、俺のことを見てくる。
「何これ。あんたなんかしたの?」
「してねえよ」
「例えば女の子の下着を盗んで顔に被って暴れたとか」
「それマジで思ってるならまず俺に謝れよ」
普段通り、朝飯を木の板に乗せて開いている席を探しているとちょうど真ん中あたりに席が四つ開いていたのでそこへ座ろうと歩き出す。
椅子を引こうと背もたれを掴んだ瞬間、背もたれが消滅するように破壊されてしまった。
やっべ……意識せずに触れちまった…………。
ふと周囲を見た時、全員が俺の方を見ながらコソコソと隣同士で喋っている。
「あーもう! あんたら鬱陶しいわね! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
「朝からカリカリする女性は嫌われますわよ」
「ま、まあとりあえず落ち着けって」
椅子を引き、座った瞬間、一瞬だけ両隣の女子から小さな悲鳴のような物が聞こえ、横を見て見るとプイッと俺から視線を外す。
……そう言えばこの前の食堂でもそうだけど授業中も俺が無意識のうちに触れて破壊した時にみんな今みたいな目で見てきたよな……。
そんなことを考えながらフォークに触れた瞬間、一瞬だひんやりとした感触が指から伝わってきたので見て見ると手袋に指の腹が丸見えになる程度の穴が開いている。
……今日、念には念をってことで二枚重ねてつけてきたのに二枚とも……それよりもこの手袋つけてまだ三十分しか経ってないんだぞ。
今までこんなことは無かった。
試しに意識しながらナイフに触れた瞬間、持ち手の部分が消え去った。
無意識のうちの触れた場合は破壊してしまい、逆に意識しながら触れた場合は何も破壊しなかったのに何で今は意識しながら触れても破壊されるんだ。
「ユージさん? どうしましたの?」
「い、いやなんでもない……ちょっと俺、部屋で食ってくるわ」
椅子を引き、テーブルについて立ち上がろうとしたその瞬間、テーブル一つが一瞬にして破壊されると同時にテーブルの上に置かれていたみんなの木の板や皿が一気に破壊され、食堂にみんなの叫びや悲鳴が木霊し、騒然とする。
な、なんなんだよ……い、今までこんなことなかったのにっっ!?
その時、ようやく皆が俺を見ている目が何なのか理解した。
―――――――みんな、俺のことを化け物とみているんだ。
触れただけで破壊する俺のことを皆、まるで化け物のように見ているんだ。
「ちょっとユージ!」
「ユージさん!」
二人の静止も聞かず、食堂から飛び出し、みんなの目が届かない所へと走っている最中、視界に黒い粉のような物が上がってきたのが見え、視線を下におろすと二枚重ねしていたはずの両方の手袋がチリチリと火の粉が飛ぶようにして破壊されていく光景が映る。
手からは俺の意思とは関係なしに黒い炎の様なものがにじみ出ている。
「な、何なんだよこれ……いったい何が起きてるんだ」
――――――☆―――――――
「あいつ一体どこに」
「おーいイリナちゃーん!」
二人が後ろを振り返るとミウォルが一つの水晶を手に二人のもとへと駆けてくる。
「どうしたんですか?」
「あ、あのさっきの騒ぎを聞いてもしかしたらって思って。実は最近、私たちの間で広まってるものがあるの。とにかくこれ見て!」
ミウォルがそう言いながら手を水晶にかざした瞬間、水晶に魔力が通され、空間に映像が映し出されるとそこには帝国でのユージのあの姿が映し出されていた。
破壊のオーラそのものと言えるような状態に陥ったユージが帝国国王と激しく戦っている様子が映し出されており、最後はユージが元の姿に戻ったところで映像が切れた。
イリナはその間、意識を失っていたために記憶がないがアンナははっきりと覚えていた。
「で、これが何よ」
「これが皆に出回ってるの! 先生も含めた皆に!」
「……私たちに届いていないという事は明らかに作為がありますわね」
「最初は皆、ちょっと怖いねってことになってたんだけど元の姿のユージ君が触れた物を破壊したっていう話が皆に広まって怖いねっていうどころじゃ済まなくなったの」
「いつよ……いつからこれが」
「ちょうど帝国からイリナちゃんたちが帰ってきたくらい」
それを聞いたアンナの頭の中にリムの姿が出てくる。
奴のユージの周囲の環境が激変する、という発言から考えれば今の状況はまさしく奴が言っていたことを表している。
「それでさっきの騒ぎでもう本当にみんなの中では怖い存在になっちゃったの……何もせずに遠ざかるならまだしももしもこれが」
「排斥する形に変わっていったら最悪ね」
「ここは貴族が集まる魔法学園……彼の話を聞いた当主たちが何も言ってこないとも限りませんし」
「ど、どうしよう……先生に」
「先生に言ったとしてももうあいつらは抑えられないわよ……」
『サバティエル魔法学園の諸君』
直後、外からそんな大きな声が聞こえ、窓の方を見るとユージ、そして二人の人物の姿があった。
――――――☆――――――
突如、俺の中で何かが膨れたような圧迫感を感じ、まさかと思って校舎の外へ出ると案の定、そこにはリムとフレイヤ・プロメテウスの姿があった。
リムは口元に小さな魔法陣を展開し、喋りだすとまるで拡声器を使っているかのように音が大きくなって学園中に響き渡る。
『今から君たちの意見を聞きたい。至急、学園の外へ来てほしい』
「リム! お前何をする気だ!」
「前に言っただろ? ワールド・ブレイクとワールド・クリエイト、相反する二つの存在は同じ一つの世界に存在しちゃいけないんだ。僕たちは闘いあう宿命にある。そして今、その時だ。僕の準備が完璧に終わり、君との決着をつける時が来たんだよ」
「決着……闘うっていうのか」
俺がそう言ったのを聞くや否やリムは笑みを浮かべて首を左右に振り、それを否定する。
破壊と創造は同じ一つの世界に存在できないんだったらどちらかが倒れるまで戦うことでしか生き残る方は選べないだろ。
「僕はそんなスマートじゃないやり方はしない。どの道、戦ったとしても世界が荒れるだけだ。僕はね、トコヨ君。この世界を新しく作り替えたいのさ。既に存在している民、そして未来、生まれてくる民とともに魔法の無い世界を作る。世界には民が必要だ。民なき世界は存在しえないんだよ。なのに民を消すほどの戦いをしてしまえば世界を作り替える意味がないだろ?」
「じゃあどうやって選ぶんだよ」
「だからそこでサバティエル魔法学園の生徒たちに聞くのさ」
そう言いながらリムが俺の後ろの方を見たので振り返ってみると校舎の全ての窓が開いており、そこから溢れんばかりの生徒たちが身を乗り出すとともに何人かは校舎から外へ出ていた。