バレンタイン特別編 ~勇人転校前~
ギリギリ間に合った! バレンタイン特別編、勇人が転入する前の話です。
今回は三人称です。
これは皆守勇人が七集学園に入学する二か月前の話である……。
※七集学園1―E教室
「――うん?」
斜め上後方に真直ぐに伸びた二本の角を生やした紅いツンツン髪の竜族の男子、紅場竜二は教室に入りいつもと違う空気に首を傾げた。しかし周りを見て原因はすぐに解った。男子連中が挙動不審なのだ。妙に格好付けようとしたり、女子に視線をチラチラ向けたり、女子を気にかけたりと何かを意識している。
「…………?」
理由が解らない竜二は自分の席に移動して、既に登校していた黒い短髪に背中に有る黒い翼を畳んでいるアルに原因を尋ねる。
「なんかクラスの男子共の様子がおかしいけど何か有ったか?」
「……今日の日付は?」
「2月14日だろ――あ」
竜二はようやく男子達が奇行の理由に気付いた。今日は2月14日バレンタインだ。
本来レムリアにバレンタインの文化も慣習も無かったが昔レムリアに転移した人間の少年が広め定着し、今では2月14日に女子から男子にお菓子を贈る文化が根付いた。
チョコレートに限定されていないのはレムリアにはチョコレートが存在しなかったからだ。
「当日に好感度を上げても意味無いだろうに……」
この辺はまだ文化が浸透しきっていないレムリアの住人故に理解していないのか、あるいは最後の悪あがきか。
ちなみにアルはワクワクしていたりする。何故なら――
「……まあ、お菓子を貰えるのは喜ばしいことだ」
「お前、絶対他の男子と理由が違うだろ」
意外かもしれないがアルは甘いお菓子が大好物なのだ。これはコウモリの生態が影響している。コウモリと言えば吸血のイメージが有るが、殆どのコウモリは果物か虫などの小動物を食す。アルは後者であり、特に地球の果物はレムリアと比べて甘く瑞々しい物が多かったので、アルは地球の果物を食べた瞬間に甘党に変わった。
今ではアルの部屋には常にお菓子が常備されている。
「……そう言う竜二は無関心だな」
「……興味無いからな」
対して竜二は冷めきっていてバレンタインと言うイベントに言葉通り興味は無いのだろう。
と言うのも竜族は基本的に同族としか恋愛をしない。理由は竜族の寿命が七種族の中で最も長いため他種族を配偶者にすると確実に先立たれることが解っているので恋愛対象として見ることは無い。
それでも竜二の両親の様に他種族と結婚する竜族も稀にいる。
更に捕捉するとレムリアの女性達が男性を選ぶ基準は三つあり、一つ目は強いこと、二つ目は魔力が高いこと、三つ目は長生きすることである。
もちろん、顔や見た目も判断基準に有るが一、二の次ぐらいだ。三つ目に関しては特に長命種族の傾向だ。長生きする種族には一途な者が多く、一度選んだ相手以外とは結婚しないと誓う者が多い。これはレムリアの宗教的な部分にも触れるので別の機会に。
結論を述べると竜二は人間と竜族のハーフなので竜族の女性から恋愛対象としては見られない。ならば他の種族は? と考えるだろうが竜二達のクラスは七集学園の最低ランクEだ。一つ目の基準から外れていると思われている。
「それに――」
竜二が何かを言いかけると教室の扉がガラッと言う音を立てて開かれた。
「ハッピーバレンタイン! モテない男どもにチョコを恵んでやるー!」
「……ああやって配ってくれる奴もいるからな」
そう言いながら一口サイズのチョコを的確に男子の席にばら撒いているのはピンク髪のボブカットとドワーフらしからぬ高身長とスタイルが特徴のマナ・ユミルフィリス。
「……全く騒がしい奴だ」
「そう言いながら器用にチョコを回収するな」
無造作にチョコを撒いているようにしか見えないが、その全てが男子の席に落ちている。と言うより男子に当てて落している。その度に男子達は「痛い!」「いてえ!」と喚いている。
ちなみにアルは上手にキャッチしている。両手が高速で動いていて他の者が見れば間違いなく実力者だと見抜ける。しかし全員マナの方を見ていて誰も気づいていない。竜二は途中まで見ていたが「甘い物への執念すげえ……」と違う意味で感心していた。ついでに言うとアルには多めに配られている。マナがアルに好意が有るとかではなく甘党だと知っているからだ。気が利く娘だ。
「派手にやっているわね……」
「マナさんらしいですね。配っていると言うよりも豆撒きになっている所が……」
そう話しながら竜二達の近くに来たのは濡れた様に流れる青い長髪を持った水棲種のレーミア・セーガナーグと頭から天に向かって軽くカーブを描いた二本の角を生やしたセミロングの黒髪に魔族の小さい翼を持つリリウム・アルバスクブスの二人だ。
二人とも手にはシンプルな箱を持っている。
「はい竜二、アル、バレンタインチョコ。勿論、義理だから」
「私からも。義理ですけど」
しっかり義理と宣言しながらチョコを渡す二人は悪戯な笑みを浮かべている。
