第十三話
翌日、普段通りの時間に置き、教室へ向かうと珍しくイリナの姿が無かった。
普段なら俺よりも早い時間帯に出ているのか一番に教室にいて座席について教材を読み老けていたのに今日はその姿がないなんて珍しいな。
風でも引いたのか……でも最近はちょうど良い気候だし、俺みたいにイリナが腹出して寝てるところは全く想像が出来ないしな。
「おはよ~」
「おはようございます。面倒くさそうですね」
「本当だよ。最近は色々と仕事があってね~。君たちがバカだから」
「ヒデェ」
ふと先生の手元を見てみるといつものように書類があるんだけどいつもは俺とイリナの分で二枚あるのに何故か今日は一枚しかない。
やっぱり今日、イリナは風邪か何かの体調不良で休みなのか。
「先生、イリナは今日は休みっすか?」
「ん? いや、私はまだ聞いていないぞ」
担任の先生のところに連絡すら来てないなんて……さてはイリナの奴サボったな? まぁ、人は誰しもサボりたいときがあるもんさ。
俺だって学校をサボってゲーセンで遊んでる時にたまたま祖父ちゃんと遭遇して大目玉喰らうかと思ったら祖父ちゃんまで一緒にゲームに参加して遊び始めて2人一緒に母さんに怒られるというな。
その時爺ちゃんに言われたのはサボりたきゃ学生のうちにサボっておけと、社会人になればサボったら誰かの迷惑に直結するぞと。
学校では俺がサボっても欠席扱いにすれば良いだけであって誰かの迷惑に直結することは少ないけど社会人になったらサボりは会社に迷惑をかけ、迷惑に直結する。
そんなことを考えている時、廊下から何やらペタペタという妙な音が聞こえてきた。
「なんの音っすか?」
「うん……あの人だね。面倒くさい」
「あの人……は?」
廊下の窓に映った影はどう考えても人の物ではなく、まるで馬にも似たシルエットであり、その馬に乗る形で人の影が見えている。
なんで校舎の中で馬なんか乗り回してるんすか。
「おはよ~」
「どうも……はぁ」
この教室にある意味会ってはならない二人の人間が邂逅した。
一人目は自分が働くという事は生徒がバカ、自分は働きたくないというキングオブ面倒くさがりの女教師、そしてもう一人は常に眠たそうな目をし、喋りながらウトウトしている理事長先生。
この二人が話をしたら絶対に前に進まないぞって言ってる傍から寝てるし。
「理事長」
「……おぉ、そうだ。寝に来たんじゃないんだ君たちに連絡をしに来た……すー」
「だから寝るな!」
「おっ……連絡だよ。イリナ・エルスタインは本日限りをもってサバティエル魔法学園を退学するという連絡がエルスタイン公爵家から来たよ」
理事長の発言の後に誰も続けられなかった。
は? な、何でイリナが学校を辞めるなんていう話になってるんだよ……つい昨日まで普通に学校に……そう言えば昨日のイリナ、なんかようすが少しおかしかったな。
「それは本人からですか?」
「いいや。当主からだよ。彼女の意思が聞きたいって言っても同じだって言われてね。理由を聞いてもこちらの問題だって言われてそれでお終いさ」
「…………よし。今日は校外学習へ行こう」
「どこにですか?」
「ん? 大貴族の家に」
―――――――☆―――――
先生のそんな提案により、学校を出た俺と先生は馬車を使ってイリナの実家へと向かっていた。
それにしてもこの世界の移動方法が馬車とは……てっきり魔力で動く車とか存在してるかと思ったけど向こうに比べて何十年レベルで技術は遅れているらしい。
魔法という超常的なものが存在しているし、ほとんどのことが魔法で出来るから技術の遅れは致し方ないとは思うけどさ。
にしても……馬車ってこんなに揺れるんだな。
「エルスタイン公爵家はこの国の中でも数パーセントしかいないとされている王族に血を残した名家中の名家。始まりは初代女王陛下の旦那がエルスタイン公爵家から婿として出たことから始まっている」
「要するに今の女王陛下にも僅かながらにエルスタイン公爵家の血が流れてるってことですか?」
「僅かどころの話しじゃない。半分だよ。今の女王陛下の旦那様もエルスタイン公爵家から婿として出たばかりだからね」
通りでイリナの自己紹介の時に周囲がざわついたわけだ。
王族に血を残す奴が学校の中にいたらそりゃ驚く。
俺だってクラスに皇族の方がいたら流石にちょっとどころかかなり驚くし、多分普通通りに生活できないわな。
「エルスタイン公爵家の影響力は絶大だ。なんせ政治にさえ口を出せるのだから……その金の多さを見たら君は多分、引くだろうね」
「ひ、引くんですか?」
「あぁ、引く。私が子供のころ、一度だけエルスタイン公爵家の本邸を見たことがあるがここは王族の方々が住まわれる場所かと思うくらいの大きさだ」
いまいちわからねえけど向こうの世界で言う皇居みたいなものが長閑な田舎町にまるで威厳を示すかのように建てられているって感じでいいか。
「でも確か旦那様は王族なんじゃ」
「王族へ入ったのは数百年ぶりのことだからね。その当時は王族に身分を置いていた方はいらっしゃらなかったからね」
それにしてもまさか先生の面倒くさそうな顔が無くなるとは思いもしなかったな……要するに先生も面倒くさがってはいるけどちゃんと教師としての熱いものは持っているって話か。
そんなことを考えていると馬車が停まったので窓から外を見てみると鎧を着こみ、槍を所持している守衛らしき人たちが馬を運転している運転手に駆け寄っていた。
「通してくれるかね」
「先生だからいけるんじゃないんですか?」
「彼らからすればサバティエル魔法学園という名門校の教師でもただの一般人だからね」
俺の世界には貴族という地位は無くなって皇族以外は市民平等っていう形だったけど大人気の俳優や歌手、お笑い芸人も皇族の方から見ればただの一般人って話か。
それにしても貴族の奴が俺の知り合いには多いな。確かアンナも貴族だったよな……そう言えばなんで落ちぶれ貴族なんて言われてたんだろうか。
「どうやら今日は機嫌がいいらしい」
先生がそう言うとともに馬車が進み始める。
窓から外を見てみると広大な土地が広がっており、人間の手が加えられていないのか自然そのままの姿が広がっている。
「まだ着かないんですか?」
「もう着いているよ」
「へ? でも家なんてどこにも」
「今馬車が走っているのはエルスタイン公爵家の門と玄関の間にある庭みたいなものだ」
そう言われ、慌ててもう一度窓の外を見てみるとさっきまで人の姿はいなかったけど進んだからなのか庭師のような人が雑草を魔法を使って燃やしていた。
げ、玄関と門の間にこんな広い庭があっていいのか!? マジで俺のクラスメイトは超がいくつつけても間に合わないくらいの大金持ちらしい。
「一つ言っておく。これから何があっても君は反論しない様に。全て私が発言する。良いね?」
「は、はい」
普段は見られない先生の真剣な表情を目の当たりにしながら俺達は馬車を降りた。