第三話 入学式と行事 その2
「ほら、あれ見て」
太い木の幹を壁にしてアンナが指差している少し先の方に集まっている連中を見てみるとその手にはいくつもの評価石があり、パッと見でも十個はありそうな感じだ。
もしかしてこいつ、他の連中が評価石をいっぱい集めた時に行動を開始して他のチームをブッ飛ばしてその評価石をかっさらうって話か。
確かにそっちの方が効率は良いんだろうけど大丈夫なのか?
「あいつらから奪うわよ」
「でもどうやって。こっち編入生一人と瞬間移動の魔法を使う奴だぞ?」
「瞬間移動以外にも使えますわ」
「こりゃ失礼。で、どうするんだよ」
「とりあえず、イリナ。私とこいつをあいつらの頭上に転移させて」
アンナに言われてため息をつきながらイリナが俺達の手に触れた瞬間、一瞬だけ景色がぶれたかと思えば一瞬の浮遊感の後、一気に体が落ちていき、真下にはまだ気づいていないあいつらがいる。
「吹き飛びなさい!」
アンナの手が炎に包まれ、付きだされると同時に握り拳の形をした炎が気付いていない奴らに直撃し、大きな爆発を上げるとともに奴らを吹き飛ばす。
だ、大丈夫なのか実力行使で奪っても……まぁ、今はアンナに従うけど。
二人は一瞬で気絶、もう一人はまだ意識があった。
「卑怯者が!」
「ルールに相手を襲うななんて書いてないわよ!」
「落ちぶれ貴族の癖に上級貴族に刃向うんじゃねえよ!」
直後、アンナから凄まじい勢いの爆風が放たれ、周囲の地面を抉り、木々を大きく揺らす。
あの一言でこいつ、絶対にブチギレただろ……でも落ちぶれ貴族ってなんだ……よく分かんねえけどここはあいつを止めなきゃ相手を殺しかねないぞ。
「だから何? あんたに関係ないでしょうが!」
「うるさい!」
相手は目の前の青く輝く円陣を展開し、そこから大量の水を俺達に向かって放ってくるがそれと同時に展開された赤い円陣から炎が噴出し、一瞬にして水が蒸発し、周囲を大量の水蒸気が包み込む。
今のうちに評価石を回収しておくか。
気絶して倒れている奴のポケットを探ると評価石を見つけたがどうやらこいつらは分けて持っていたらしく二人合わせて二個しかなかった。
残りはアンナと戦っている奴がもってるってことか。
「ふぅ……こんなド派手な戦いを初日からするなんて野蛮な方々ですわ」
「イリナ……これ持っといてくれ。後、俺を相手の背後に移動できるか?」
「まあ、一応は出来ますが動いているものの背後に移動させるのは難しいですわよ? なんせ毎度毎度、景色が変わりますし」
「じゃあいつが動きそうな場所で良い」
「それでいいのなら」
イリナが俺の手に触れた瞬間、景色が一瞬だけぶれた。
そして右側から相手が向ってくるのが見え、水蒸気でうっすらとだけ見えている影に向かって殴り掛かると何かにぶつかるのを感じるとともに破砕音が周囲に響く。
「なっ!? 防御膜が!?」
「うらぁ!」
「いごぁ!」
相手の腹部に拳を突き刺すとそんな呻き声を上げ、数歩後ろへ下がった瞬間、相手の左右に赤い円陣がいくつも出現し、そこから炎の柱が放出され、一瞬にして相手を飲み込んだ。
お、おいおい。あんな勢いのある炎の柱で飲み込んで大丈夫なのか?
そんなことを思っていると火柱が消え去り、水蒸気の煙も風によって運ばれていき、視界がクリアになると少し先に倒れている相手の姿があった。
「十八か……中々集めてるわね。これでユージが集めたものを含めて二十。やりぃ」
「な、なあ。相手大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。こっちへ転移してくる前に自動的に魔力の膜が2枚、張られてるから熱や痛みなんかは防がれてただ単に衝撃だけが伝わるようになってるから」
「そ、そうなのか……ん?」
確か俺の魔法は触れたものをすべて破壊する魔法のはず……あぁ、なるほど。喧嘩の回数が人生で七回くらいしかない俺の貧弱なパンチで相手が怯んだのも防いでくれるはずの膜が一瞬で破壊されて衝撃が生身に響いたからか。
もしもあの時、手袋したままの左手で殴ってたら怯んで無かったな。危なかったぜ。
「でも二十も集められたのは中々でしたわね……まあ、少し集めすぎな感じもしますが」
「そうよね……イリナ!」
「っっ!?」
景色がぶれた直後、凄まじい爆音とともに空に向かって巨大な火柱が立ち上り、辺りを真っ赤に照らすとともに周囲に熱風が放たれる。
な、なんだあれ……いったい何が起きたんだ。
すると立ち上っている火柱の中に人影が映り、それがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
火柱の中から出てきたのは赤いローブを身にまとい、金色の髪を紐で結んでポニーテールにしている女性で俺達に向けているその目つきは鋭い。
「なるほど。今年のジョーカーはフレイヤ先生ですか」
「ええ。去年は重力魔法のグラン先生だったけど今年は熱い私よ」
「ジョーカーってなんだ?」
「毎年、この行事に一人だけ投入される最強最悪の敵ですわ。その敵を倒すことが出来れば一年間サボっても最優秀評価で進級できるほどの評価を頂けますが負けた場合は全てのテストで満点を取っても落第するという最低最悪の評価を与えられる二つを持っている敵ですわ」
