第九話
教師の案内に従ってフィールドに出ると目の前に空いてらしき男子生徒が立っている。
観客席を軽く見渡してみると全校生徒が座っているから埋まってはいるけどどうやら興味は無いらしく全員誰かと喋っているか本を読んでいるか。
まあ、1年生が出る試合を興味津々に見る人はあまりいないしな……そう言えば女王陛下が来るとか言ってたような気が……。
よく見てみるが女王陛下らしき人物の姿は見当たらない。
まあ、この国のトップが一般生徒から見える場所に座るなんてことしないよな。
「トコヨユウジ君ですね?」
「はい」
「アレウス・リザード君ですね?」
「はい」
この前の威張った先輩じゃないか……よし、ここでいっちょ後輩の意地って奴を見せてやる。
「じゃ、始めてください」
もう両手の手袋は外してあるし、いつでも来い!
拳を握りしめた瞬間、相手の周囲に青く輝く魔方陣が出現したかと思えばそこから大量の水が噴き出し、周囲に集まるとそれぞれがバスケットボールサイズの球体に形を変える。
相手は属性魔法でしかも上級生か……とにかくやるしかない。
「お前、超常科だろ?」
「そうっすよ」
「じゃあ手加減するから当たってくれね? こっちは評価を上げないといけないから。昨日のこと許してやるからとりあえず一発食らえ」
審判役の教師に聞こえない程度の声でそういうと周囲に浮かばせている球体のいくつかを俺に向かって放って来る。
先輩の言う通り、その攻撃を喰らう気もなくこっちに向かってくる球体めがけて拳を突き出す。
直撃した瞬間、球体が一瞬にして破裂してただの水に戻りフィールドのあちこちに水しぶきが飛び散る。
「はぁ? お前何してんの?」
「何って攻撃をいなしただけですけど」
「だからさ~。こっちは評価上げねえといけねえから1年は黙って喰らってろよ!」
先程以上の速度で球体を俺に向かって投げてくるがそれらも手で弾いたり、避けたりしながら全てをいなすと今度は大量の水をそのまま俺に被せるように放って来る。
俺を窒息死させる気かよ……でも!
被ってくる大きな波に少しだけ触れた瞬間、水が大きく破裂し、俺を裂けるように左右に分かれてフィールドの周囲に水が打ち付けられる。
直後、その場から全力で駆け出すと目の前に一つの大きな魔法陣が展開されるがその魔方陣に少し触れた瞬間、ガラスが砕けるような破砕音を響かせて魔法陣が粉々に砕かれ、俺の視界に相手の驚いた表情が映り込む。
そしてそのままの勢いを利用して拳を突き出す!
「せいやぁ!」
「ぐぁ!」
一瞬の破砕音と同時に相手のくぐもった声が響く。
これでも妹を護るためにという名目のもと祖父ちゃんに筋トレグッズを譲り受けては筋トレの仕方を習っていたんだ!
パンチの打ち方は知らねえけど筋力は並以上だ!
