第二十七話
アンナがサバティエル魔法学園から姿を消して早一カ月ほどが経過し、すでに魔法学園は長期休暇に入ってしまった。
学園長からの話だと一応、アンナの待遇は休学扱いになっているらしいけどもう彼女がここへ戻ってくることはないだろうって。
俺の力がもっとあればアンナを引き留めることが出来たかもしれないのに……今のところはアンナがフレイヤを殺したっていう報せは入ってこないけど……それにワールド・クリエイトとかいう魔法を持ってる白髪のあいつが創ろうとしている魔法の無い世界……本当にあいつは理想を追い求めているだけなのか、それとも俺の世界の存在を知っているのか。
「はぁ……暇だ」
向こうの世界とは違ってこの世界に俺の実家と呼べる場所は無いから夏休みが始まって三日ほど経過した今日も俺は学生寮の自室にこもっているがやることが本当に何もない。
こっちの言語も何とか修得はしたし、学期末のテストも無事に合格、予習に関しても一日に一時間程度しかしていないからそれから十何時間は暇。
鍛錬をしようにも学園長は毎日仕事で忙しいし、グラン先生に至っては面倒だから出たくないと言って職員寮から一歩も出てこないし、筋トレもやり過ぎたら体壊す元だし。
「どうしよ……このままじゃアンナを取り戻すどころか強くなんてなれねえよ」
「そうですわね」
「……イリナ、頼むから部屋に入る時は転移じゃなくてノックをしてくれ」
「面倒だったものですから……あ、貴方は長期休暇中は暇ですか?」
……まあ、筋トレと勉強くらいしかやることがない状況を見れば暇だって言われるのも仕方ないか……暇じゃないと言えば暇じゃないけどどこからどう見ても暇だよな。
「まあ、暇だけど」
「そうですか……ならば私の家に来ませんか? 夏休みの間」
「……はい?」
――――――☆――――――
「おぉ! よく来てくれたね、トコヨ君」
「ど、どうも」
二回目だけどイリナの家の大きさには慣れるどころか今でも一回目と同じ感想を抱いています俺は単純なのか、それともこのイリナの自宅があまりにもデカすぎるのか。
後者だよな。絶対に後者だよな。校舎じゃないと俺泣くよ。しかも昼飯までご馳走になるなんてこの待遇はいったい何なんだ?
「まったく、平民が王族に血を残すエルスタイン公爵家の家に入れること自体、誇ること。そこら辺はキチンと分かっているでしょうね」
「は、はい。分かっております」
相変わらず目つきは鋭いし、嫌味っぽいこと言うな~……それに比べて次女さんは初めて見た時から変わらずお淑やかで落ち着いた大人の女性の雰囲気があって美人だ。
まあ、長女も美人っちゃあ美人と言えるけどやっぱり俺の好み的には次女の方がストライクゾーンに入るな……って平民の俺が王族に血を残した家の次女に興奮していたら殺されかねん。
「で、なんで俺呼ばれてるの?」
「お父様が貴方のことを気に入ったようですわ。以前のクエスト以来」
以前のクエストと言えば上級クエストに挑んだときのあれか……でも俺、そこのクエストで何かお父さんに気に入られるようなことしたっけ?
普通にクエストに参加して三人でクリアしたくらいだと思うんだけどな。
にしてもこの一回の昼飯だけでいくらくらいかかってるんだろうか……ご馳走してくれるって向こうさんが言ってくれてるからお言葉に甘えてご馳走してもらってるけど。
「トコヨさんはイリナとはどこで?」
「え、えっと入学式の際に出会ったと言いますか……そこから同じクラスですから」
「そうですか。イリナがお友達を連れてくるのは初めてなものですから」
喋っている最中も全身から湧き出るように空気中に放出されているふんわりとした柔らかい雰囲気が彼女を包み込んでいるうえに話し方も上品だからなんか癒されるううぇ!?
ポワワーンとしていると思いっきり足を踏まれ、イリナの方を振り向くと明らかに殺意のこもった視線を俺に向けて釘をさしてくる。
こ、こいつ実はシスコンなのか……お姉さんに手を出したら社会的にも肉体的にも抹殺されそうで全身ガクブルしてくるぜ。
「平民がサバティエル魔法学園に入るだなんて貴方、どれだけお金を積んだの?」
「つ、積んでないですよ。なんか俺、研究対象として入ったと言いますか」
まあ、研究されている感覚は一切ないんだけどな……もしかしたら俺の知らないところで既に俺の破壊魔法の研究が進んでるのかもしれないけど。
長女に至っては喋っている最中でもピリピリとした空気が放たれているし、眉間に皺が寄って目つきが鋭いせいか近寄りがたい感じだし……姉妹でこんなにも性格が反対に成長するなんてことあるんだな。
「でもなんで俺が平民だって」
「貴方からはお金の匂いがしないもの」
「お姉さまは一に金、二に金、三、四を飛ばして五に金ですしね」
「金が無ければ何もできないもの」
要するにお金が大好きなお嬢様って話か……それにしては父親に比べて煌びやかな格好はしてないな。なんかどこか控えめの格好をしているっていうか。
「アリナは昔から何をやらしても報酬を要求してきてね。その都度貯金しているのだよ」
「いつ、何が起きるか分かりませんもの。貯蓄はしておくに限りますわ」
なるほど。常識外れのお金持ちの家に生まれたからこそお金のありがたみとかを骨の髄で感じ取っているから貯蓄しているという事か。
でもそれなんとなく俺も分かるわ。
なんか貯金していないとやばい感じがするから今まで祖父ちゃんに貰って来たお小遣いとかは全部貯金に回してるから今多分、九十万位あるんじゃねえのか?
もともと俺があまり物を欲しがらないっていう性格もあったんだろうけど。
「トコヨ君、何か要望があれば何でも言ってくれ」
「は、はぁ……え、えっとたしか皆さんはそれぞれの魔法を極めているとか」
「うむ。アリナが属性魔法、エリナは強化魔法。2人とも素晴らしい成績だ」
「……良かったらなんですけど俺を強くしてくれませんか?」
その一言に全員のナイフやフォークを動かす手が停まり、俺に視線が集中する。
俺は強くならなきゃいけないんだ……アンナをサバティエル魔法学園に連れ戻すためにもどうしても今以上に強くなる必要があるんだ。
「俺にはやらなきゃいけないことがあるんです……だから」
「私からもお願いしますわ、お姉さま」
イリナもそう言うと立ち上がって俺と一緒に頭を下げる。
「……エリナ、どうする?」
「どうするも何もイリナがここまでする方ですもの。もちろんお引き受けしますわ」
「はぁ……分かったわよ。その代わり死んでも知らないわよ」
「はい。死なないように頑張ります」
俺はもっと強くならなくちゃいけないんだ……何が何でも。