第二十五話
炎が絵を、床を、カーテンを、今までの思い出が詰まった家を燃やしていく。
その中を煤だらけになりながらも赤い髪をした一人の女の子が必死に両親を呼びながら炎から逃げ惑っていた。
「お母さん! お父さん! 姉さま!」
誰も彼女に叫びに声を返すものはおらず、それどころか彼女の叫びを掻き消すように柱やシャンデリアが床に落ちて砕けていく。
そしてアンナがある部屋のドアを開けた瞬間、彼女は叫びにならない悲鳴を上げた。
「あら、アンナ。よく来たわね」
「ね、姉さま……なにをしているの?」
部屋の真ん中にいつもの優しい笑みを浮かべた姉が立っており、壁に貼り付けられ、全身を焼かれている人のようなものが見えた。
「お母さんは? お父さんは?」
「焼いちゃった」
「なん……で」
「だって……私の邪魔をするんだもん」
気づいたときにはアンナは実の姉に対して殺意を抱きながら魔法を放っていた。
―――――☆――――――
奴らが去ってから一時間ほどが経過し、俺の魔法も落ち着きを取り戻したのかもう魔法によって手袋ごと破壊されることは無くなった。
そして今、学園長によってあの場にいた俺、そしてイリナが学園長室に呼ばれていた。
「プロメテウス家はテロリストを輩出した家として疎まれ、お家断絶が妥当という意見が国全体で広がっていてね。落ちぶれ貴族とも言われている」
だからあの時、入学式の行事で男子があんなに向かって落ちぶれ貴族なんて罵倒を吐いたのか……てっきり何か負け犬の遠吠えみたいなものだと思っていたけどそうじゃなかったんだな……テロリストを輩出した上にそのテロリストによって当主とその妻が殺され、放っておいても断絶する可能性が高い……アンナはそんな状況を生み出した姉を殺すために……。
「フレイヤは四年前まではこの学園の生徒だった。属性魔法クラスでも最強と謡われていたよ……でも卒業式の前日に彼女は姿を消し、プロメテウス家惨殺事件が起き、彼女が……フレイヤ・プロメテウスが離反したという報せが国中を駆け巡った」
「全てを失ったアンナはただフレイヤを殺す為だけに生き始めた……っていうことですか」
学園長は何も言わずに静かに頷いた。
確かに今までも感情が高ぶった時は私っていう一人称があたしに変わっていたりしたけど……まさかあそこまで喋り方が変わるなんて……。
「ただひたすらに彼女を倒すためにアンナ君は毎日、異常なほどのトレーニングをしていたよ。君が迷子になった山があるだろ。あそこはアンナ君専用のトレーニング場みたいなものさ」
一番最初にあんなに出会ったのは俺がアンナのトレーニング場に転移したからってことか……。
「それでわたくしたちを呼んだのは」
「君たちにはアンナ君を止めて欲しい。このままでは彼女は確実にフレイヤ・プロメテウスを殺し、自分も殺すことになる……それだけは何としても避けたい」
つまりアンナが復讐をすることは邪魔しないけどフレイヤを殺すことで復習を遂げるのではなくブッ飛ばすことで復讐を遂げるようになって欲しいってわけか……でも俺なんかにあいつの復讐心を止める権利があるのか? あいつがフレイヤを殺そうっていう気持ちは何もない所から出ているんじゃなくて両親を殺されたことから来ている。
それはどう見ても真っ当な物、他人が否定していいものじゃない。
「もう二度と……フレイヤ・プロメテウスの様な生徒は産みだしたくないんだ」
いつもは眠たそうにしている学園長の声がこの時だけはハッキリと聞こえた気がした。
―――――☆――――――
学園長室から戻ってきて一時間ほどが経過した。
ベッドに横になって天井を見ながらずっと考えていたけどどう考えても俺がアンナを止める方法も資格も理由も見つけられない。
俺だって両親を殺されたらアンナみたいに純度百%の殺意を抱くし、復讐だってする。
それくらい子供にとって両親は大切な物だし、その大切な物を奪われた際の復讐心は誰にも止められたくないもの。
それはアンナだって同じだ。
アンナの抱いている殺意がこもった復讐心だって俺みたいな奴に止められたくないって思っているし、だれにも止められたくないはずだ。
「学園長からは止めてくれって言われたけど……俺はどうしたらいいんだ」
