第四十七話
帝国事件と今は呼ばれるようになっているあの事件から早一週間ほどが経過した。
あの一件により帝国は同盟三カ国の共同自治対象に認定され、生存している国民の洗脳を解くためのカウンセリング、そして凶精霊一掃と治安維持のための治安維持部隊が派遣され、帝国国王の意見だけを反映するという独裁だった政治制度を一新させてまた新しい制度を考えるらしい。
そして帝国に寝返った騎士隊の再編成も進んでおり、破壊された王国の王宮も修復作業に入っていて王都内はどこも修復工事が行われている。
そして変わったことがもう一つ。
「…………なんなんだよこれ」
起きてから三十分ほどが経過しているが俺は目の前の現象に驚きを隠せないでいた。
普段通り、手袋をつけて寝ていたのに起きて手袋を見て見ると既に半分以上が消滅したように破壊されており、ほとんど手袋の機能をはたしていない。
そして手からは黒いオーラのような物が溢れ出ており、まるで煙のようにたなびいている。
「もしかして」
目を閉じ、頭の中でオーラを球体の形へと変わるさまを想像し、目を開けてみると予想通りに黒いオーラが球体へと変化していた。
もしかして前回の暴走を期に俺の魔法が新しい段階に入ったのか……別に触れなくても破壊できるようにはなったんだろうけど力そのものが強くなってる……この手袋だけで押さえきれるのか?
そもそも意識の無い睡眠中でさえこんなありさまだろ……学園長に相談するか。
「手袋手袋っと。そう言えば学園長から大量に貰ったんだよな。えっと適当にこれ」
木箱に入っている手袋を手に取った瞬間、音も無く静かに手袋の指の部分が消滅するように破壊され、残った部分も数秒足らずで完全に消滅してしまった。
試しにもう一つとってみるとさっきと同じように触れた部分が消滅するように破壊され、残った部分もまるで残り火に燃やされるかのように破壊された。
…………これヤバくないか。
「破壊しない破壊しない……絶対に破壊しない」
口に出してそう言いながら木箱から手袋を出すとようやく破壊されなくなった。
今まで意識しなくても破壊していなかったものまで破壊するようになったのか……いつも破壊しない様に意識しながら生活するなんて結構難しいぞ。
「おはようございます、ユージさん」
「うぉ!? い、いきなり入ってくるなよ。ノックしろよノック」
「しましたわ。ですがあなたから反応が無かったので」
「そ、そう」
多分、こいつの旦那さん、エロ本も読めなくなるな。いきなり唐突に部屋にやって来られたらエッチな本を読んでニヤニヤもできないぞ。
「それにしても凄いことになりましたわね」
「あぁ、見てたのか……多分、前の暴走のせいだと思う」
イリナが傷つけられたことで俺の魔法が暴走を起こし、意識はあったけど体は誰かに操られでもしていたのか全く意思とは異なる行動をしていた。
暴走前は逆に圧倒されていた存在をたった俺一人で圧倒するほどの力……魔法で暴走形態があるなんておかしな話だ。
これはもうどちらかと言えば魔法というよりも異能に近い。
「とりあえず一回、学園長に会ってくるわ。このままじゃ日常生活に支障が出るしな」
「ですわね。ペンも教科書も破壊されますし」
「一応、集中していればいいんだけど毎回毎回集中できないしな……とりあえず行くか」
イリナと共に部屋を出て学食へと向かう途中、何人かの奴らとすれ違うがどこかいつもとは違う雰囲気を感じた。
いつもは楽しそうに喋っているのに何故か今日は重苦しいというか暗い感じを醸し出して友人と喋っている風に見えた。
何かあったのか……あ、もしかして成績が足りなくて留年するかもしれないっていう話し……な、訳ないか。まずこのサバティエル魔法学園に入学出来ている時点で留年と無縁の成績の奴らばかりだし、仮に留年するかもしれない状況になってもクエストで頑張れば何とか挽回は出来るし。
