第四十五話
「なんじゃ。来たのは貴様らガキどもか」
どうやら相手は強い奴との戦いを望んでいたらしく、俺達の姿を見るや否や大きくため息をつき、担いでいる身の丈以上の巨大な斧を床に叩き付け、巨大な穴をあける。
初老な感じがするのにいったいどこにあんなものを持ち上げるバカ力があるんだよ……今は女王陛下たちを救出するのに集中しないと。
「小童を殺すのにわしは後悔などせぬ!」
帝国王がその場から駆け出した瞬間、俺達はその場から飛び退く。
直後、凄まじい爆音とともにいくつもの床の欠片が飛び散り、王宮の床に巨大な穴が開く。
あの巨大な斧の一撃を喰らいでもすれば真っ二つで即死だな。
先生が帝国王に向けて手を向けた瞬間、強化された重力が相手の全身に圧し掛かり、地面に押しつぶそうとするが帝国王は苦痛に顔をゆがめることすらせず、先生に向かっていく。
「ぬぁぁぁぁ!」
「うぉぉ!?」
背後から飛びかかり、殴りつけようとした瞬間、後ろを振り向くと同時に扇で仰ぐかのように斧を大きく振りまわし、強風を生み出して俺を一瞬で吹き飛ばす。
どうにかして受け身を取るが目の前に巨大な何かが見え、慌ててその場から転がるようにして退いた瞬間、爆音とともに衝撃が走り、壁に打ち付けられる。
くぅぅ! 至近距離で喰らえば衝撃だけで壁に叩き付けられるほどなんてどれだけの衝撃を会の両腕だけで生み出してんだよ! でもイリナが女王陛下たちを救出している間は俺達で帝国王を足止めしなきゃいけない! 弱音なんて吐いてる場合じゃねえ!
「どうした小童共! わしを倒すのではなかったのか!?」
「うぉぉ!?」
その場で帝国王が回転し始めたかと思えば、周囲に強烈な暴風がまき散らされ、その場から飛ばされない様にするのが精いっぱいで動くことなんてできない。
「隙だらけだ!」
「ぐおぁぁ!」
「ユージ!」
隙だらけの腹部に斧の持ち手の部分で突かれ、そのまま壁に穴が開けられるほどの衝撃で壁に叩き付けられ、口から血反吐が出る。
斧の持ち手に触れようとした瞬間、相手の足が勢い良く伸び、壁に抑えつけられる。
こ、こいつ俺の魔法を知ってる!?
「貴様の魔法は聞いている。だが触れなければ問題は無い!」
確実に先生に重力魔法で考えられないほどの重さの重力がかかっているというのに相手はそんなこと気にも留めずに俺の顔面を殴りつける。
な、何だよこの一撃……あ、頭が揺れる……。
凄まじい衝撃で脳震盪でも起こしたのか吐き気がこみあげてくるとと同時に視界が揺らぐ。
「ぬぉ!?」
突如、相手の体が浮かび上がったかと思えばそのまま風船のように上がっていく。
なるほど、重さじゃ無理だと判断して重力を無くして無重力にして相手の体を浮かしたってわけか……にしてもあいつの一発一発が一撃必殺みたいな威力だな……腹も痛いし。
「ゲッホッ!」
吐き気がこみあげ、大きくせき込んだ瞬間、今までに見たことが無いくらいの量の血反吐が口から吐き出され、地面を赤く汚す。
これ絶対に内蔵いかれてるだろ……イテェ……こんな痛み初めてだ……でも痛み程度で動けなくなってちゃダメだ……女王陛下を助けに来たんだろうが!
その時、目の前で爆音が響き、慌てて顔を上げてみるとさっきまで上空にいた帝国王の姿が無く、地面に大きな穴が開いており、周囲の地面に亀裂が走っていく。
上空にあげた後、一気に重力を増加させて地面にめり込ませたのか。
「うわっ!?」
「無駄無駄無駄! 貴様ら小童が何人束になろうがわしには勝て!」
莫大な魔力を全身から迸らせている帝国王が先生の重力を振り切って、地面に空いた穴から飛び出して上空に滞空する。
腕力も人外、魔力も人外の量を誇るってこいつ本当に怪物かよ! イリナもまだてこずっているみたいだし、俺達がどうにかしないといけないんだ!
