第四十三話
バーン帝国からの宣戦布告にも似た演説から一日が経った早朝、俺とイリナが学園長に呼ばれたので学園長室へ行くとフレイヤ先生・グラン先生の二人がいた。
「あ、あのこれは」
「会議の結果……女王陛下を救出へ向かう事になった」
「……俺達が呼ばれたのって」
「君達にもついてきてほしい。イリナ君は景色さえ頭に入っていればそこへ移動できるし、トコヨ君はどんな魔法でも触れれば破壊できる。それが呪いであったとしても。君たちの魔法は救出において重要な役割を担うと判断したんだ」
確かに俺の魔法は使用者の中に入って取り除くのは無理だと言われていた凶精霊を直接触れずとも使用者に触れるだけでは完全に破壊し、イリナの魔法は学園長の言う通り、景色さえ頭に入っていればそこへ人数に関係なく瞬間移動できる。
相手に悟られることなく相手の領土内に入ることも可能だという事。
……俺達が女王陛下を助けに行くなんて言う任務に……。
俺と同じ感覚なのかイリナも少し驚いた様子だけど既に返事は決まっているのか落ち着いている。
「無理は言わない。君たちが嫌だというのなら」
「いいえ、行きますわ。私の魔法がお役に立てるのであれば」
「俺も……俺も行きます」
「そうか……派手に突入はできない。同盟二カ国が帝国内のスパイと連絡を取り合っている。帝国内の景色が入手出来次第、イリナ君の魔法で一気に帝国へと飛ぶ。協力者と帝国内で合流したのち、囚われている各国の王を救出する。行動はこうだが現地で変わることもある。今は授業も中断しているので君たちもやるべきことをやっておいてくれ」
多分、先生の言っているやるべきことは親御さんとかに連絡しろよって話だよな……特にイリナの家は王族の歴史に血を残した名家中の名家だ。
王がいない今、イリナの家が一番の権力を持っていると言っても良いくらいだ。
その当主がふざけるな、自分の娘をそんな危険な場所に連れていくわけにはいかないと言えばいくら学園長だって従わざるを得ないはずだ。
イリナのことを深く愛しているあのお父さんのことだ……どういってもおかしくない。
イリナは深々と頭を下げ、学園長室から出ていく。
俺もその後を追って学園長室から出ていき、彼女を追いかけていく。
「イリナ、本当にいいのか?」
「…………私はあくまで皆さんを運ぶだけ命の危険はほとんどないですわ……今からお父様のところへ行きますがあなたも来ますか?」
「……頼む」
そう言うとイリナに手を握られ、直後に一瞬だけ視界が歪んだかと思えばイリナの豪邸のリビングへ一瞬へ移動し、景色にお父さん、そして姉妹の姿が映る。
全員、突然の帰還に驚いた表情を隠せないでいた。
「イリナ。どうしたんだ? 急に帰ってくるなんて」
「……お父様。ご報告があります。私は……女王陛下救出の任に着きます」
「…………そうか」
親父さんは深く息を吐き、少し間を開けてそう言った。
帝国の演説はこの国全土に広がっている……イリナの魔法の有用性を一番理解しているのは父親であるこの人だ……呼ばれるのは理解していたんだと思う。
お父さんはゆっくりと立ち上がるとイリナを優しく抱きしめた。
「必ず帰ってきてくれ。イリナ」
「……はい。必ず」
……なんとなくだけどイリナがうらやましく見える……アンナもああいう感じのことを見たら懐かしがってんだろうか…………俺の場合もそうだけどもう二度と会えないと言っても差支えないからな。
家族以外の奴がいるのもあれなのでゆっくりと部屋から出て家のドデカい玄関の前に座り込む。
ふぅ…………まさかこの年で戦争に近いものを経験するなんてな。
「何格好つけてんのよ」
そんな声が聞こえ、後ろを振り返ると呆れた様子のアリナさんとクスクスと面白そうに小さく笑みを浮かべているエリナさんの姿があった。
「ア、アリナさん」
「貴方も行くんでしょう?」
「まあ……行きます」
「お姉さまがどうしてもっていうから」
「言ってないわよ……確かにあんたの魔法は役立つし……でもまさか平民が選ばれるなんてね」
また平民が~ってか……。
「あたしが鍛えた甲斐があったってわけね」
「あたしたち、では?」
「……そうっすね。アリナさんとエリナさんに鍛えてもらったおかげです」
「ま、あんたも無事に帰ってきなさいよ。お父様もあんたのこと気に入ってるし、またあんたに受けさせたいクエストは山ほどあるし」
夏休みで消化しきれなかったって言ってたけどまさか冗談じゃなかったのか……てっきりいつもの冗談だと思っていたんだけどな。
でも……俺の魔法が役に立って女王陛下を救出するうえで役に立つっていうんだったら俺はその役立つ力を大いに使って救出したい……それに向こうの世界じゃこういう人よりも前に立って大きなことをやるっていうことを避けてきたからな。
「ユージさんもご無事で帰ってきてくださいね。また一緒に鍛錬しましょう」
「は、はい」
エリナさんと一緒に鍛錬か~……肉離れみたいな地味だけど痛い怪我だけはしたくないな。あの人の鍛錬の仕方えげつないレベルだからな。
普通だったら押しつぶされるほどのレベルで増加させた重力魔法の中で強化魔法で肉体を強化するだけで相殺できるのって多分、エリナさんくらいだろ。
しかもそれで見た目が変わらないっていうのがまた凄い。抑えてはいるけど中身は全力ですよ、みたいな本物の強者って感じがして。
「でも気をつけなさいよ。帝国は魔法至上主義者が王に立っているし、超常魔法以外は認められないっていう国だし、まだ公開していない魔法だってあるかもしれないわ」
「超常魔法は予想がつかないことを現実にする魔法。何があってもおかしくないという事を頭に入れておいてください」
「はい…………絶対に帝国の王様をぶっ倒して女王陛下を救出してきます」
破壊してやる……この国を巻き込んでデカい戦争を起こすっていう考え方をな。
――――――☆――――――
「…………帝国が遂に本性を現したってことね」
「ゆ、許してぇ」
赤い髪を風に揺らしながら全身に大やけどを負っている男の背中を踏みつけている女性が曇天模様の空を眺めながら静かに呟いた。
その女性はある目的のために一人で活動しており、もうすべてを捨ててきた。
女性に踏みつけられている男は以前、フレイヤ・プロメテウスと行動したことがあるという噂のある犯罪歴が真っ黒の男。
訪ねてきた彼女に襲い掛かったがたったの一撃で全身にやけどを負わされた。
「安心しなさい。死にやしない程度よ……フレイヤ・プロメテウスはどこにいるか知ってる?」
「げほっ! や、奴は……て、帝国の……男と一緒に」
「帝国の男……あぁ、あの白髪の」
アンナがそう言った瞬間、男は首を上下に振る。
それを見たアンナはポケットから魔法陣が刻まれているメモ用紙サイズの紙を大量の男性に振りかけるように放り投げると魔法陣が輝き、男の傷が癒えていく。
「帝国…………フレイヤ・プロメテウス……今度こそあんたを殺す」