第二十八話
翌日の朝、長女のアリナさんに連れられて馬車でやってきたのはまだ人の手が加えられていない広大な自然が広がっている草原だった。
話しによるとこの壮大な草原もエルスタイン公爵家の領地の一つらしく、昔は土地の賃貸でここも課しだそうとしていたけどあまりに広すぎるために誰も手を上げなかったらしく、今はもっぱらアリナさんのストレス発散場になっているらしい。
一カ月に一度くらいの頻度でイライラを属性魔法に乗せて周辺の草原を燃やしているらしい。
だから雑草がぼうぼうに生えることも無く、ちょうど良い具合の長さに伸びているらしいし、炎のほかにも水の属性魔法もぶつけるらしいから木に水をあげなくても勝手に土に水が染みこんでそれを木が吸収するから成長するらしい。
「とりあえず、どんな方面で強くなりたい訳?」
「俺の魔法は触れた物をすべて破壊する破壊魔法なんですけど近づかないといけないんです。でも近づく前に遠距離からやられたりするんで」
「要するに避けれるようになりたいってわけ」
「はい」
「簡単じゃない。私があんたに向かって魔法を撃つからそれを魔法を使わずに良ければいいじゃない」
直後、何の合図も無しにアリナさんが俺に向かって火球を放って来る。
「うわっ! ま、待ってくださいよ! まだ準備が」
「あんた実戦でもそんなこと言うの?」
「っっ!」
「実戦じゃ待ってくれないんだし、どんどん行くよ」
足元に魔法陣がいくつも展開されたのを確認し、足で破壊しようとするが今の目的を思い出し、その場から飛び退いた瞬間、魔法陣一帯が凍り付いた。
こ、氷も属性魔法の一つなのかよ!
「あたしこれでも学生の頃は騎士隊の推薦もあったくらいだからさ……本気で逃げないと死ぬよ?」
……どうやら俺も本気で逃げ回らないとこの人に殺されるみたいだ。
――――☆―――――
イリナの見る景色の向こう側では雷鳴が轟き、爆発が起き、火柱が上がるなど連続して属性魔法が使用される光景が見えていた。
イリナの姉であるアリナ・エルスタインは珍しいタイプの属性魔法使いであり、本来は属性魔法使いは炎ならば炎だけ、水ならば水だけしか使えないがアリナは属性のほとんどを使う事が出来る。
学園生時代、彼女に付けられた二つ名は神羅万象。
「ユージ君が心配?」
「姉さま……まあある意味。アリナ姉さまは容赦ありませんから」
「大丈夫よ。きっと彼は強くなるわ」
「…………」
今まで彼と接してきたイリナはトコヨユウジという少年を今まで見てきた男どもとは大きく違う人間という感覚を抱いている。
それ故に彼女も引っ張られるように魔法が覚醒を果たした。
「もうすぐ四王会議が始まりますね」
「……もうそんな時期ですか」
四王会議――――ビブリオ王国と同盟を結んでいるエウリオス・ヴィバイン、そしてバーン帝国の四つの国のトップが一堂に介し、今後のド名関係などを話し合う会議。
五年に一度行われているそれは全国民の興味・関心が向けられる一台行事であり、そこで決まったことが王国にも影響を与えると言っても過言ではない。
現在、四王会議にて取り上げられる議題と予想されているのはバーン帝国の凶精霊製造・および周辺国への配布の疑惑と過剰な軍備増強政策と言われている。
帝国以外の三カ国は騎士隊という治安維持を目的とした組織はあれど軍隊に値する組織は作っていなし、騎士隊に入団するのは希望者のみだが帝国だけは全国民が入団を強制される徴兵制が引かれているだけでなく、軍のトップが国王となり、独裁政治を行っている。
そのトップこそが歴史上、初めて超常魔法を宿した魔法使いであるエウリビデスの血を引くアリヘルヤ・エウリビデス。
その軍事力は三カ国を同時に相手取っても互角に戦えるとまで言われている。
「何も起きなければいいんですけど」
「ええ……そうですわね」
―――――☆―――――
「ゼェ! ゼェ!」
「男のくせに体力のない平民ね」
「そ、そっちはハァ……動いてないじゃないですか!」
「動いてなくても魔力は消費するわ」
かれこれ五時間以上、アリナさんの放つ魔法の攻撃を避けているがそのバリエーションの豊富さ、そして一つ一つの威力の大きさなどがもう学園の生徒と比べ物にならないくらいの威力。
一発あたれば後続の魔法を連続でくらい、致命傷を負いかねない威力の魔法を必死に避け続けているが自分が今までどれだけ魔法に頼って戦ってきたのか痛感した。
体は鍛えていたけどあんなの自己満足でしかなかった……決定的にアンナに負けている部分は俺の戦闘経験が無さすぎることだ。
「とりあえずあんた、明日から討伐クエスト受けまくりなさい。戦闘経験が無さすぎだわ」
「やっぱりそうですよね……ふぅ」
息を吐いて草原に寝転がると雲一つない快晴の空が視界に入る。
「受けると言ってもその破壊魔法とやらはなるべく使わないことね」
「うっす……討伐クエストって言ってもどれくらいのものをやれば」
「はぁ? 下級の片っ端からやるに決まってるでしょうが」
「か、片っ端から!?」
「とにかくあんたは戦闘経験をもっと積まなきゃダメ」
どうやら俺の夏休みはクエスト尽くしになってしまうようだ……まあ、長期休暇に出された宿題なんかないも同然の物だったらグラン先生が担任でよかったって初めて思えるわ。
「クエストってどこで受けれるんですか?」
「そこら辺はあたしに任せなさい……あたしが厳選した奴を受けさせてあげるわ」
そういうアリナさんの表情は黒く曇っているように見える上に彼女の背後には鬼でもいるかのようなどこか冷たい雰囲気が漂っているのを感じる。
この人絶対にドがつくくらいのSだろ。絶対にそうだ……通りでイリナに若干嫌われているような節があるわけだ。
でもこの人、とんでもないクエストとかを厳選したりとかしないよな。
「ついでにイリナにも受けさせてやりましょう。甘やかされ続けたあの子にはちょうど良い刺激だわ」
笑っているあんたの考え方が凄いよ……とりあえずイリナ、ご愁傷さまでしたとだけ言っておくわ。俺と一緒に地獄の夏休みを過ごそうぜ!
そんなことを思っていると俺の頬にポツッと冷たい滴の様なものが当たったかと思えば激しく雨が降り始めた。
「降ってきたなってもう馬車に戻ってるし」
慌てて立ち上がり、馬車の中へ入ると同時に馬車が動き出す。
「まさかここまで強く降るなんて」
「危なかったわ。危うくドレスが濡れるところだったわね」
「……あの、アリナさんってイリナのことどう思ってるんですか?」
「イリナのこと? 甘やかされ続けた気に食わない妹。それ以上でも以下でもないわ」
そう言いながらアリナさんは窓の外へと視線を逸らすが彼女の横顔を見る限り、あまりそう言ういやらしい姉と言った感じはしなかった。
嫌っていることは間違いないんだろうけど心の底から嫌ってるわけじゃなさそうだな。本気で嫌っていたら俺の頼みなんかも聞いてくれなかっただろうし。
「…………ま、少しは見直したけど」
「へ?」
「何も言ってないわよ」
何に怒っているのかよく分からないまま馬車はイリナの自宅へと進んでいく。