そんなことを呟いたとき、部屋のドアがノックされる音が室内に響く。
「どうぞ開いてますよ」
そう言うとドアが開かれ、誰かが部屋に入ってきたので上半身を軽く起こしてその人を見て見ると俺の部屋に入ってきたのはイリナだった。
「イリナ……」
「失礼しますわ……貴方も悩んでいると思って」
貴方もってことはイリナもか……。
「まあ、座れよ」
「ええ……貴方はどう思っているのですか?」
「…………俺は俺なんかがアンナの復讐心を止められるなんて思ってない。だって両親を殺された恨みなんてものは他人からとやかく言われるようなものじゃないし、それに問題はそいつの家の問題。俺たち他人がおいそれと手を出すわけにもいかないだろ……」
「私も貴方と同じような意見ですわ……ですが……私は少なくとも彼女に犯罪者になって欲しくはありませんわ……初めて出来た友人ですし……」
犯罪者になって欲しくない……死人に口無しだからこんなことはあまり言いたくないけどもしかしたらアンナの両親だってそう思っているかもしれない。
自分の娘が復讐心に囚われ、犯罪者となっていく姿は見たくないのかもしれない……そんなことは他人の俺どころか誰にもわからないことだけど。
……でも俺の本心で言えば俺もアンナに犯罪者にはなって欲しくない。この異世界へやってきて初めて出来た知り合いなんだ。
そんな人が犯罪者に染まろうとしているのは見たくない……。
「イリナ、俺決めた」
「え?」
「俺はアンナの復讐は止めない」
「…………」
「でもあいつの殺意だけは止める。俺も……あいつに犯罪者になって欲しくないから」
――――その時、学園の外から凄まじい爆発音が響いた。
「っっ!? な、なんだ!?」
慌てて窓の外を見てみると地面に大きな穴が開いており、その近くアンナが周囲を見渡すこともなくただまっすぐ外に向かって歩いていく。
確かあの方向は不可視の膜があるはず……あいつまさか不可視の膜を無理やり破壊してフレイヤがいる場所にでも向かおうっていうのか!?
窓を開け、部屋の窓から飛び降り、何とか地面に着地してアンナを追いかけて彼女の前に立つ。
「退け。あたしはもうここにいる必要はないの」
「ここを出ていって何するつもりだよ。フレイヤを殺しに行くのか」
「そうよ。もうあいつの潜伏先は分かった。誘ってるか知らないけどご丁寧にあたしに伝達が来たからね。ここに入学したのはあくまで最低限の生活場所を確保するためだけよ」
「…………」
俺にこいつを止める権利はあるのか? こいつは両親を殺された恨みを晴らすためにフレイヤを殺しに行く。それは正当な復讐だし、これはプロメテウス家の問題だって言われたらそうだって俺も納得する。
でも……俺はこいつを止めたい。ここで俺が止めなかったらこいつが今度は犯罪者になって裁かれるかもしれない……でも俺にこいつを止める権利も資格も無い……俺は……もうウジウジ迷わない。
さっき俺は答えを導きだしたじゃねえか。
「アンナ、復讐をしようとするのは構わない……でも殺すんじゃなくてあいつをブッ飛ばすだけじゃダメなのか? 両親を殺された恨みをあいつをブッ飛ばすことで晴らすことはできないのか?」
「ぶっ飛ばすわ……ブッ飛ばしたうえであたしはあいつを殺すのよ!」
直後、アンナの魔力が凄まじい勢いで上昇していくとともに彼女の周囲に赤い魔法陣がいくつも展開され、それが爆弾のように大きな爆発を上げて地面に穴をあけていく。
やっぱりだめなのか……あいつを殺すことでしかアンナの憎しみは晴れないっていうのか……俺は……俺はこの異世界へ転移してきて初めて出来た知り合いが犯罪者になる様を見て見ぬふりはできない!
「アンナ! 俺はお前が復讐するっていう事は否定しない! 俺だって両親を殺されたらそいつに復讐する! でも……でも俺はそいつを殺したりなんかしない! そいつを殺したら俺まで犯罪者になる! 犯罪者になって一番悲しむのは両親だろ! だから俺は……俺はお前が犯罪者にならないように止める! たとえ力ずくでしかできないとしても! お前の中にあるあいつを殺すっていう殺意を……俺は破壊する!」
「やれるものならやってみなさいよ!」
彼女が大きく手を横薙ぎに振るった瞬間、俺に向かって火球が横一列に放たれた。