明日からの楽しみ
帰宅後、特にやることもなかったので家でダラダラしていると、突発的にラーメンが食べたくなってきたため、贔屓にしている店があるのでそこに行くことにした。
その店は街を少し歩いたところの道の裏路地にあって、見た感じ雰囲気は悪い。
初めてきた時は入るのを躊躇ったくらい。店主のオッちゃんは好い人なんだけど。
店の引き戸を引き中に入ると、店の奥で座ってたオッちゃんがこちらを一瞥し、立ち上がる。
晴「特盛ラーメン。……ラー油抜きで」
適当なカウンター席に腰掛け、注文する。
こう言っておかないととんでもないことになるからな…。
数分ほど待ってソレは出てきた。
大きな丼の中に大量の麺とチャーシュー。見た目のインパクトはかなりデカい。
それよりすごいのは恐ろしいまでに赤いこと。
オッちゃん曰く特製のラー油を使ってるらしく、尋常じゃないくらい辛い。
晴「頼んだのはラー油抜きなんだけど…」
店主「俺の奢りだ。遠慮はいらん」
晴「そういう問題じゃない」
さすがにコレは味覚に支障をきたす。最早ラーメンでもなんでもない。
店主「食え」
晴「いやだから…」
店主「食え」
晴「……」
……何を言ってもダメだなこれは。
観念してその赤い物体と向き合った。
♢
店主「うむ」
オッちゃんが満足気に空の丼を見ている。
こっちは途中で味覚無くなってきたけど……。
店主「また来い」
晴「マトモなモン出してくれるなら考える」
軽口を叩き、店から出た。
店を出て表通り出た時、人だかり気づいた。
イベントか何かか…?
晴「……っと、悪い」
少し気になったので人をかき分けて、そに中心を覗く。
するとそこには何やら言い合っている2人が。
「ですから、学外での魔法使用は原則として禁止されています。大人しく指導部へ来てください」
「あぁ?俺が魔法使った証拠でもあるってのかよ」
ヴィンハイムの制服を着た2人…、ヤンキー感を醸し出している小物臭い野郎と小さい女の子。
会話と状況から察するに、ウチの魔法科の生徒が普通科の生徒を魔法でボコったのだろう。
それは言い争ってる2人の横で頭から血を流して倒れている彼が証明できる。
普通科と魔法科ではブレザーの色が黒と白で異なるため、区別は簡単にできる。そのせいで「黒組」なんて蔑称が学院に出回っている。でもカッコいいな、黒組。
「証拠も何も、私はこの目でちゃんと見ていました」
「はっ。そんな言いがかりで俺を点数稼ぎの土台にする気かよ」
…………なんか見ててイライラしてきた。
どちらが正しいかは知らないが無性にあの野郎を殴りたく…もとい、あの女の子の味方をしたくなった。
晴「俺も見てた。そいつが魔法使ってたトコ」
「え…?」
「はぁ⁉︎」
耐えきれず、前に出て発言した俺を2人は驚いた目で見る。
「てめ…ッ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
晴「失礼な。俺はいたって真面目だ」
「……」
野郎の方は反抗してきたが、少女の方は呆気に取られたまま俺を見ていた。
晴「こいつを学院まで持ってけばいいんだな?」
「え…えぇ。はい…」
話を振って少女はようやく我に返った。
「ふざけやがって…、お前らもコイツと同じようにしてやるよ!」
自白したぞこのバカ。
でもまぁこうやってキレて攻撃して来るのも予想してた。
ので、今にも術式を書いた紙を取り出そうとしている右手を全力で掴む。
「痛えぇっ!」
ボキボキッ、と鈍い音が響く。
それもそのハズ。過去にされた実験のおかげで超人じみた体になり、その握力はゴリラと同じかそれ以上だ。……と思う。ゴリラの握力とか何kgか知らないけど。
晴「現行犯逮捕…と」
男が取り出そうとしていた紙を拾い、クシャクシャにして放り投げる。
暴れても困るだろうと考え、先ほどのストレスを乗せた拳で男の後頭部に一発お見舞いしてやった。
♢
男が気絶した後、どこからともなく現れた学院の風紀委員に男は連行されて行き、俺は少女に連れられ逃げるようにしてその場から去り、少し離れた喫茶店にいた。
