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7話


雲井くんと早織がドギマギしているのを、何だか微笑ましく思いながら眺めていたら…ふと、例のお客様も雲井くんと早織を眺めている事に気が付いた。いつもは大体本に集中しているので、珍しいな。


私が拭いているテーブルの位置からだと、ちょっと引き気味にみたら、ちょうど例のお客様と早織達が同じフレームの中に収まるんだけど…さっきも思ったけど、普段ブレンドコーヒーを片手に本を読んでいるだけの人が、良くあの二人に気が付いたな。それがただただ意外だった。まぁ、マスターが隠れてチラッチラ見たりしていたんだろうな。さっき私も話題にしたし…たまたま聞こえたのかもな。


そんな取り止めのない事を考えながらテーブルを拭き終わり、マスターに色々と根掘り葉掘り聞かれない為にカウンターから離れる理由が大方なくなってしまったので…仕方なく、テーブルを拭いた布巾を仕舞い、私はカウンターの方へ向かった。


色々と聞かれたくない理由は単純で、早織と雲井くんの詳しい話を軽々として良いのか分からなかったからだ。…マスターはそこまでデリカシーのない人ではないが、今までの経験上、噂話が好きなくらいには聞いてくるから。


「ふふ、何だかとっても良い雰囲気だね。甘酸っぱいね。」


「マスター、さっきも似たような事言ってましたよ。…でも、どうやら上手くいったみたいで良かったです。」


せめてもの手慰めに、乾いた布巾でフォークとかスプーン、あまり使う機会の少ないナイフを磨いていく。…金属製品の良い所は、磨いたら一定の輝きと艶が出てくる所だ。艶が出てきたら、達成感からか何だか気分が良くなる。


普段使いというか、こう言う普通の喫茶店で出す食器は、あまり高いヤツではないモノが殆んどだと思う。損害とかメンテナンス大変だと思うし。…逆に、高価な物を出されたとしても、私はテンパってしまうと思うけど。


「ああ、これは高校時代にしかない青春だよねぇ…。」


「マスターは、奥さんとはこの喫茶店で?」


「うん、まぁ…先に一目惚れしたのは僕なんだけど、奥さんがここに良く通ってくれてて…それが何日か続いた時、奥さんが頼んだアイスティーを運ぶときにそっとメモ用紙も運んだんだ。いやぁ、今思い出すだけで照れちゃうなぁ。若かったんだなぁ、僕。」


こちらまで和ませてしまいそうな程ほのぼのとした空気をまといながら、マスターは当時の思い出を幸せそうに語る。


…実は、マスターと奥さんの馴れ初めを聞くのはこれで五回目程になる。別にマスターは、一度した話を何回も繰り返すタイプではないのだけど、幸せだった日々を明日の糧にすると言うか、思い出したら言わずにはいれないみたいだ。…うん、実際私も良く分かっていないんだけど。


でもマスターの中で、自分の話が優先順位が高くなった。そうしてしまえば、私の方に色々聞いてくる事は少なくなるだろう。…それに、マスターのノロケ話を聞くのは嫌いではない。恋愛小説の延長線として聞いている感じ。クラスの女子が話すような瑞々しさや色鮮やかさはないが、私は終わった恋の話独特の落ち着いた雰囲気の方が好きだ。


「今では万年新婚みたいに言われて、僕が一方的にはしゃいでるみたいに言われるけど、意外と奥さんの方がヤキモチ焼きで情熱的なんだよね。それがもう、可愛いんだぁ。」


「物静かな人ってザックリ分けたら、内に秘めた思いがある隠れ情熱家と、本当に物静かで穏やかな人で分かれますよね。」


「そうそう!…そう言う南雲さんはどっちなの?」


マスターからの思わぬ薮蛇に、言葉に詰まった。…そう言えば、私も世間一般に言う所の『物静かな人』だった。


「…年の割りに耳年増で枯れてるから、落ち着いて見えるだけですよ。現にこの間はポカしちゃいましたし。」


「僕的には、南雲さんは前者の内に秘めたタイプじゃないかな。友達想いだし。」


結構素で返した私に、マスターはあっけらかんと言ってのけた。私はと言えば、そんな風に見られていたのかとドキリとしながら、顔は努めて素知らぬフリをした。…ああ、本当自分のペース崩されると、途端に年相応になるなぁ。


「…レジ、行ってきます。」


「はい、行ってらっしゃい。」


ちょうど早織と雲井くんが会計をしに立ち上がったのが見えたので――マスターの生暖かい視線に耐えれなかったのもあるけど――私はカウンターから離れ、レジへ向かった。


会計自体は事務的にテキパキ終わらせたのだけど…雲井くんが然り気無く早織の分まで出していたのには、少しだけ口角が上がってしまった。まだ二人の頬に赤みが残っているのも、青春を謳歌している香りがして眩しかった。


「またのお越しを、お待ちしております。……二人でね。」


「っ!?も、もう、真白の意地悪!!」


「…おう、そのつもりだ。」


「く、雲井!?…えっと、ほら、帰るよ!!」


ほら、少しからかっただけでこれなのだから…本当、眩しい。


その、不快ではないけど胸を締め付けられる眩しさに目を細めながら、私は二人を見送った。




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