第三十七話
王都へ向かう当日の朝、やけに俺はスッキリとした目覚め方をした。
試しに首をグルグルと回してみるがもう痛みも無ければ違和感も無く、リアン先輩と戦う以前の状態に戻っていた。
王都へ向かうのは今日の授業が全て終わってからで今日一日は普通に授業を受け、晩飯を食った後に王都へ向かうらしい。
毎日、治癒魔法を受けただけはある……今度、バランさんにもお礼を言っておかないとな。
いつものように制服に着替え、部屋の外へ出ると何故か壁にもたれているイリナの姿が一番に視界に入るとともに彼女と目が合った。
「お、おはようございます」
「おう、おはよ。もしかしてお見送りに来てくれるのか?」
「まさか。王都へ転移するためですわ」
「え? お前王都の景色あるのか?」
「あるも何もエルスタイン家は王族の血筋に血を残した家。私も八歳までは王都に住んでいましたわ」
王族の歴史に血を残したイリナの家が王都の景色を知らないはずもないか……にしても何だか変に緊張してくるな。やっぱり変なことしたら即刻死刑とかになったりするのかな。
そんな不安を抱きながらイリナと共に食堂へ入ると途端に全員の視線が俺に注がれる。
ぜ、全員に一気にみられるのってこんなにも怖いんだな……余計に変に緊張するな……とりあえず飯でも食べて緊張でも解すか。
「いただきます」
「お、トコヨ君おはよ~」
「おはようございます、先輩」
「どうしたの~? 緊張しちゃってる~?」
「ま、まあ。緊張しない方がおかしいですよ」
いつもの食事も緊張のせいなのか普段感じている甘味だとか旨味だとかが薄い感じがするし、さっきからやけにのどが渇いて仕方がない。
俺ってこんなに緊張しいだっけ……いつもテスト前だとかクラスの前での発表だとかは余裕でこなしていたんだけどな……クソ、余計に緊張してくる。
普段よりも少ない量で腹が一杯になってしまい、まだ皆がいる食堂を一人先に抜け出し、一足先に俺は自分の教室へと向かった。
―――――☆――――
たとえ授業という名の自習が始まっても勉強に集中できずに今晩向かう四王会議の護衛任務のことで頭がすぐにいっぱいになってしまい、腕が停まってしまう。
どうせ自習だからという事で寝ようかとも思ったけどどうも寝たら寝たで四王会議の護衛任務はドンなんだろうかっていう想像がドンドン膨れ上がって結局、眠れない。
それで教材に目を移すけどちょうど歴史の教材、しかも王族について書いてある部分だったからさっきよりも強く頭に出てきてしまう。
「トコヨ君、珍しく集中していないようだね」
「まあ……はい」
「緊張するのも分かるが緊張しすぎると面倒なことが起きるのでとりあえず寝ときなさい」
「教師が言う事じゃねえっすよ……はぁ」
「ツッコミにいつもの切れがないな。重症だ……寝て忘れよう」
はぁ……なんか先生に突っ込むのすら疲れてしまう……というかイリナは授業をほっぽっていったいどこに行ってるんだ? しかも今回に限っては先生ですら何も言っていないし……まぁ、あいつのことをとやかく俺が言う仲でもないしな。付き合ってるわけじゃないし。
そういや最近色々あって考えてなかったけどこっちの世界で恋人作れるかな……まぁ、向こうの世界ですら恋人どころか仲のいい女友達すらできなかった俺だからな。
「先生はこういうのには参加しなかったんですか?」
「私は面倒くさかったからな……フレイヤが参加したよ」
フレイヤ・プロメテウス……アンナの姉で実の両親を殺した魔法使い……魔法の無い世界を作るって言っていたいけどあいつら実際に何をする気なんだ。
見たところこの世界の生活の基盤は魔法みたいだからどう考えても魔法を使用するなって言っても絶対に使う奴は出てくる。
それにあいつ……ワールド・クリエイトとか言う魔法を使うって言ってたけど何かを創造する力じゃ魔法の無い世界は作れないよな……もしかしてあいつら、全世界の人間を殺して二人だけ残るんじゃ……でも生まれてくる子供だって魔法使えるしな……あぁ~余計に頭がこんがらがってきた!
「彼女が事件を起こしたのは護衛任務についてすぐのことだよ。いったい向こうで何を見てきたんだか」
「…………」
結局、その時間は何も出来ずにただ無駄に過ごすだけとなってしまった。
――――――☆――――――
放課後、全ての授業を終えた俺は集合場所である玄関へ向かうと既にリアン先輩がいた。
「やあ、トコヨ君」
「ども……早いっすね」
「まあやることもないしね……緊張してるのかい?」
「まあ……そうっすね」
四王会議とかいう王様の会議の護衛任務に充てられるなんて思ってもいなかったし、今までにないほどに大きなことだから余計に余裕がなくなってくる。
向こうではあまりそんなボランティアだとかには参加してこなかったし、大体行事がある時でも実行委員とかには一切入ろうとしなかった。
経験不足からくる未知なる不安、それが今、俺を押し潰そうとしている原因だ。
「この前は悪かったね。君の友人を悪く言ってしまって」
「あ、いや別に……俺も色々と戦いの雰囲気に任せて吐いていましたし」
「…………きっとできるさ。友人を救おうとする君なら四王会議での護衛も」
国家元首が会議している場所の護衛とアンナを助けようとすることってつり合い取れるどころか前者の方が先進的な圧迫も強いと思うんだけどな。
そんなことを噛んげていると後ろから足音が聞こえ、振り返るとグラン先生と学園長、そして俺達を転移してくれるイリナがこっちへ向かってきていた。
「やぁ、二人とも早いね」
「君が学園から出ていっている間はイリナ君だけ。イリナ君は成績優秀なのでサボり放題」
「酷い教師だなおい」
「君たちはサバティエル魔法学園の代表として王都へ行く。くれぐれも粗相の無いように……一応、言っておくがもしも向こうで何かあれば迷わずに自分の命を優先してくれたまえ。君たちはまだ学生だ。何かあった場合の対応は騎士隊に任せればいい。良いな?」
学園長のその一言に俺とリアン先輩は静かに頷くと俺達の足元に魔法陣が展開される。
「……ユウジさん」
「お?」
イリナに何かを投げ渡され、それを受け取った瞬間に転移魔法が発動し、俺達の視界が一瞬だけぶれ、あっという間にサバティエル魔法学園から王都へと移動していた。
彼女に渡されたものは色紙のような正方形の形をした用紙に包まれたものでその用紙を破って中身を見て見ると思わず笑みがこぼれた。
真ん中に超常クラスの星とこちらの言語で書かれており、その周囲に顔も名前も知らないけど超常クラスの先輩たちからの一言メッセージが記されており、その中にイリナの物もあった。
頑張ってください……か…………ありがとな、イリナ。それにミウォル先輩含め先輩たちも。
「じゃ、行きますか。リアン先輩」
「よし、行こうか」
もう俺は緊張なんかしねえさ……イリナたちが応援してくれている限りはな。