そんなことを思いながら食堂へと入った瞬間、思わず立ち止まってしまう。
いつもなら騒がしいはずの食堂、何故か今日だけはいつもよりもおしゃべりのトーンが下がっているような気がしてたまらない。
「っと。やっちまった」
「はぁ。持っていきますから席を取っておいてくださいな」
「ああ、悪い」
食器を取ろうとした瞬間、粉々に砕けてしまったのでイリナに頼み、空いている座席を探しに行くとちょうど端の方が空いていたのでそこへ座ると何故か隣の人が距離を開ける。
……いつもなら気にしないんだけどこの静けさの中やられたらなんか気になるな……マジでなんか皆あったんだろうか。
そんなことを思っていると手元でガシャンという音が聞こえ、テーブルの方を見るといつの間にか二人分の食事が置かれていた。
流石はイリナ、一瞬でもってきてくれる。
「ありがとな、イリナ」
「どういたしまして」
『イリナ君、トコヨ君』
微妙な雰囲気の中、朝飯を食べ始めようとしたその時、頭の中で響くように女性の声が聞こえ、思わず周囲を見渡してしまう。
そうだ、これはテレパシーを使ってるんだった……もう魔法じゃなくて超能力にするべきだよな。
『今すぐ学園長室へ来てください』
そう言われ、俺達は急いで朝飯を胃の中に詰め込み、食堂を出て学園長室へと向かうが何故か後ろの食堂から普段通りの騒がしい声が響いてくる。
俺が出てから騒がしくなったってことは俺が入ったから静かになったのか? まさかな。
そんなことを思っているとイリナの瞬間移動によって一瞬で学園長室へと転移し、目の前に学園長の姿が映る。
「急に呼び出してすまない」
「何かあったんですか?」
「あぁ……アンナ・プロメテウスの場所が分かった」
ア、アンナの場所が……ここはもう迷っている場合じゃねえ!
「それでどこなんですか」
「うむ……だが実は新たに結成された騎士隊もフレイヤ・プロメテウスを追ってそこへ向かっているのだ。このまま行けば確実に二人とも拘束されるだろう」
もしもアンナもフレイヤも拘束されて牢屋にれられたとしてもアンナはすぐに釈放されるだろうけどフレイヤは即刻死刑にされる可能性が高い。
もしもフレイヤが死刑にされれば自分の手で殺せなかったアンナはどうなるんだ……。
「騎士隊よりも先に彼女のもとへ辿り着く必要がある。もしも自分の手でフレイヤを殺せなかった彼女は下手をすれば指名手配されるほどのことをしでかすかもしれん」
「…………学園長」
「行ってきたまえ」
「ありがとうございます。イリナ、頼む」
「分かりましたわ」
「場所はビブリオ王国内にあるサベナ平原だ」
「その少し手前の場所になら」
「頼む」
―――――☆―――――
ビブリオ王国サベナ平原、そこは一年を通して様々な花が咲き誇る観光名所でもあり、ビブリオ王国でも人気のスポットであり、保護地区にも指定されている。
だが花が咲き誇っているのは平原の十パーセントにも満たない小さな場所で会って残りの九十パーセント以上はただの荒れ地である。
その荒れ地に二人の赤い髪の女性が対峙していた。
「見つけたわよ。フレイヤ・プロメテウス!」
「もうアンナちゃんそんな怖い顔しちゃ皺が増えるわよ」
「黙れ! 今こそ母さんと父さんを殺した罪をその命で償わせてやるわ」
「無理よ。アンナちゃんに私は殺せない。アンナちゃん、今まで私に勝ったことないじゃない」
「今までのあたしと一緒にするな……あんたを肉片一つ残さずに焼き殺す!」
アンナとフレイヤが互いに魔法陣を展開した瞬間、そこから炎が噴き出し、周囲を一瞬にして炎の海にした。