言われなくとも竜二は解っているし、アルに関してはどちらだろうと気にせず甘い物を貰って喜んでいる。アルはまだ恋愛に興味が無いのかもしれない。
「サンキュー」
「……ありがとう」
「どう致しまして」
そうこうしている内にチョコを配り終えたマナが竜二達の元にやって来た。
「ふ~、良い汗かいたー!」
「祭りか!」
マナのセリフに竜二はツッコミを入れる。しかし、さっきまでのマナの行動は祭りとしか言えないだろう。
ちなみに三人がチョコを贈ったのは地球の文化を昔、勇人に教わったからだ。
「それにしてもマナ、好きな人に渡したの? それともまだ?」
ミアが、マナに質問をするとマナは残念そうな笑みを浮かべる。
「う~ん、それが音信不通でさ」
「え! 大丈夫なの!? それ!?」
音信不通と聞かされたミアは口調を乱しながら尋ねる。友人の恋人(不確定)が音信不通と聞かされれば戸惑うのも仕方がない。
「あ、それは大丈夫。事前にしばらく連絡取れないことは聞かされていたから」
「……ああ、そう」
マナにあっけらかんと言われミアは思わず脱力した。
「今頃何をしているかなぁ……」
マナは連絡の取れない友多を心配して上の空になるのだった。
***
一方、その頃の皆守勇人と皆守友多はと言う――
「ふ~ん、ふん、ふーん」
「「…………」」
「ふんふん、ふーん、ふ~ん」
「「…………」」
勇人、友多の二人は師匠の下で修業をしていた。勇人達の師匠は全身を覆うローブを着こみ、フードを目元まで隠すように被っているため顔が見えない。
対して勇人達二人の表情は能面の様に感情が無くなっている。と言うのもバレンタインの修業には良い思い出が無いからだ。
去年は「バレンタインだからメス――女の子に追いかけられるイベントを起こしてあげよう!」と言って“魔獣寄せの香水”を二人に吹き付けた。その時にいた場所はレムリアの魔獣がたくさんいる森の近くだったので大量の雌の魔獣に追いかけられることとなった。補足するとその前の時は「君達はリア充っぽいから男達の嫉妬にやられちゃえ!」と言って同じ目に会った。
ちなみに香水には単純に魔獣を引き寄せる物と特定の性別の魔獣のみを引き寄せる効果の物が有り、勇人達の師匠が使ったのは後者だ。
この特定の性別の魔獣を引き寄せる香水はレムリアの魔術と地球とレムリア両方の薬学の知識を身に付けた人間の男性が発明した。聞いた話では「ボールでモンスターを捕まえるゲームで特定の性別を出現させるアイテムが有ったら良いのに」と言う発想で作ったらしいが……絶対嘘だ。大方媚薬か惚れ薬を作ろうとしたら偶然出来たとかそんな理由だろう。その証拠にこの香水を使うと魔獣が興奮――と言うより発情するのだ。
残念ながらこの香水は七種族には効果が無いと言う、ある意味高性能である。
「師匠、何を準備しているんですか?」
遂に黙って耐えることが出来なくなり師匠に質問したのは友多だ。
「ああ、これ? これはねー」
と師匠は男とも女ともつかない声で喋りながら口角を上げて二人を見る。その笑みは悪戯を思いついた子供と同じだが、勇人と友多は知っている。師匠がこの表情を浮かべている時は碌な事を考えていない。
「地球ではこういうイベントの日には『リア充爆発しろ!』って呪詛をばら撒くみたいだから――」
そう言って師匠は足元の魔方陣を描いた紙を素早く二人に張り付けた。
「一定時間ごとに足元が爆発する魔術札を作ってみました」
語尾が音符に聞こえそうな楽しげな声で今日の修業内容が告げられた。
「「……は?」」
二人が呆然とした瞬間――
二人は足下から眩い閃光と爆音に包まれた。
「――ちくしょおおおう!」
「ひぃいいいい!」
しかし、二人は無事だった。全力で走りまわっている。
魔術札とは魔方陣を描いたお札のことであり魔術における詠唱と魔方陣の展開を省略することが出来るため魔術を扱う者は必ず自分の使う魔術を使用できる札を数枚ずつを持っている。
ちなみに勇人の師匠が作ったのは《マイン》の魔術札。地面に魔力で出来た地雷を設置する魔術で通常は札にしない魔術だ。なぜならこの魔術は使用する時に設置する位置を設定してから発動するので札にすると設定できない。
そのため勇人達の足元にマインが出現し常に走り回らなければ爆発に巻き込まれる。
しかも師匠のことだ。一定時間と言いながら爆発するタイミングはバラバラだろう。そう判断した二人は全力で走りまわっている。
魔力で防御することも考えたが爆発するタイミングも何時まで続くかも解らない以上、安易に使う事は出来ない。
「あ、ちなみに多めに魔力を込めたから日付が変わるまで効果は切れないと思うよー」
約、魔力で防御しても先に自分達の魔力の方が先に切れる。
「ふざけんなぁあああああああああああ!」
「勘弁して下さいぃいいいいいいいいい!」
結局、彼らは日付どころか夜明けまで走り回ることとなった。
勇人の師匠についてはまたの機会に。