第二十九話
翌日の朝、エルスタイン公爵家の次女・エリナさんに連れられてやってきたのは本邸から少し離れた場所に建てられている別荘のような場所だった。
別荘とは言っても自宅というわけではなく、ただ単にだだっ広い空間が広がっているだけの建物でどちらかと言えばトレーニングルームみたいな感じがあるけどそう言った器具は一切置かれていない。
それに壁の所々に大きく凹んだ部分が見える。
「お待たせしました」
「……な、なんですかそれ」
「簡単に言えば戦闘服です」
ボディーラインがハッキリと浮かび上がるほどのピチピチの黒い衣装をまとったエリナさんを見て思わず視線を外してしまう。
ま、まさしくボン・キュッ・ボンって感じだな……ていうか案外着やせする方だったんですね。お胸がさっきと比べてやけに大きい
――――刹那、俺の足元の地面が砕けるとともにエリナさんの片足が視界に入る。
地面にはくっきりとエリナさんの足跡、というか足跡そっくりそのままの形で穴をあけたような感じの穴が開いており、何故か地面から煙が噴き出ている。
若干、引きつった笑みを浮かべていると自覚しながらも顔を上げてみるとそこには先程までの柔らかい表情・雰囲気のエリナさんがおらず、長女以上に眉間に皺が入ったキツイ目つき、そして恐怖を感じる笑みを浮かべていた。
「よそ見すんな!」
「うわっ!」
振り上げられる足を体を後ろへともっていくことで避けた瞬間、風というよりも暴風と言った方が近い感じの衝撃波が俺の髪の毛を上へともっていくとともに建物の天井に大きな穴が開くが魔力が通っているのか一瞬にして穴がふさがれる。
数歩、後ろへと後ずさり、顔を上げると拳の骨をパキパキと鳴らしているエリナさんの姿が。
せ、性格改変バトルキャラ来たぁぁぁぁ!
「これからあんたに生身での戦い方を教える……骨折の一つは我慢しろや!」
彼女の足元の地面が大きく破裂したのを見た瞬間、反射的に姿勢を低くする。
直後、俺の顔があった場所を彼女の足が通過していき、凄まじい衝撃波が発せられるとともに壁が粉砕した音が後方で鳴り響く。
あ、あんな一撃喰らったら骨折どころか胴体半分持っていかれるわ!
「構えずに腕を伸ばしてどうやって戦うってんだ!」
「っと! わっ!」
構えをとるがエリナさんが繰り出してくる攻撃の方が何倍も速く、攻撃に移るどころか避けることに精いっぱいすぎる。
強化系を極めてるって聞いてたけどまさかこんなに性格が変わっちゃうんですか!? もっとお淑やかな鍛錬がしたかったのに!
振り下ろされてくる踵をその場から飛び退いて避けた瞬間、地面に踵が深く突き刺さり、俺の体を吹き飛ばすほどの衝撃波が放たれて大きな穴をあける。
「相手の攻撃を避ける時は後ろに下がらずに前に来い!」
「で、出来るか!」
「それが出来ねえと強くなれるか!」
首をかしげる形で突き出されてくる拳を避けた瞬間、左耳がキーンという音が鳴って半秒程聞こえなくなってしまった。
「相手・自分も含めて生物は皆一様に攻撃を繰り出した瞬間が隙になってる。そこを叩き潰せ。相手の攻撃を避ける場合は後ろではなく前に突っ込み、いなすときは片手かつ一瞬で。分かったな」
「は、はいぃ」
―――――☆――――――
「……あの建物、作るのに結構お金がかかってるんだが……エリナ、壊さないでくれよ」
「それは無理な話ではありませんか? お父様」
「アリナ……」
「今は無きお母さまに変わってその腕っ節でこの家を護ってきたお姉さまにそれは無理ですわ」
「イ、イリナまで……うぅ、ウリザナの腕っ節の強さがまさか一番お淑やかで優しいエリナに受け継がれるとは…………そのうえ、魔法発動時の性格改変もウリザナと全く同じだった」
「お姉さまの学園生時代の通り名は暴虐の血姫。しつこく近寄って来る男どもを払う際に付着した返り血でそう呼ばれるようになった以上、エリナ姉さまに手加減をしろというのは無茶ですわ」
「大体、エリナは貴族の品が無さすぎるのよ。魔法発動時は言葉が粗悪なものになるし、手加減知らずでこれまでにいくつ部屋の床に穴をあけたか」
「さらに言えば未だに成長段階……そのうち、凸ピンでこの家ごと吹き飛ぶんじゃないかしら」
「いや、家は良いんだ……良いんだがエリナの嫁の貰い手が……」
「先日も縁談が破棄されたし」
「そうなのですか?」
「エリナも随分気に入っていた男だったんだが暴漢に襲われた際に目覚めたあの子を見て怖気ついてしまってね。先日にお断りの通達が来たよ……はぁ」
「この家の問題児はイリナでも私でもなく」
「エリナ姉さまですわね」
――――――☆――――――――
「ハァ!」
「どわっ!」
エリナさんが少し離れた所から拳を素早く突き出した瞬間、胸のところに衝撃が走るとともに俺の体が容易に吹き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられる。
あ、あの人まさか衝撃砲まで修得してんの!? 生身で遠近両方に対応した戦い方が出来るってでーむでもなかなかないキャラですよ!?