相手は腹を抑え、涙目になりながらも俺を睨み付けてくるがそれ以上のことはしてこない。
「終わりだね」
「ま、待って! ま、まだ俺は!」
「勝者、トコヨユウジ君」
その宣言と共に俺の初めての模擬戦は幕を閉じた。
――――☆―――――
その日に予定されていた模擬戦が終了したのは太陽が半分ほど沈み、空が茜色に染まった頃だった。
どうやら超常クラスで勝利を収めたのは俺だけだったらしく、面倒くさそうな表情の先生によくやったとまで言われた。
本当に俺の魔法は超常魔法の中に入れておいていいんだろうか……ステータス攻撃面にがん振りの魔法だからな。属性や強化じゃないのは確実なんだろうけど。
「けどまさか相手に勝ってしまうとは。流石は男子」
「は、はぁ。ミウォル先輩は」
「私? 私は速攻で負けちゃった。私って透視魔法に魔力ほとんど注いできたから属性魔法も使えないんだよね~。だから覗くのが仕事なの」
傍から見ればあんたはただの変態です。
でも透視魔法も使い方を考えると色々あって例えば手荷物検査の時に怪しいものを持っていないかを検査するとき、相手に触れずして見れるからな。
まあ、この人の変態思考だけだと変態方向にしか魔法は使わないよな……でも逆を言えば相手の武器を見通すことで対策を練るってこともできそうだな。
「あとは君だけだよ。超常科の希望」
「希望って言いすぎですよ」
「ただ単に殴ってるだけですから魔法使いの気品もありませんがね」
「それを言ったら強化科の連中もそうなっちゃうしね~。まあ、今でも古い考えの人は属性魔法こそ真の魔法だって言ってるところもあるし」
まあ、俺がいた世界でもどちらかといえば魔法使いって炎とか水とか雷とかそう言った類のものを道具も何も使わずに使えるっていう感じだったからな。
テレパシーとか重力操作とかはみんな超能力っていう分類になっていたし……もしも今、この状態で俺が元の世界に戻ったら取材とか殺到するよな。
できれば戻る際にこの魔法も捨てたいけど。
「そういやアンナの姿見えないな」
そう言った瞬間、何故かミウォル先輩の表情が一瞬だけ暗くなったような気がしたけどまたすぐにいつもの表情に戻った。
「彼女は普段からあまり姿は見えませんわ。特に食事中は」
「どっか一人で食ってんのか?」
「さあ? それも分かりませんわ」
要するに普段はなにをしているか分からないってことか……まあ、クラスも違うしな。
――――☆――――
「申し訳ないがこの前の話は無かったことにしたい」
「ま、待ってください! も、もう一度だけ! もう一度だけ俺にチャンスを!」
サバティエル魔法学園から少し離れた場所にある森の中、一人の男子生徒と煌びやかな服装をした男性が話しをしていた。
その男性は有望な魔法学園生を騎士団へ入団させるか否かの判断を下すいわば視察官のような立場についており、今日の試合を見てその結果を言いに来た。
無論、そんな結果に納得がいかない男子生徒は必死に男性にチャンスを懇願するが男性は首を左右に振ると自分の服を掴んでいた男子生徒の手を払う。
「1年生に負ける様な方は騎士団にいりません。それに貴方は明らかに1年生だという事で手を抜いていた。賊の中には弱い振りをして近づいてくるものもいる。騎士団はいついかなる時も常に全力でいなければいけないにもかかわらず、貴方はそれを破った。ですので貴方は必要ありません」
「い、今までの努力はどうなるんですか!? いったい家からどれほどの寄付金を騎士団に提供したと思っているんですか!?」
「こちらは金を寄付してくれとは言っておりません。貴方方が勝手に行ったことです。どれほどの金を積もうとも騎士団は実力しか見ません。ではこれで」
そう言うと男性は足元に魔法陣を展開させ、一瞬にしてその場から消え去った。
「そ、そんな…………あいつのせいだ……あいつが……トコヨユウジが俺の言う事を聞かなかったからだ! あいつが俺の言う事さえ聞いていれば俺は騎士団への入団を許可されたのに!」
「そこの坊や」
美しい女性の声が闇夜の森に響く。
男子生徒が振り返るとそこには深くフードを被って顔を隠した女性が立っており、膝を折って男子生徒の近くへとくる。
「憎い相手がいるのね?」
「……あんたは」
「ヒ・ミ・ツ。さあ、手を出して」
女性に言われるがままに男子生徒は手を出すと掌に細長く、綺麗な指が触れる。
そこに一瞬の輝きが発されたかと思えば男性生徒を中心にして黒色の輝きを放つ魔法陣が出現し、男子生徒を包み込むようにして魔力が放出されていく。
「凶精霊・シャルバンド。きっと貴方の望みを叶えてくれるわ」