第二十三話
一カ月に一回のテストから数週間が経過した今日この頃、何もしていなくても汗が流れ出てくるほど暑い日が続くようになった。
ちょこちょことクエストをやったりすることで報奨金や報酬などを貰っているので結構、財政状態は潤っていたりする。
それにしてもテストの時に襲撃してきた女の人はいったい誰なんだ……既視感はあることはあるんだけどどこかで会った記憶は一切ない。
そんなことよりも今日は女王陛下がこの学園に来て新入生の俺達に向けての演説をする日。
普段は遅刻はそこまで厳しくとがめられないけど今日だけは本当に停学にするんじゃないかって思うくらいに遅刻は厳しくとがめられる。
なんせ国家元首である女王陛下の目の前で遅刻するっていうのはな……にしても何を話すんだ? ま、何校もまわってるらしいから使いまわしだと思うけど。
「っし! 行くか」
部屋を出るといつもは眠たそうに歩いている連中も今日だけはやけに目覚めがよかったのか全員目がしゃきっとしている。
まあ、国家元首の目の前で爆睡してたら大目玉喰らうし、その後の進路にだって影響を与えるかもしれないしな。
そんなことを考えていると目の前に見覚えのある後ろ姿が見えてきた。
イリナはいつも通り、しゃきっとしてるな……あいつが寝不足で目の下にクマが出来てるっていう事態の方が思い浮かべるの難しいけどな。
「イリナ」
「おはようございます、ユージさん」
「今日、女王陛下が来るんだったよな」
「ええ。その為の警備も厳重ですから」
イリナの言う通り、今日の学園の空気はどこかピリピリしており、そこら一帯には騎士隊と思わしき武装した男たちが立っており、俺達に監視を目を光らせている。
それが学園の外ならまだしも学園の校舎内にもそういう格好の奴らがいるからなんか戦争が始まる一歩前みたいな感覚を抱いてしまう。
中には女王陛下のことをよく思っていない連中がいるかもしれないっていう考えからなんだろうけど校舎の中まで入らなくてもとは思うけどな。
女王陛下の演説が行われる学園から少し離れた場所にある塔には多くの生徒が集まっており、順番に中へ入っていく。
「イリナ、頼む」
「無理ですわね。今日、演説が行われるのは一階層。私の記憶の中に一階層の景色は入っていませんから転移は無理ですわ」
「マジか……俺人混みの中って好きじゃないんだよな」
あのギュウギュウ感覚が嫌いだから高校だって自宅から徒歩で行けるような近場にある高校を選んだくらいだからな。
一回だけ満員電車に乗ったことがあるけどあのギュウギュウ間は未だに嫌いだ。
入り口を通ると広大な野原が広がっている。
相変わらず次元魔法っていうのは凄いな。パッと見ただの塔にしか見えない建物の中にこんなだだっ広い野原を作るんだからな。
「でもさ、前みたいに侵入者が来たりしないのか?」
「この塔の周囲には護衛が何人も立っていますし、第一この塔の中の風景は生徒と教員にしか見せていないので瞬間移動の魔法使いでもここへ来るには不可能。仮に来たとしても炙り出しは容易ですわ」
「……そうなったらお前が疑われないか?」
「その時のために貴方がいるんです」
……あ~なるほど! 俺と一緒にいるのはそう言ったときの容疑を晴らすためか……ってなんかそれちょっとそれ傷つくぞ。
認められて傍にいると思っていたらまさか利用されてましたって切るし手られる対応の敵側の忠臣の横道退場パターンじゃないか。
「それにこの塔に来るまでにいくつもの検問が立てられていますからまず部外者が侵入を試みようとすれば止められるでしょうね」
「なるほどね~。あ、塔ごと超遠距離から魔法で撃たれたりしないのか?」
「それはないでしょう。この塔を護るように不可視の魔力壁が何重にも展開されているでしょうし」
「相当、警備には気合入れてるってわけか」
「そうしないと学園の評判がガタ落ちですから」
国のトップが招待されてやってきた場所で負傷したらあんたのところが招待なんかしなかったらトップは怪我をしなかったんだぞっていうイチャモンをつけられるから警備に気合が入るのもまあ無理な話じゃないわな。
女王陛下って美人なのかな……なんかある意味楽しみだわ。不敬って言われるかもしれないけど。
いつものように一列で済むくらいに人数が少ない超常クラスの列に座り、演説が始まるのを待っていると少し前に魔法陣が展開される。
その魔方陣から少しずつ馬車と騎士隊の連中が囲むようにして現れるとドアが開けられ、そこから綺麗な煌びやかな装飾がいくつも施された正装の格好をした女性が降りてくると周囲から息をのむような音が聞こえてくる。
あれが女王陛下……目が吊り上がってて少し怖い感じがするけどやっぱきれいだな。
「新入生の皆さん、おはようございます」
魔法で声を拡大して響かせているのか女王陛下の綺麗な声が俺達の耳にはっきりと聞こえるほどに入ってくる。
「ビブリオ王国女王、エリス・ウィザードです」
王族は魔法に秀でたものが多く、国民から畏怖されつつも尊敬される魔法使いがなるべきであるという事で女王に就任した時からウィザードと名前がつくらしい。
「このサバティエル魔法学園は歴史上唯一の三種の魔法全てを扱えるサバティエルによって設立された大変名誉ある学園です。そこで学んでいる皆さんも誇りを持って日々、勉学に励んでいるでしょう。皆さんにはどうかその誇りを失わずに卒業を迎えて欲しいと思います」
そうだよな。よく考えたらこの学園って歴史に名を刻むほどの高名な人が設立した魔法学園、そこに入学するには血のにじむ努力をしてようやくは入れた奴が集まる名門中の名門。
そんなところに俺は試験も努力も無しに編入できたんだ……それに胡坐をかくことなく上を目指しながら学園生活を日々、送るべきだよな。
「ん?」
その時、視界の端に黒くて小さな破片のようなものが風に運ばれて飛んでいったのに気付き、手の方を見てみると何故か手袋の指先の方が破れて穴が開きつつあった。
な、なんだこれ……今までこんなことなかったのに。
――――刹那
「陛下!」
そんな叫びが聞こえると同時に悲鳴が木霊し、慌てて顔を上げると女王陛下の周囲を護衛していた騎士の連中の体を炎の槍が貫通しており、さらに女王陛下に向かっていくつもの炎の槍が降り注いでいる。
「イリナ!」
直後、炎の槍の目の前に転移され、一発目を殴りつけて炎の槍を破壊し、二発目を蹴りをぶつけて消滅させるが残りの一本が女王陛下に向かっていく。
当たる、そう思った直後、女王陛下を囲むようにして地面から炎が噴き出し、降り注ぐ炎の槍を包み込んで一瞬にして掻き消した。
今の炎、間違いなくアンナだろうけど降り注いだ炎の槍の炎は間違いなくあいつだ。
連中の逃げ惑う騒ぎが後ろから聞こえる中、地面に着地した瞬間、炎が一か所に集まっていき、そこから1人の女性が出てくる。
「やっぱりあんたか……フレイヤ!」
「年上を呼び捨てだなんて酷い子……でももっと酷い子がいるわね」
直後、俺の頭上を巨大な火球が通過していき、フレイヤに向かっていくが地面から生えるように伸びた炎の柱によって串刺しにされ、火球が一瞬でかき消される。
慌てて後ろを振り返るとそこには今までにないほどの怒りをにじませているアンナの姿があった。