第三十三話
フィールドに立ったリアン・シャルマンは投げかけられてくる女子たちの黄色い声援に笑みを浮かべながら手を振り、サービスも怠らないという余裕の状態を見せている。
対して俺には声援は黄色い声援にかき消されているのかほとんど聞こえないうえにイリナの姿すらあまり見えないという始末。
別に良いし。別に悔しくなんかねえし! でも一回だけでいいから俺もあんなくらいにキャーキャー言われるくらいにモテてみたいわ。
「君がトコヨユウジ君かい?」
「あ、はい。そうです」
「僕はリアン・シャルマン。よろしく。互いに全力を尽くそう」
なんだ。意外といい人そうじゃないか。てっきり自尊心が強くて主人公に一撃で倒されるモブキャラかと思っていたけど強くて優しい主人公タイプじゃないか。
「いや~君も災難だったね」
災難……あぁ、一年生で推薦されたことに対してか。確かにあれは災難と行ってもおかしくはない状態だったよな。 なんで一年坊主の俺を推薦なんかするんだって話だよな。しかも今まで使われていない女王陛下推薦枠での推薦だぜ? しかも誰にも言っていないけど俺はこの世界の住人じゃないしな。
「そうっすかね」
「災難だよ。あんな落ちぶれ貴族と一緒に行動をしたなんて」
「…………は?」
顔を上げてみるが先程と変わらないニコニコと笑みを浮かべており、とてもじゃないがさっきの発言と表情とのバランスの差が激しすぎる。
落ちぶれ貴族ってアンナのことだよな……あいつは今、停学扱いになっているはずだ。
「彼女の姉はフレイヤ・プロメテウス。両親を殺した大罪人だよ。しかも凶精霊を配り歩いていたなんて言う噂まであるからもう人間の屑だね。そんな人間の屑の妹も妹だよ。姉を殺すとか言って家を再構築するために縁談を取りまとめる訳でもない、ただ単に鍛錬を重ねるだけ。彼女には貴族としての埃というものがないのかな? しかも名家中の名家とまで言われているプロメテウス家だ。国の歴史に泥を塗ったと言っても過言じゃない。彼女もまた貴族の屑だよ。彼女の行動一つ一つが僕たち貴族に泥を塗っているも同然なのさ。早いこと爵位を返上して平民に戻ってほしいよ」
随分と長いこと喋っていたけど要するにこの人は大罪人である姉は人間の屑でその大罪人の妹も貴族の屑だからさっさと消えろって話か…………。
「……要するにあんたはアンナのことをどう思ってるんだ」
「貴族の屑だよ。貴族に泥を塗り、歴史に泥を塗った。さっさとフレイヤ・プロメテウスを殺して彼女も罪人として死んでほしいよ」
……どうやらさっき、俺が下したあんたの評価は変えないといけないらしい。
「それでは二人とも、始めてください」
審判役の先生の開始の合図が響くが俺はその場から動かなかった。
所詮……こいつもエースとか言われているけど人を外見・評判でしか判断せずに中身を見ようとはしない典型的な奴ってことか。
確かにアンナの姉さんは両親を殺し、プロメテウス家という名家の名前に泥を塗っただろうな……じゃああんたがもし同じ状況に立たされたら冷静に家を再構築するために縁談を取りまとめられるのかよ。
アンナみたいに両親を殺した奴を憎んで憎みまくって復習に駆られることはねえってことかよ……飄々として学園生活を送れるっていうのかよ。
少なくとも俺はアンナの一連の行動は両親を殺された奴としては当然な行動だと思ってる。
確かにアンナがあいつを殺そうとしていること自体は否定したけど復讐しようとしていること自体は否定していないし、それどころか肯定だってしてる。
俺だって両親を殺されたらそうなるからな。
「じゃ、さっさと終わらせようか」
リアン・シャルマンの目の前に赤い魔法陣が展開され、そこから大きな火球が俺めがけてまっすぐに放たれてくる。
いなすときは一瞬。
向かってくる火球に軽く触れると同時に火球が火の粉となって消滅する。
そう言えばリアン・シャルマンもアンナと同じように炎の属性魔法を一番得意としているんだったっけ……まあ、そんなことはどうでもいいけど……やっぱりアンナの方が強かったかもな。
「噂には聞いてるよ。君の魔法は魔法を破壊するものだってね。そんなの関係ないよ。僕の魔法で君を」
「倒せねえよ」
「……ん?」
「あんたの炎じゃ俺は倒せねえよ」
「……それはつまり僕に対して勝利宣言をしたってことでいいのかな?」
