第十四話
馬車を降り、召使いの女性に案内されながらイリナの家の中を歩いているがあまりの豪華絢爛な様相に何も言葉を発することが出来なかった。
ここはどこのパーティー会場の廊下だって突っ込みたくなるくらいに天井にはシャンデリアが吊らされているし、壁には大きな絵画が飾られていたり、綺麗な壺が飾ってあったりなど金持ちの家の予想図をさらに飛躍させたような家だ。
あり得ないレベルのお金持ちって実際にいたんだな……それだけ王族に婿を送り出したことは偉大というか金を引き寄せる物なんだな。
さっきから召使いらしい女性と通り過ぎていくがその数に驚きを隠せない。
流石に向こうとはメイドさんの服装は違うけどそれでもメイドさんに似た職業はどの世界にもあるもんなんだな。
「ご主人様。サバティエル魔法学園から担任の先生とご学友の方がいらっしゃっています」
「入りなさい」
メイドさんが扉を開け、そこを通り、部屋の中へ入るとそこはどうやら食事をする場所らしく、やけに長いテーブルが置かれており、そこに美味しそうな料理がズラッと並べられ、一番奥の座席に父親らしい男性が座っており、そこから母親、兄妹、そして一番父親から離れたところにイリナの姿があった。
「おぉ、貴方がグラン先生ですか。お噂は聞いておりますよ。重力魔法の使い手で数々の凶暴な魔物を倒した新進気鋭のエースだと」
「勿体なきお言葉です。今回、ここへ来たのは娘さんのイリナ・エルスタインの件についてです」
「それはもう終わったことでしょう」
「いいえ。退学なさる理由を聞いておりませぬので」
「理由は家族の問題ですよ」
「では誠に失礼ながら端的にお話しいただけないでしょうか。なんせ彼女が入学してからわずか十日ほどで学園を退学するという事は少々異例ですので」
「父様。学園の先生の言う通りですわ。一カ月も経ってないうちに退学するのは少し早すぎます。まだイリナは十六になったばかりですし、もう少し後でもよろしいのではないのですか?」
イリナによく似た金髪の髪を髪留めで一か所で止め、そのまま流している優しい雰囲気の女性がそう言うと父親は少し考える素振りを見せるがすぐにそれも隠すかのように俺達の方を見てくる。
「エリナ。貴方は黙っておきなさい。これは我々エルスタイン家の問題よ。そこの平民たちに話す義理は無いはずよ」
「姉さま……ですがイリナにだって友人はいますし、いきなり何の通告もなしに、教室を去っては変な疑いが残るだけです。現実、彼が来ているのですから」
今度は対照的に目が吊り上がり、眉間に皺が寄っているように見え、どこか睨みつけているような感覚を覚える女性がそう言うが負けじとエリナと呼ばれた女性が反論する。
なんだか強硬派と慎重派の議論を見ている感じだ。
「父様、なんか言ってやってくださいよ」
「アリナの言い分ももっともだがエリナの言い分も一理ある……よろしいでしょう。おい、彼らに椅子を持ってきてやってくれ。それと食事もな」
「父様! 平民にそんな待遇は必要ありませんわ!」
「アリナ、座りなさい。平民だ、貴族だと言うのは良いが度が過ぎているぞ」
父親にそう言われ、悔しそうな表情を浮かべながらアリナさんは渋々、座席に座った。
俺達の分の座席もメイドさんがもってきてくれるとともに料理まで持ってきてくれるがこの部屋の物々しい雰囲気のせいか食事が喉を通る気がせず、ナイフとフォークにすら手を付けようとは思えない。
これが食事ものどを通らないっていう状況か……汗かいてきた。
「退学の理由としましてはイリナにも花嫁修業をさせようと思いましてね。この子は上の姉妹と比べて何事の習得にも時間がかかる子なのですよ」
だから毎日、暇さえあれば教材をもって勉強していたのか……朝早くに教室にいるのも自分の習得の遅さをカバーするために……でもそのことと花嫁修業って何の関係があるんだ?
