第三十六話
「イツツツ……で、なんすか? 先生」
「君が推薦枠にはいちゃったよ」
「……え、まさか俺王都に行っちゃいます?」
そう尋ねると目の前でうんと首を大きく振られた。
今はフィールドに叩き付けられたせいで首を痛めてしまい、首を固定している状態なので人と話すのも一苦労、飯を食うのも一苦労だ。
でも確か勝ち残った奴二人を選んで王都に送り込むんじゃなかったっけ?
「まあ、あの激戦を見た連中が怖気ついたのか辞退を申し入れる始末。よって君とリアン・シャルマンの2人を送り込むこととなった」
「はぁ……で、いつからですか?」
「一週間後だ。それまでは首の治療に専念したまえ」
なんか面倒なことになった気がするぞ……にしても俺が四王会議での護衛人に選ばれちゃったか……人間、努力したらとんでもない成長を遂げるんですね。
向こうの世界じゃ平凡な高校生入学前の中学生だった俺がこっちの世界じゃまさかの王様が集まる会議での護衛に充てられるとは。
「そう言えばリアン先輩はどうなったんですか?」
「君と同じく首を痛めているよ。まあ、まんざら嫌そうな顔はしていなかったがな……あ、そうそう。彼からの伝言を預かっている。君の友達を悪く言って悪かった。頑張ってくれ、だと」
「先輩、良い人っすね」
「珍しく貴族の中ではな……だが君のお蔭で私は働くことになった。慰謝料を請求する」
「ひでえ先生っすね」
まぁ、冗談だってことはすぐに分かるけどな。これで本気の顔で言われたら俺、多分傷ついて辞退するぞ……まあ、時々本気が冗談か分からなくなることあるけどな。
そんなことを考えていると部屋のドアがノックされ、一人のメイド服姿の金髪の女性が入ってきた。
「は?」
思わず女性の顔を見てそんな一言が出てしまった。
目の前にいるメイド服姿の女性の顔はどう見ても俺のよく知っている人の顔そのもの。
「来てくれたか」
「はい。お嬢様の連絡を受けすぐに来ました」
「誰っすか?」
「彼女はイリナ・エルスタインの専属メイドを務めているバラン・シリウスだ。私の双子の妹だ」
そう、その人はまさにグラン先生の髪色を金髪に変えただけの女性だった。
ふ、双子だったんだ……というか双子だっていうのにここまで性格が違うんだ……メイドさんは落ち着いている雰囲気で真面目な感じがするのに先生は面倒くさそうな表情で不真面目な感じがする。
「これから君の首が治るまでの間の身の回りの世話を頼んでいる」
「よろしくお願いいたします」
「ど、どうも……わざわざメイドさんをつけていただかなくても」
「面倒なのだよ。君が怪我をしたまま護衛に着くと色々とね」
確かに万全の状態で行くのが好まれるけどわざわざメイドさんをつけなくても……でもメイドさんにお世話されるっていうのもなかなか貴重な経験だよな。
メイドさんは無表情のまま俺のところにソソッと近づくや否や急に俺の下のズボンを掴む。
「ちょ! 何してんすか!?」
「いえ、もうすぐ授業ですのでお着替えをと」
「で、出来ますよ!」
「言っておくが私の妹は服を脱がせたがりだからな。それとバランをつける理由は他にもある。バラン」
メイドさんは頷くと俺の背後に回って首元に手を当てる。
すると温かい何かが入り込んでくるような感覚と共に首の痛みが少しずつ消えていくのを感じる。
……もしかしてこの人、治癒魔法使えるのか。だからこの人を俺の傍に置いておくってことか……急に服を脱がせるのは勘弁願いたいけど。
「一日中付きっ切りで治癒魔法をあてれば流石に一週間で治るだろう」
「これからよろしくお願いします。あ、服は自分で着替えますので」
「はい」
そんな残念そうな顔をされたら困ります。
―――――☆――――――
「イタタ」
「うわぁ~。首曲がってるね~」
それは骨が曲がっている、という意味なのかそれとも色々なヤバイ意味で曲がっているのかと詳しく聞きたいけど詳しく聞いたら俺卒倒しそうだからとりあえず聞かないことにしておこう。