「あぁ。それでいい……あんたの炎なんかよりも遥かにアンナの方が強かった」
貴族の屑とまで称した奴の方が強いと断言されたのが相当、頭に来たのか俺の足元に巨大な魔法陣を展開するがそれもまた一瞬で砕かれる。
アンナなら今破壊された魔法陣を囮にして俺の死角から炎の魔法を一発叩きこんでたな。事実、そんな攻撃をされて俺はダメージを受けた。
まぁ、俺の魔法の詳細情報を事前に知っていたっていうことはあったけどそれが無くなってあいつは多分、連続で放ってきたと思う。
「あんたさ……実は気づいていたんじゃねえのか?」
「何をかな!?」
上空から降り注いでくる槍を一つ一つ避けていきながら相手との距離を少しずつ縮めていく。
「アンナの方が強いって」
「そんなことはない!」
炎の槍を手元に呼び出し、俺に向かって投げてくるがそれすらも片腕だけで破壊する。
一発一発の魔法の繋がりがない……全部が一撃として完結しているから対応もしやすい……あんたが入学式の時に打ち立てた記録とか今までやってきた経験とか俺は知らねえよ……でもアンナのことを貴族の屑とかいう奴よりも俺は遥かにあいつの内側を知っている。
だから俺はあいつを止めたいんだ。あいつの内側を知っているから俺はあいつを止めたい。
あいつが犯罪者になるところを俺は見たくないんだ。
「あんたさ。アンナがいなくなって喜んでるんだろ?」
「当たり前じゃないか! いるだけで貴族に恥を見せてきた存在がいなくなったうえに僕を邪魔する障害が一つ消えたんだ!」
「障害とは認めてたんだな」
「あぁそうさ! 学園生全てが僕の障害となりうる!」
相手が空に向かって手を上げた瞬間、その場から一気に駆け出すと俺が今までいた場所に雷が直撃し、フィールドの穴をあけるが振り返ることなく奴へと駆け出していく。
腕を突き出し、拳を叩きこもうとするが幾重にも重ねられた魔法陣が目の前に展開される。
「うらぁ!」
全力で殴りつけ、重ねられたすべての魔法陣を一撃で破壊する。
「……同じ貴族としてあいつを止めようとはしなかったのか?」
「何を言ってるんだ君は? 彼女を止める理由もないだろうに」
「あるさ……俺はあいつの友人だ……だから俺はあいつを助けたい」
そう言った瞬間、周囲の観客席からもどよめきが出てくる。
そりゃそうだろうな。皆が貴族の恥と思っている奴を助けたいだなんて言い出したらそりゃ驚くさ……それでも俺はあいつを助けたいんだ。
「あんな奴を助けていったい何になるんだい?」
「俺はあいつが犯罪者になるのは見たくねえんだよ……別に俺はあいつが復讐するってこと自体は否定なんかしない……でも俺はあいつがフレイヤ・プロメテウスを殺すってところだけは否定する……俺はあいつが犯罪者になっていく様を見たくなんかねえんだよ! 友達なら助けて当然だろ。友達が犯罪者になってい草を見るのは誰だって嫌だろ……あんた、両親を殺されたら落ち着いて縁談を纏められるのかよ。アンナみたいに復讐に駆られることはねえのかよ」
「ないね。貴族の血は残さなければならない。両親が死ねば血を残すことを優先するべきだ」
「そっか……じゃああんたがアンナを屑とか罵る資格はねえよ」
「君は何を言いたいんだ?」
「人間としての本能から来る行動よりも地位を護る行動をする奴が人間らしいアンナに勝てるわけねえだろって言ってんだよ! 俺はあんたらがどれだけアンナを誹謗中傷しようが俺はあいつを助ける!」
「たとえこの国の民意がプロメテウス家を断絶しろって言ってもいてもかい?」
「あぁそうさ! たとえその民意ってやつを破壊することになったとしても俺は友達を助けたい! それが人間って奴だろうが!」
両親が死んでも血を残すことに奔走する奴なんかに俺は絶対に負けねえ。
「そうか……じゃあ、君も彼女と一緒にクズの仲間入りしなよ!」
地面のあちこちに赤く輝く魔方陣が出現し、そこからいくつもの火球が俺に向かって放たれてくる。
攻撃を避ける時は後ろに下がらずに前に突き進む!
その場から駆け出し、迫ってくる火球を避け、避けきれないものは破壊しながら距離を縮めていく。
たとえ目の前にどんなに魔法陣を重ねられて放たれてこようがひたすら突き進んでいく!
俺が拳を突きだした瞬間、相手が展開した魔法陣から放たれてきた巨大な火球と正面からぶつかり合い、衝撃波が周囲に拡散した。