「いくら時間がかかっても良いという教育をしてきましたが花嫁修業だけはこの子の将来に関わることですので早めにやっておこうと思ったのですよ。別に魔法のこと以外は家庭教師で物足りますしこの子の魔法は超常魔法の瞬間移動。特に実戦で役にも立ちますいまい。そういう事でイリナには学園を退学してもらい、花嫁修業に専念してほしいのですよ」
父親の話を聞きながら長女の方はうんうんと納得した様子だったけど次女の方は納得がいっていないのか微妙な表情を浮かべ、自身のことであるはずのイリナは特に何とも思っていない様子、そして担任であるはずの先生は話しそっちのけで食事を楽しんでいた。
この人図太い精神をお持ちなようで。
「んくっふ……と失礼」
うわ、ゲップまでしやがった。
「お父様のお話しは理解できました。貴族によくあるできそこないの娘は教育せずに嫁に行けという考えではなくてひとまず安心いたしました……ですが私が聞きに来たのはイリナ・エルスタイン本人の意思です」
イリナの方を見るが本人のイリナは先生と顔を合わせないように顔を伏せている。
……ていうか俺、場違いじゃね?
「イリナ、君はどうしたい?」
「お父様の指示に従いますわ」
「それはエルスタイン公爵家の娘としての考えだろう? イリナ君自身の意思を知りたいんだ……と、ここにいるユージ君が言っているよ」
「は、はい?」
ここで俺に振る!? 先生ここに来る前に俺は発言するなみたいな主旨のことを仰っていませんでしたっけ!?
先生が目で必死に喋りかけろと言わんばかりの勢いで俺を見てくるのでとりあえずイリナの方をチラッと見てみると偶然か否か、彼女と目が合うが一瞬で逸らされた。
「え、えっと……イ、イリナはさ」
「別に何とも思っていませんわ」
「俺まだ何も言ってねえ……と、とにかく……このまま学園を辞めて花嫁修業に従事するのは良いのか? もうすぐクエストだってあるしさ。これからもっと楽しいことあると思うんだよ……それなのに途中でそれを放棄するようなことはイリナにとっていいのか?」
「…………」
「そのさ……イリナも女の子だからいつかは花嫁に行くのは分かるんだけど今、何も経験してねえじゃん。学園での楽しいこととか辛かったこととか……それでいつかは母親にもなるわけだし、子供に話してやれることほとんど無くないか? 母親として経験談を子供に話すってことは大切だと思うんだ。俺の祖父ちゃんは俺に色々な経験を話してくれたけどその話は今の俺にとって大切な物になってるんだ……イリナがもう放っておいてくれっていうんだったら何もしねえけど……学園での経験って必要なことなんじゃないのかな」
直後、室内にテーブルを強く叩いた音が響く。
「馬鹿馬鹿しいわ。何が経験談よ。貴方、私たちのお家のことはご存じ? 昔からこの国に影響を与えてきた名家中の名家であるエルスタイン公爵家よ? 話すことはたくさんあるわ。エルスタイン後者の歴史を子供に話すことこそが母親としての使命よ。そんな学園での経験談なんか役にも立たないわ」
「……でも子供が学園ってどんなところ? っていう質問をされた時、中等部までのことしか話せないじゃないですか」
「それで十分じゃない」
「……俺が思うには母親とか父親とかの経験談はかなり重要なものだと思うんです。知識とかを子供に話すことも重要ですけど何より大切なのは……母親・父親になる前の楽しかった経験談や辛かったことを話すことなんじゃないかなって思うんです」
「話にならないわ。ねえお父様」
「…………良いことを言う若者もいるものだな」
「「は?」」
室内に俺と長女のそんな一言が響く。
「君の言う事も一理ある。子供は親の経験を基に学習することもある……イリナ。お前はどうしたい」
