第二話 入学式と行事 その1
「中々にあってるじゃない」
「お、おう。お前も似合ってるぞ」
「ありがとう」
翌日の朝、教員の宿直室で夜を過ごした俺は学園長に手渡されたサバティエル学園の制服を着て入学式会場の大きなコロシアムのような場所に集まっていた。
でもまさか高校生の入学式をこんな異世界で体験するなんてこと全く想像したことが無かった。
魔法が常識として存在している世界、そして俺に宿ったあの魔法、その二点だけでこの世界が全く違う世界だという事を知らしめている。
でもまさか制服が黒いズボンに白いシャツ、それにローブか……ローブ以外は似てるけど肌触りが全然違うな。なんかざらざらしてる。
「で、あんたなんで手袋なんかしてるの?」
「まだ魔法の制御が上手くできないからさ、魔力を抑え込む手袋渡されたんだ」
「確かあんたの魔法って魔法を破壊するんじゃなかったの?」
「違うみたいでさ。触れた物はすべて破壊するらしい」
俺の魔法は見境なく俺が手で触れたものを完璧に破壊する。
タンス、ドアノブ、布団などと今朝だけで三つ以上の宿直室にあった備品を壊してしまった。
結局、学園長に渡された魔力を抑え込む手袋で何とか出来ているんだけど出来るだけ早く魔法を制御できるようにしないと誰かを傷つけることになるからな。
「久しぶり~!」
「ほんと! また一緒になったね!」
……なんでだろう。めちゃくちゃ疎外感が感じられるんだけど。よく見たらすでにグループが出来上がってるようにも見えるな……もしかして繰上りとかか?
「そう言えばお前は友達いないのか?」
「……友達……ねぇ」
そう言う彼女の横顔はどこか遠くのものを見ている気がするとともに何か冷たいものを感じたがすぐにそれらは消え去った。
まるで慌てて火を消したかのように。
「いるわよ。私は嫌いだけど」
「嫌いでごめんなさいね」
「ほらね」
慌てて後ろを振り返ると金色の髪の女子がいつの間にか後ろに立っており、アンナは既に慣れているような表情でため息をついている。
いつの間にこの子俺後ろにいたんだ。誰かが後ろにピッタリと着いたら大体分かるもんなのに。
「こいついつも私の後ろに瞬間移動してきて話しを盗み聞きするのよ」
「あら。自意識過剰もここまでくれば素晴らしい物なのね。私が移動した場所でたまたまあなたが会話をしているだけですわ……ところで彼は誰ですの? 見たことのない人物ですが」
「あ、常夜雄二ってんだ。よろしく」
「トコヨユウジ? おかしな名前ですのね。私はイリナ。よろしく」
そう言うと彼女はスカートの裾を軽く持って軽く左右に広げる。
すげえ、現実にお嬢様がやるような仕草を目の前で生で見ることがあるなんて……しかも上品さが出てるから本物のいいとこのお嬢様なんだろうな。
その時、周囲のざわめきが無くなったのを感じ、周囲を見渡してみると全員が同じ方向を見ていたので俺もそちらの方を向いてみると3メートルほどの位置で浮遊している学園長の姿があった。
……魔法使えばあんなこともできるのか。
『やあみんな。新年度が始まったわけだが休みはどうだったかな? さて、新年度最初の評価の土台として毎年恒例のあれをやろうと思う』
「なあ、恒例の奴ってなんだ」
「あ~そういやあんた編入生だから知らないわね」
「あら、編入生でしたの。通りで見ない顔だと」
「毎年年度初めの日に学園所有の広大な森へ全員を転移させてそこで評価石を探すのよ。一チーム三人でチームを組んでね」
「その数によって最初の持ち点が変わるという事ですわ」
なるほど。新学期が始まる前にここでその評価石とやらを大量に入手できれば事前に持ち点としてドバっと点数を確保できるというわけか。
多分、去年の成績が振るわなかった人のための救済策なんだろうけど。
その時、俺達の足元に大きな円陣のようなものが現れた。
どうやら俺たち三人が一つのチームとして設定されたらしく、周囲の奴らの足元にも大きな円陣が出ている。
『では諸君、頑張ってくれ』
学園長のその一言とともに円陣から放たれる輝きが最高潮になり、視界を塗り潰した。
―――――☆――――
「いつまで目瞑ってんのよ」
「へ? おぉ!」
アンナに言われて目を開けてみると目の前に大きな木々が何本も立ち並んでいるのが見え、周囲を見渡してみても辺り一面木々しかなかった。
すげえ。向こうじゃこんなだだっ広い森なんて無いし、山でもこんな隙間なく木々が生えてる場所なんてなかったぞ。
「何驚いてんのあんた」
「すげえじゃん瞬間移動! まさか体験するとは思わなかった!」
「この方長期入院でもしてましたの?」
「さあ?」
瞬間移動といえば誰しも憧れたことのある魔法の中の魔法! 例えば通学・通勤で二時間以上かかる人が授業が始まる十分前まで寝てても一瞬で到着できるあの夢のような瞬間移動が出来る世界にやってきたんだ俺は! 絶対に修得してやる。修得して五分前まで寝るぞー!