「えあぁぁぁぁ!」
「がぉぉぉ!」
相手が上空から地面に向かって大きく斧を振り下ろした瞬間、凄まじい衝撃波が上空から俺達を押し潰す勢いで放たれ、俺もグラン先生も地面に叩き付けられる。
くそっ! なんであいつ先生の重力魔法の中を普通に動けてるんだよ! 俺みたいに何か別の物で魔力を弾いているのか、それとも魔法自体を破壊しているのか。
多分前者だ。後者は相手がそんな行動を見せていないからないだろ…………まさかあの鎧か? 確かに重力を増加させられていてもあいつの体は少し沈んだだけ……もしもあの鎧がある程度の魔法は向こうにする力を持っていたとしたら。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
「何をする気だ!?」
先生の静止を無視し、俺はひたすら帝国に向かって駆け出していく。
「ふん。その威勢だけは認めてやろう。威勢だけは!」
相手が全力で振り下ろし、こちらへ放ってきた衝撃波をその場から横へ飛び退いて回避し、そのまま相手に向かって突き進んでいく。
ほとんど吹き飛ばされたようなもんだけど当たらなければ問題は無い!
「っっしまっ!」
「終わりだぁ!」
もう少しのところでさっきのダメージが足に来たのかふらついてしまう。
振り下ろされてくる斧を破壊したとしても衝撃が襲ってくるので俺結局死ぬ……くそっ!
衝撃に備え、目を閉じたが痛みも衝撃も来ないのでゆっくりと目を開けてみるとどこかからか伸びている鞭が斧に絡まっている。
この鞭……まさか!
鞭が伸びている方向を向くとそこには赤い髪に眉間に皺を寄せたアンナの姿があった。
「ここにフレイヤ・プロメテウスがいるからってことで来たのにいないじゃない……」
「アンナ!」
「そうか……貴様、フレイヤの妹か」
「ええ、そうよ!」
アンナが手で鞭を弾いた瞬間、鞭の先端が大爆発を起こし、絡んでいた斧を木っ端微塵に破壊する。
今しかない!
足に力を入れ、帝国王の鎧を殴りつけた瞬間、破砕音とともに鎧が砕け散り、鎧の下にあった帝国王の素肌が見え、そこに向かってポケットから取り出した紙を握りしめた拳を突きだす。
この一撃で終わらせる!
「き、貴様!」
「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の魔力を紙に込めた瞬間、紙に封じられていた魔法が発動し、連重魔法が放たれて帝国王に直撃し、王宮の壁に叩き付け、さらにそのまま王宮の壁を粉々に破壊しながら押し込んでいく。
これがあんたが小童だと下に見ていた俺の先輩の魔法の力だ! 鎧の下にある素肌に食らえばいくらお前でも無事じゃすまされないはずだろ!
さらにアンナのいくつもの炎の槍も帝国王に向かって放たれ、次々と着弾しては大爆発を起こす。
やがて紙に込められた魔力が途切れるとともに魔法が解除され、紙に描かれていた魔法陣が消滅し、紙は灰となって消滅した。
「ハァッ……げほっ!」
大きくせき込んだ瞬間、先程と同じように血反吐が口から出て地面を赤く汚す。
も、もうマジで限界だ……。
足に力が入らなくなり、両膝を地面に付き、何とか手をついて倒れることだけは避けたが全身のいたるところがズキズキと痛む。
持ち手の部分による突きとはいえ、相手のあの巨大な斧の一撃を貰い、さらには顔面をあいつの怪物染みた力で殴られて無事な方がおかしいくらいだ。
もしもあの一撃一撃が当たり所の悪い一撃だったら俺は確実に死んでいた。
「トコヨ君」
「せ、先生……お、終わったんすかね」
「死んではいないだろうが少なくとも鎧の無い部分に至近距離から直撃したんだ……大きなダメージは免れない。仮に君が脱落したとしても私とアンナ君、そして女王陛下たちがいれば問題は無い」
後ろを見るとすでにイリナによって救出された女王陛下たちの姿が見え、ホッと一息ついた。
「よっ、アンナ。久しぶり」
「…………そうね」
