ある人間の始まり
――約束だよ。
目の前の少女はそう言い小指を立てる。
顔はぼやけてよくわからないが、クリーム色の綺麗な髪が彼女は俺の大切な人だ。
だからこそ、これが夢だとわかる。
彼女とはこの時を最後に十年近く会っていない。
彼女とした約束――何よりも大切な約束をした、この日以来。
もうすぐ約束通りに再会できると期待しているから懐かしい夢を見ているのか……。
――ああ、約束だ。
俺がそう言うと彼女は泣くのを我慢しながら指切りげんまんを歌う。
泣かないでくれ、約束は守る。俺は必ず――
夢だとわかっていても、そう言わずにはいられなかった。
もうすぐだから――待っていてくれ!
――――。
視界が白く塗りつぶされていき最終的には何も見えなくなった。
それと同時に俺のことを呼ぶ声が聞こえてくる。
「――さん、皆守さん」
「……ん?」
誰かに体を揺さぶられながら名前を呼ばれ、目を覚ます。
どうやら車で移動中に眠っていたようだ。
「七集学園に着きましたよ」
「……ああ、すいません。ありがとうございます」
俺を起こしてくれたのは今日俺が転校する学園まで車で送ってくれた運転手の佐々木さんだ。
父親のツテで駅から学園まで送ってもらった。
「送ってくださってありがとうございます」
「気にしないでください。――ああ、私ももうすぐ仕事の時間なのでこれで」
「はい、お疲れ様です。お仕事頑張ってください」
「そちらも頑張ってください」と言い佐々木さんは車で仕事場に向かった。
「――まさか一年も遅れることになるなんてな……」
俺――皆守勇人は目の前に西洋の城の城壁ぐらいの高さの壁を見上げながらそう呟く。
この壁は今日から俺の学び舎になる“七集学園”の外壁であり、結界の役目も担っている。
なぜ結界や高い壁が日本の学園にあるかと言うとこの七集学園は異世界『レムリア』にて戦える冒険者を育てるための施設だからだ。
――と言っても学園に居る生徒は異世界の住人しかいないが……。
これから俺がこの学園に居る唯一の人間になる。
「しかし、高い壁だな……」
この壁は異世界の魔法と人間の科学を合わせた魔科学によって造られたもので特定の方法でしか破壊できないらしい。
魔術による攻撃やダイナマイトによる爆破にも耐えられるとのことだが――ちょっと試してみたい気がする。
「……ガマン、ガマン」
気になったことをすぐ試そうとしたりするのは良くない。ちゃんと許可を取らないと。
まあ、試すのは学園内に入ってからだな。
「やっと、ここに来れたんだ。入学した日ぐらいはおとなしくしとかないと……」
ここで、問題を起こさないとは言えない。
俺の目標を考えると正直、問題にならないように行動をしていては成し遂げることはできないと思われるからだ。
ある約束を守るために――
そのために七集学園に俺は転校してきた。
「よし、行くか」
そして俺は開いた校門へ歩みを進めていく――
ドーン!
直前に何か重いものが落下してきたような音が聞こえてきた。
「……早めに来て正解だったのかな?」
ちなみに、現在八時七分、職員室には八時半までに来いと言われていた。
入学できたのが嬉しくて早く来てしまったが、どうやらこの学園では早くないようだ。
「まあ、気になるし行ってみるか」
客観的に見れば幸先不安なスタートだった。