「ともかく評価石を見つけましょうか」
「はぁ? そんなんだからあんたは万年10位なのよ」
「何を言ってますの貴方は。貴方こそ万年最下位ではありませんか」
「はぁ? あたしは本気出してないだけよ」
あれ? あいつ自分のことさっきまで私って言ってなかったか? あたしって言ってたっけ?
「とにかく一時間は何もせずにダラダラしときましょ」
そう言うとアンナは近くに木々に猿のようにスルスルと上り、太い木の枝に乗り移ると向こうの方を観察し始める。
よく分からないけど要するに一時間は何もアクションは起こさずに観察だけをするってことなのか?
でも一時間もあればどんな姿・形してるやつか知らないけど評価石ってやつを結構な数集められるだろうし、アクションを起こした方が成績に直結するんだろうけど俺は何もわからないからとりあえずここはアンナの指示通りにしておきますか。
試しに足元に落ちていたいしを拾ってみると今朝の様に壊れたりはせず、手袋を取って医師に触れてみると一瞬にして粉々に砕けてしまった。
俺の魔法は常にONの状態で触れたものは全て例外なく破壊するっていう魔法か。じゃあもしもこの手で人に触れたりしたらどうなるんだ。
まさしく悪魔の手だな。常に相手を傷つける可能性がある。
早くこの魔法を制御できるようにしないと。
「貴方の魔法は全てを破壊しますの?」
「へ? あ、まあそうみたいだけど」
「中々珍しいのですね。魔法の威力を弱くする魔法はありますが破壊する魔法はなかなか出てきませんし、そもそも何かを破壊するという魔法自体珍しいですわ」
「一応、そういう魔法は存在するのか?」
「ええ。一応は……大昔にそんなものがあったという曖昧な記録しかありませんがね」
大昔に存在した魔法か……そういやなんで俺、祖父ちゃんの物置にあった壺でこんな異世界に転移してこれたんだ……ていうか祖父ちゃんはいったい何者? 戦争経験者、冒険癖アリ、女性は一人しか愛さないという超一途な祖父ちゃんだしな……普通の祖父ちゃんにしか俺は感じなかったけど。
祖父ちゃんは若い頃は相当なイケメンだったらしく、数々の女性から恋文や逢引のお誘い、果ては結婚してくれなどというお願いもあったらしいがたった一人の女性を選んだって祖父ちゃんから聞いた。
父さん曰く、俺の婆ちゃんは様々なことを知っていたらしい。
今じゃ博識っていう言葉だけで片付けられているらしいけど現役の頃はもうそれは近所中から話しを聞きに子供たちが家に集まっていたとか何とか。
周りの人たちもホラ吹きだ、とかいって嘲笑っていたんだけど子供たちはそんな婆ちゃんの話しを信じきっていてそのまま突き進んだ結果、教師になったり、物理学者になったり科学者になったりと婆ちゃんの話を信じていた子たちは全員、相当な地位につける役職についたらしい。
でもそんな婆ちゃんも93歳で老衰で死んじまった。
俺もうっすらとだけど婆ちゃんの顔は覚えてるけどもうほとんど写真を見ないと思い出せないレベルにまで忘れてしまった。
祖父ちゃんは現実を語り、婆ちゃんは夢を語っていたっていう人もいるくらい有名な話だ。
「にしてもその評価石ってどんな奴なんだ?」
「そうですわね。こんな奴ですわ」
彼女の手には淡く輝きを発している球体が入っている透明で四角い小さな箱が握られており、何かに反応しているのか点滅している。
「へぇ、これが……ってなんで持ってるの?」
「私の魔法は瞬間移動。風景さえ頭に入っていればそこへ自由に飛べますの。ですからあなたがボーっとしている間に一つ、集めてきましたわ」
「マ、マジでか。俺も集めないと」
「ご安心を。チームで集めたものの点数が全員に割り振られますから。そもそもこの行事は前年度の成績が振るわなかった人のための救済措置ですし。まああなたの場合はフルに活用すれば今学期は心配しなくてもいいでしょう」
やっぱりこの行事は救済措置だったか。そう言えば向こうでも救済措置という事で超簡単な問題がテストに出てきたけどそれと似たようなものだよな。
評価石ってやつを集めるだけで点数に換算されるなんて超絶簡単なことだ。
「で、あいつは何やってんだ?」
「そうですね……簡単に言えば盗みの準備をしているという感じです」
「ぬ、盗み?」
「そろそろね……二人とも! 行くわよ!」