突然の切り返しにイリナを含めてこの場にいる全員が驚きを現し、父親の方を見るがその表情はとてもじゃないけど俺達部外者が口を突っ込めるような雰囲気ではなく、家族である長女と次女の2人でさえも突っ込めないものだったらしく、二人は何も言わない。いや、言えなかった。
「わ、私は」
「エルスタイン公爵というものの枠組みの中で考えるのではなく、一人の人間として出してほしい」
「…………」
イリナはゆっくりと顔を上げ、俺の方をじっと見てくる。
この答えで全てが決まり、それと同時に彼女本来の意思がハッキリと分かる。
学園を辞め、親の言う通りに花嫁修業に従事するのか、それとも学園に戻って学園生として生活を続けていくのか。
「私は……学園に……戻りたいです……」
控えめなイリナのそんな声がこの室内に響き渡る。
「お父様! 無条件でイリナの言う事を受け入れるおつもりですか!?」
そんな良い雰囲気をぶち壊したのは長女だった。
いったいこの人は何が嫌でこんなにもイリナのことを邪魔するんだよ。
「私に提案がありますわ。お父様」
「言ってみなさい」
「イリナが学園へ戻りたいのは結構。ですがイリナの魔法は超常魔法、しかも瞬間移動なんて言う実戦じゃ何の役にも立たない魔法。そこでイリナには討伐クエストをやらせ、そのクエストをどのような形でも良いからクリアすればイリナの望みを叶えるというのはいかがですか? 流石にイリナの望みをそのまま叶えるというのは聊か甘やかし過ぎだと私は思いますが」
「ちょうどサバティエル魔法学園では生徒がクエストを受ける時期ですのでそれを利用しましょう。ただし討伐クエストはこちらで決めさせていただきます」
「条件があるわ。討伐クエストの難度は最低でも中級クラスでお願いします。もしもそのクエストがクリアできない様であれば家に帰って来て花嫁修業をなさい。イリナ」
「姉さま! 流石に入学したてのイリナにそんな中級をクリアしろだなんて」
「分かりましたわ」
イリナのその一言に全員の視線が彼女の方へと注がれる。
「討伐クエストをクリアした暁には私はサバティエル魔法学園へ戻ります」
「やれるものならやってみなさいよ。ノロマのイリナ」
――――☆―――――
雄二とグランが帰宅してから二十分ほど経過し、イリナは自室のベッドで横になっていた。
「……何故、あそこまで私に関わるのやら」
昔から彼女の傍によって来た人間はほとんどが家の地位に惹かれた、もしくは将来良くして貰おうと媚を売る者たちばかりだった。
だが常夜雄二という存在だけは違った。
まるで自分のことを知らないかのような接し方、喋り方、そして先程の行動を見て彼女の中で彼は今までに出会ってきた人間とは違うのではないかという考えが大きくなっていた。
「常夜雄二……私に力さえあればこんなことには」
「良い欲望ね」
「っっ!」
自分の声以外は響かないはずの自室に聞いたことのない女性の声が聞こえ、慌ててベッドから起き上がって声がした方向を向くとそこにはフードを深くかぶって顔を隠した女性がそこに立っていた。
自宅であるこの建物には至る所に部外者の魔力に反応を示す不可視の膜が張られており、一歩でも入れば警備の物に連絡が届くはず。
しかしそのような雰囲気は外からは見受けられない。
という事は奴は不可視の膜に触れず、かつ警備の物に見つからない何かしらの術をもってしてこの部屋に入ってきたという事になる。
「貴方のその素晴らしい欲望にこの子が反応してる」
そう言いながら女性が纏っているローブから黒い蝶のようなものが飛び出したかと思えば彼女のポケットに収まった。
「力が欲しいと願ったとき、その子にお願いしなさいな。きっとあなたが望む力が手に入るわ」
そう言い残し、彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、彼女の足元に赤色の魔法陣が出現し、そこから炎が噴き出し、彼女を包み込んだかと思えば一瞬にしてどこかへと転移した。