金髪の女性は嫌な笑みを浮かべながら指をパチンと鳴らした瞬間、俺達の周囲に炎が噴き出し、まるでプロレスのリングのように俺達を囲った。
要するに倒すか、倒されるかまでは逃がさないってわけか。
「どうするよ」
「倒せっこない相手と遭遇した場合、逃げるのが一番ですが……流石に炎に囲まれた状態で転移しても加工範囲を広げられて終わりですわ」
「……良いじゃない。出来るだけ戦って負けかけたら逃げれば」
随分と好戦的だな……でもそれが一番合ってるかもしれない。勝てたらそれでいいし、負けかけたら逃げればいいんだ。それにこの行事の制限時間だってそんなに長くないはずだ。
俺は両手の手袋を外す。
素人の俺がどこまでできるか分からねえけどこれが編入試験だって思えばいい。
一年間のサボり権が与えられるか、それとも留年確定の一年間を過ごす羽目になるのか……できれば前者が良いけどな。
「じゃあ、まずはこれで」
直後、先生の足元から炎が噴き出し、巨大な波となってうねりながら俺達に向かってくる。
一番最初に俺が出てその波に触れた瞬間、俺がいる部分だけ波が破壊され、ぽっかりと穴が開くとそこへアンナが瞬間的に移動し、先生めがけて巨大な火球を放つ。
が、先生が翳した手に触れた瞬間、火球が受けとめられ、火の粉となって消滅した。
要するにアンナの炎魔法じゃ先生にダメージを与えるのは難しいってわけか。
俺が後ろへと下がり、アンナが今度は前衛に出て炎の槍をいくつも周囲に浮かばせるが先生も同じように炎の槍を生成して周囲に浮かばせる。
そして同時に槍が放たれてぶつかりあい、爆発がいくつも連続で起きる。
壊されるたびにアンナは槍を補給していくけど生成スピードは先生の方が段違いに早く一本出来上がる頃には五本出来上がる勢いだ。
「イリナ!」
直後、先生の背後へと瞬間移動し、殴り掛かるが背後に円陣が展開されるとともに炎が噴き出し、俺の拳とぶつかり合って一度は炎が破壊されて消滅するが炎は止まることなく円陣から噴き出し続け、俺を押し続けていく。
一発一発は俺の方が強いけど連続で放たれたら破壊しきれないってことか!
噴き出している炎から横へ飛ぶことで脱出するがそこへ火球がいくつも放たれてくる。
「っっ! サンキュー、イリナ」
「どうも」
俺が元居た場所に火球がいくつも着弾し、大きな爆発を上げる。
イリナに移動させてもらえてなかったら俺、確実に一発は直撃していたな。
でも今ので俺の魔法に対して少し理解度が深まった。
単発攻撃は一瞬で破壊、もしくは数秒で破壊できるけど連続で放たれたり、炎のように間髪なく吐きだし続けられたら動きが止められるってわけか。
直後、先生の目の前に炎の壁から炎が伸びて集まっていくのが見え、そこに超巨大な火球が生み出されていく。
まずい、あれを放たれたらイリナでも避けきれない広範囲になる!
そう結論付けた俺は全員の足元の地面を強く殴りつけ、地面に大きな穴をあけてそこへ全員で落ちて頭を伏せた瞬間、凄まじい熱風が俺達に襲い掛かると同時に火球が通り過ぎていき、遠くの方で大爆発が起き、大量のがれきが穴に落ちてくる。
「あ、あり得ねえだろ! 核爆弾でも爆発させてんのか!?」
「破壊力だけで言えばフレイヤ先生は学園随一よ! それに炎だってあんなの全力じゃないわ」
「あ、あれで全力じゃないとかふざけてるだろ!」
「移動しますわよ!」
瓦礫が落ちてくるのが終わったと同時にイリナによって穴の外へと転移するとあまりの破壊力の大きさに開いた口がふさがらなかった。
あまりにも周囲の環境が変化しすぎている。
地面にはいくつもの大きな穴が開き、周囲に生えていた木々は一瞬にして灰となっていた。
「中々機転の利く編入生ね。破壊魔法だって聞いていたけど手加減した奴は全部破壊されるのね」
「あれで手加減とかヤバいですよ」
「紅蓮の悪魔……先生の通称ですわ」
確かにそう見える。
赤く燃えている炎をバックにして笑みを浮かべて立っている先生の姿はまさに紅蓮の悪魔。
その炎は全てを燃やし尽くすまで消えないって言われてもそうでしょうねってあっさり納得しちゃいそうな勢いだわ。
この人は現時点の俺達とは強さの次元が違いすぎて勝てる気が全くしない。
「ここは」
「そうね」
「逃げるぞ!」
俺達を囲んでいる炎の壁に向かって走り出し、俺がその壁を殴りつけた瞬間、壁に人一人分の穴が開き、その穴を通って全速力で走り出す。
「イリナ! とびっきり遠いところに転移しましょ!」
「ええ。流石に留年確定は嫌ですから。一分ほど待ってください。最適な場所へ行きますわ」
こいつもしかしてこの場所の全ての景色を暗記してるのか……凄いな。記憶にある場所は全て一瞬で行けるなんて映画リピートするとき金払わなくていいじゃん! 羨ましい!
「っっ! 伏せろ!」
後ろを振り返った瞬間、あり得ないものを見て思わずそう叫んで伏せると頭があった場所を巨大な赤い何かが通り過ぎていく。
慌てて顔を上げて前方を見てみるとそこには巨大な火の鳥に乗ったフレイヤ先生の姿があった。