「はぁ!」
「ぬぉぉ!?」
エリナさんが足を素早く横に振りぬいた瞬間、肉眼でもハッキリと分かる衝撃が放たれ、慌てて伏せた瞬間、後方からスパっという何かが真っ二つに切断されたような音が聞こえ、恐る恐る振り返ってみると壁にまっすぐな亀裂が入っていた。
……ど、どこの海賊の体術だよ。
「きゅ、休憩! 休憩を!」
「……ちっ。分かったよ」
え、今舌打ちした? ねえ、舌打ちしたでしょ?
「ふぅ……み、見ないでください!」
「は、はぁ」
さっきの印象とは正反対に自分の衣装を見た瞬間、顔を真っ赤にして自分の体を抱くようにしてしゃがみ込んでしまった。
あ、あかん……エロ過ぎる……。
天井には修復が間に合っていない穴がいくつも空き、壁には修復されかかっている壁の切れ込みや大きな穴がいくつも空いているのが見える。
特訓上なんだろうけどこれ創ったの結構の金額が流れたんだろうな……なんせ破壊された箇所を自動的に魔力が修復してくれるなんて凄すぎるだろ。
でも戦い方は少し分かった気がする。分かった気で習得は出来ていないけどそれでも基礎中の基礎の基盤は出来た。
相手が攻撃してきた際、避ける時は後ろへ引くのではなく前に行き、攻撃時の隙を叩きこむ。
相手の攻撃を往なす際は片手かつ一瞬で。
俺の魔法は相手にぶつければ……あれ? よくよく考えたら今まで魔物なんかにこの魔法を直撃させたことはあるけど人間相手に当てたことないよな……当てたとしても不可視の膜があった模擬戦くらいだし……俺の魔法って案外あいまいな部分あるんだな。
両手は強く出ているから触れれば破壊するけど全身や両足なんかは集中しないと発動しない。
「そう言えばエリナさんって学園生時代もこんなんだったんですか?」
「え、ええ。殿方がしつこい時はよく学園校舎の壁を殴ってました」
「穴開くどころか倒壊の恐れありですよ」
「それで旧校舎を破壊しちゃって」
破壊してた! 俺の破壊魔法よりも凄い人ここにいたよ!
「でも学園長から壊す手間が省けたって褒められちゃいました」
天然なんだろうね。多分それは建前で言っただけであってその学園長さんはとても悲しんでおられたと思うな。
「最初からそんな性格なんですか?」
「恥ずかしながら戦っている時の性格の方が素なんです。お父様に流石に貴族として品が無さすぎるからということで押さえつけてるんですが戦っている時だけは押さえられなくて」
あんな性格の赤ちゃんが生まれてくるなんて世界は不思議なんだな。
「っし! やりましょうか」
「ええ。じゃあ……行くぞ!」
やっぱり慣れないな。
――――☆―――――
「っくし!」
「風邪ですか?」
「いや、噂かな……ところで四王会議の準備の方はどうなってる? グラン」
「はい。今のところ特に問題はございません。警備にあたる学生の方も既に選定は済んでおります……ですがよろしいのですか?」
「そのための二学期最初の大闘技大会じゃないか」