「フレイヤ・プロメテウスを追ってきたんだろ? 今は何も言わねえよ……ありがとな。戦いに入ってくれて。お前のお蔭で死なずに済んだよ」
「……………」
まぁ、とにかくこれで全て終わったな。
――――刹那、目の前に誰かの姿が入り込んだかと思った直後、大量の血しぶきが舞った。
――――――何も言葉が出なかった。
――――――目の前に誰かが立ったかと思ったらすぐに血しぶきが舞った。
―――――ゆっくりと俺の方に倒れてくるそいつを抱きかかえる。
「イリ…………ナ」
―――――☆―――――
彼女の腹部からは大量の血が流れ出て俺の服、手、そして地面を赤く汚していく。
彼が何が起きたのかまだ理解できていない中、向こうの方から足音が聞こえ、ゆっくりとその顔を上げるとそこには血だらけになりながらもまだ生きていた帝国王の姿があった。
「あの至近距離で受けてまだ生きてるなんてね」
「鎧の下にも魔力の膜を張り巡らしていたのか」
二人が何か喋っているが彼の耳に入っても左から入っては右から抜けていく。
必死に血が出続けているイリナの腹部を抑えるがちっぽけなほど小さい彼の手では押さえただけで流れ出る血の勢いが止まるはずも無くドンドン血は流れ続けていく。
彼の後ろから慌てた様子のビブリア王国女王とヴィヴァイン王国の女王が駆け寄り、ビブリア女王が治癒魔法を発動させ、イリナの傷を癒していく。
「間に合うか」
「微妙なところです。傷は癒せてもその間に流れ出ている血が多すぎる」
「帝国王! 貴様男としての誇りも無いのか!?」
「誇り? あるとも! このわしが全世界の頂点に立つ男だという誇りはある! その誇りを傷つけようとする者がいるのであれば子供だろうが女だろう関係なく殺す!」
ビブリア女王とヴィヴァイン女王がイリナを後ろへと運んでいる最中、彼女の手から血濡れたメモ用紙サイズの紙が落ちる。
彼はそれを拾い、見て見るとそれはサバティエル魔法学園を出る前にミウォルから貰った魔法が刻まれた紙だった。
(そうだ……先輩から貰ったものはイリナが持ってたんだった……イリナだけ分かっていたんだ。透視魔法で帝国王が魔法で俺を狙っていることが……だから自分だけ瞬間移動で転移させて俺を庇った……俺のせいだ……俺があの時、二人から貰った紙を持っていたらイリナがああなることはなかったんだ…………それ以前に……あいつが……あいつさえこんな騒動を起こさなかったらイリナがこうなることはなかったんだ! あいつがいけないんだ…………あいつさえ存在していなかったら!)
直後、凄まじい爆風が俺達に向かって放たれ、全員が一瞬にして吹き飛ばされる。
そこには鎧を脱ぎ捨て、全身に凶精霊を寄生させた異形の姿をさらしている帝国王の姿があり、全身からは凶精霊から漏れ出て肉眼で見えるほど濃い魔力のオーラが放たれている。
「フハハハハハ! 貴様らの国で配っていた凶精霊など粗悪品! 我ら帝国の技術を以てすれば一切デメリットの無い凶精霊を作ることなど容易い!」
「凶精霊によるデメリット無しの強化……人間を捨てたな。帝国王」
「人間を捨てる覚悟があるものがこの世界の頂点に立つのだ!」
グランの皮肉を込めた一言も今の帝国王には届くことは無かった。
そして誰にも気づかれぬまま常夜雄二はゆっくりと地面に向かって倒れていく。
全ての原因である帝国王の姿を視界に入れながらも彼はそのまま倒れていく。
もしも自分に今、受け入れがたい現実を破壊できるほどの力があればどれだけ嬉しいか、今、目の前に立っている邪魔な存在を存在の証明すら破壊するほどの力があればどれだけ喜びを感じながらその力を発揮するか、想像するにはそんなに難しくは無かった。
彼が願うのはただ一つ―――――――破壊のみ。
ただそれだけである。
――――――☆―――――――
『破壊したい?』
あぁ、破壊したい。
『塵一つ残さず、存在を証明するもの一つ残さないほどの破壊を望む?』
あぁ、望む。奴の存在を証明するすべてを。
『そっか……君もようやくここまで来たんだね。じゃ……破壊しようか』