「先ほどはありがとうございます。私は生徒会の会長している周防院蓮華といいます」
この子、会長だったのか…
そういえば今日の式で挨拶してたような……。ダメだ。前座の校長の話の時から眠気で意識が朦朧としてたからよく覚えてない。
だが周防院蓮華という名前はよく知ってる。
学院が誇る優秀な魔術師で、魔法開発局局長の娘。あと、字面でしか名前見てなかったから蓮華で「れんげ」だと思ってたけど「はすか」って名前だったんだな…。
蓮華「しかし驚きました。あなたの噂は本当なのかもしれませんね。六興くん」
晴「なんで知ってる……。あと噂ってなんだ」
目の前の少女は驚いた俺を見て、イタズラが成功した子どものようにクスクスと笑っていた。
蓮華「あなたのことは去年からよく噂になっています。身体能力だけで魔術師と戦える、普通科の希望だと」
……なんだそれ。
そう言ってくれるのは嬉しいが、やっていることがただの暴力なだけに後ろめたい。
晴「…根も葉もない噂だそれは」
蓮華「実例として、魔法科の生徒を一方的に殴りつけたとか」
そういえばそんなことも…あったな。
確か購買でパンを並んでいる時に黒組だからとかなんとかで、俺をどかそうとしてきた時だ。なんとも下らない理由だが腹が減っててイライラしていたからキレて殴ったんだっけ。
晴「あれは不意打ちだったし… それに今回だって身体能力云々以前に、あれだけ近づいてれば誰にでもできたろ」
蓮華「普通科の生徒が魔法科の生徒に立ち向かう… ましてや魔術を発動させる前に無力化させるなんてできないと思っていたのですが」
晴「それはやる前から諦めてるヤツらだろ…。一緒にすんな」
忌々しげに言葉を吐く俺に、少女はフフッと微笑み、笑顔で言った。
蓮華「六興くん。私はキミに興味が湧いてきました。六興くんさえ良ければなんですが…生徒会にはいってもらいたいのです」
晴「え?」
まったく意味がわからない。
普通科の生徒が魔法学院の生徒会って…… なぁ?
すると会長が俺の心情を察したのか、話し始める。
蓮華「確かに普通科の生徒が生徒会役員になるというのは極めて稀です。しかし、禁止はされていません」
晴「とはいえ、俺にできることなんてないと思うが… 成績だってアレだし」
テストの成績は最悪。
支倉に教えてもらってなんとか2年3年と進級できたが、それでも追試で合格というギリギリのもの。
蓮華「そこは問題ありません。六興くんにお願いしたいのは校則違反者の取り締まりです」
晴「それも特に俺がやる理由が見当たらないんだけど…」
それこそ優秀なあんたか、他の役員にやらせればいい。
魔法を使えない俺が出しゃばることじゃない。
蓮華「……本来であれば、授業や有事の際以外での魔法の使用は禁止されています。生徒会活動での取り締まりとはいえ、注意する側が魔法を使うのはいかがなものかと…」
晴「それは仕方ないだろ」
蓮華「…と、生徒会に抗議の文が来まして」
晴「無視だそんなもん」
蓮華「そういうわけにもいきません。この言い分はもっともです。生徒の模範でならなければならない生徒会がグレーゾーンの行為するというのは…」
……真面目ってのは難しいな。
俺にとっては一生徒の意見なんてどうでもいいが、彼女にとっては……
晴「…わかった。俺のこんな力が少しでも役に立つなら協力しよう」
蓮華「六興くん…!」
晴「ただし」
念のために釘を打っておく。
晴「書類関係の仕事だけは勘弁してくれ」
蓮華「…フフッ、わかりました。では明日の放課後、手間をかけさせて申し訳ないですが、生徒会室まで来てください」
晴「わかった」
それから少しして、会長と別れ、家に帰った。
今思いだしたけど……、雪も生徒会に入ってたな。
あいつあんなんだけど才能あるからなぁ……。
改めて思うと、普段は仲の良いハズの雪が少し遠くなった気がした。
ご一読ありがとうございました。
5/5(月)23時、更新予定です。よろしくお願いします。