結局、バランさんがいても居なくても正直あまり変わらなかったような気がする。
もちろん体を動かす授業は見学だし、本を読むのだって台を用意して少し高い位置に出本を開けば普通に読めるし、服は自分で着替えた。
でもバランさんの治癒魔法を一日中受けているおかげか起きた時よりも痛みは無くなってきているけど流石にまだいつものようには動かせない。
「ではトコヨ様。あ~ん」
「あ、いや自分で食べます」
「あーん」
「熱痛!」
熱いスープをそのままぶち込まれ、反射的に首を動かしてしまい、激痛が走る。
この人色々と気を使ってくれているのは分かるけど強引なところがあるからな……服だって自分で着替えるって言ってもジーッと後ろで見てくるし。
「バラン。貴方は治癒魔法に集中しなさい」
「了解しました。では失礼」
バランさんが俺の後ろに回るとともに首筋に温かい感覚を感じる。
「おぉ~。戻ってる戻ってる」
「先輩。想像しただけで怖いのでやめてください」
「ごめんごめん。でも二人に選ばれて良かったね。一年生じゃ史上初だよ」
「まさか一年生で選ばれるとは……本当に貴方は色々と破壊しますわね」
それが今、学園で最もホットな話題なのか周囲の連中の視線が注がれている感じがして学園なのにどこか落ち着かない気分だ。
リアン先輩も首を痛めてはいるけどやっぱり溺愛している両親のお蔭か最高峰ともいえる治療を受けているらしく、今は学校を休んでいる。
でもリアン先輩の両親が普通の人で良かった。
これがテンプレの貴族だったら俺多分消されてたな……うん、消されてた。
「でもいいな~。王都に行けるなんて」
「王都に行けるってそんなにレアなのか?」
「並の貴族では入ることすら許されておりませんわ……というか貴族は入れませんの」
「なんでまた」
「女王陛下が貴族嫌いなんだって。将来、貴族を無くしたいって言ってるんだけど中々反発がね。それで実績を示すことになって王都は今、平民だけで経済を成り立たせてるの。ほら、平民の皆さんって貴族には到底できない技術とか持ってるでしょ? そう言った今まで埋もれていた技術に支援を行って技術革新をしたいって」
なるほどね~。貴族を無くしたい王様か……という事は将来、王族も無くなって俺がいた世界みたいな市民平等で選挙で代表を選んで国を運営するっていう形にするのか?
その為の前準備として技術革新か……まあ、その技術も魔法ありきのこの世界じゃないと機能しないようなものなんだろうな。
魔力で走る車……みたいな乗り物はいつできるのやら……でも金属はあるんだからそのうち、誰か考えだすだろうけど当分は馬に頼る生活か。
「で、その考え方に賛同している国も多くてね。一緒にやろうじゃないかっていう話をするのが今回の四王会議での議題の一つ」
「でも確か今回の議題は」
「ええ。バーン帝国の軍事力の拡大。最近のバーン帝国の軍事力の拡大速度は異常と言っても過言ではありませんし、噂では凶精霊を生み出したのももとはと言えば隣国との戦争が絶えなかった帝国が創り出した生物兵器という話までありますし」
凶精霊は使用者の魔力を飛躍的に上昇させ、魔法の威力を上げるがその強大な力を得る代償は使用者の命っていうバカでかいものだしな。
そんなもの無くなったらいいけどあいつがなんかおかしなこと言ってたしな。
なんかエウリビデス魔法学園の連中は凶精霊を使って魔力を飛躍的に上昇させてるって……そのことについては学園長から緘口令が敷かれているから喋れないけどもしあれが事実だとしたら。
「色々あるんだな」
「……他人事のように言っていますわね」
「え、あ、いや……そういうわけじゃなくてさ」
やっべ~。俺、異世界人だからつい他人事のように言ってしまう……気を付けねえとな。
「そろそろ行くか。授業始まるだろ」
「ま、自習ですがね」
「良いな~。グラン先生が担任がよかったな~」
学食から出て俺達は自分たちの教室へと向かった。