1話
目覚まし時計代わりの携帯のアラームの、バイブレーションを伴った軽快な音楽で、私は目を覚ました。
もう朝か…と、寝惚けながら――でも慣れた手付きでアラームを止めて、ベッドから半身を起こし、そのまま軽く背伸びをしてから、無意味に辺りを見回した。見える景色は、全く変わらないのだけど。
その時に目に入ったのは、私が通う高校の制服だった。
高校一年生の時より幾分くたびれた風な制服…新品のよそよそしさが取れたのは、何も制服だけの事ではないのだろう。
ボンヤリとそんな事を考えたら、何故か胸に込み上げてくるものがあり…柄にもなくちょっとだけ得意気な気持ちになってして、顔が緩んでしまった…いかん、いかん。早く母親が作ってくれた朝御飯を食べ、学校に向かわなくては。新しい学年になって早々に、遅刻はしたくない。
パジャマから手早く制服に着替え、前日にしっかりと準備した鞄を持って、私は慌ただしく階段を降っていった。
「あらあら…もう少し、ゆっくりでも構わないのよ?」
「…新学期早々、遅れたくなかったから。」
「真白は真面目だなぁ…っと、すまん、醤油取ってくれ。」
「ん…。」
母親に笑われ、父親に感心されつつ…私は、父親と一緒に朝御飯を食べた。母親は、お弁当の準備でまだ掛かるようだ。
父親と一緒とご飯を食べながら、私のコンプレックスの一因は、もしかしたら両親の反動なのかもしれないと考えた。
明るい両親の性格は…嫌いではないのだが、そういう人をみていると何かこう…見ているだけで楽しくなると言うか、見守りたいような、そんな不思議な気持ちになるのだ。
とは言うものの…別に私この性格自体、そんなに嫌ってはいない。寧ろ、人にどちらかと聞かれたら好きな方だったりする。人間、何にしても向き不向きがある訳だし…受け入られないモノがあれば、受け入られるモノだってあるのだ。
「ごちそうさま。…あ、今日午後からバイトあるから、帰り遅くなる。」
「はい、分かりました。春は変質者増えるって聞くから、帰り道は気を付けてね?」
そんな事を言う母親に苦笑いを向けながら、私は洗面所へ向かった。
歯磨きと洗顔をし終わり、そして軽く髪の毛を整えてから、リビングのソファーに起きっぱなしにしていた鞄を取り、玄関へ向かう。
途中で合流した父と肩を並べながら靴を履き…念の為、再度目に見える範囲で制服を整えてから、私はダイニングの方に体を向けた。
「それじゃ、行ってきます。」
「行ってきます。」
…何か、父親につられたみたいになってしまったのが若干不服だったが、仕方ない。
「はいはい、行ってらっしゃい。帰り道は勿論だけど、通学中や通勤中も気を付けてね。」
ダイニングの方から聞こえてきたお母さんの声に、思わずまた苦笑いをしてしまった…そんな事を行っていたら、世界中どこでも危険になってしまうんだけど…まぁ、決まり文句みたいなヤツだと思えば良いか。
通学中、勿論変質者なんて出るわけもなく…至って平和に学校へ着いた。
「あ、真白おはよ〜!!」
「ん?あぁ、早織おはよう…早いな?」
「だって、早くクラス表みたくて…今年も真白と同じクラスが良いなぁ。」
私の隣で楽しそうにお喋りしているのは、幼稚園から私の友達である川波早織だ。昔から変わらない活発さが、これも昔から変わらない短い髪の毛が引き立てている。可愛い容姿なのだが、言動と平均より低めの身長で、やや幼く見られる事が多いが…私には勿体ないぐらい良い友達である。
「私も、早織と同じクラスが良いな…去年のお化け屋敷、楽しかったし。」
「ああ、文化祭?確かに、またあんな風なのしたいよねぇ。ううん…今度は、劇とかも面白いかも!!」
「ふふ…そうだね。」
今はぼかしたが…単に文化祭に限った事だけでなく、早織が居ると、それだけでクラス内の雰囲気が明るく、楽しくなるのだ。それは、凄い才能だと思うんだけど…早織自身、意識してやっている事ではないから、誉めても…嬉しがるだろうけど、あまりピンとは来ないから困るだけだろう。
「何二人でイチャイチャしてるんですか〜?」
急に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、雲居!!イチャイチャなんてしてないよ。これは、単なるガールズトーク!」
「ふぅん…別に、イチャイチャしてようがガールズトークしてようが構わないけどさ…クラス表、行き過ぎたけど良いの?」
「ふへっ!?」
「あ、本当だ。」
つい、いつも通り校舎へ向かおうとしていた…言われてみたら、確かに校門と校舎の途中に人がたくさん居ると思った…。
「し、しまった、ついウッカリ…さ、先に見てくる!!」
言うが早いか、早織は一目散にクラス表が出される掲示板の方に走っていった。…うん、まだ上履きに履き替えていなくて良かったね。
「雲居くん…伝えるにしても、もう少し言い方ってあると思うんだ、私。」
「…うるさい。」
さっきまで、テンションは低くても挑発的な言葉遣いを使っていた人とは別人の様…と言うのは言い過ぎかもしれないが、不貞腐れた様に私から視線を逸らした雲居からは、先程までの余裕がなくなっていた。
「俺は、川波とあんな風に話すのが好きだから…自分でも、子供じみてるって思うけど。」
「自分で分かってるなら、まだ良いけど…早織には、もう少し分かりやすい好意の方が良いと思うよ。」
「…善処する。」
そう…そこをクリアできたら、雲居くんは早織と両思いになれるだけの素質はあるのだ。
少し前髪が長いのが個人的に気になるが…顔立ち整っているし、同学年に比べたら背は高いし、何やかんや言いつつ頭は良い方だし、空気読める人だし、生徒会だしで…ぶっちゃけ、雲居くんはモテる。
…そんな雲居くんを前にしても、私はドキッともキュンッともしない訳だが…ま、良いか。今は友人の恋路の方が大切だ。